第93話 露天風呂

 


 ギルドに戻ってきた俺たち。

 自衛隊の後ろについていき広場に戻ると、この場にいる全ての冒険者がこちらを凝視していた。


(な、なんだ!? なんでこんなに見られてるんだ!?)


「ねえ、みんな私たちの方見てない?」


「恐らくですが、私たちのダンジョンライブを視聴していて帰還するのが分かっていたんでしょう。その瞬間ならメムメムさんを必ず見つけることはできますから。ですが――」


「ボクが認識阻害の魔術を使っているから、分かっていないようだ」


 楓さんとメムメムの考えに、なるほどそういうことかと納得する。

 普段だと、メムメムの目撃情報を手に入れることは難しい。だから一目見たい一般人や報道関係の人たちはギルド周辺を張り込むしか方法がなかった。


 だが、確実にメムメムが現れる瞬間に立ち会えることができる方法が、一つだけあった。


 それは、ダンジョンから帰還した時だ。

 楓さんが言ったように、俺たちのダンジョンライブをずっと見続けている“冒険者ならば”、帰還したところを目撃することは可能だろう。


 だけどメムメムが認識阻害の魔術を使用しているから、彼らは俺たちの存在に気付けない。

 本当に認識阻害サマサマだな……もしこれがなかったら俺たちはダンジョンに行くどころかまともに出歩くことさえ叶わなかっただろう。


 冒険者の視線を感じながら俺たちはアイテムの換金をして、装備を預けて更衣室で着替え、外に出る。


 認識阻害は、俺たちから関わる分には効果が発揮されないようだ。

 対応してくれるのはギルドのスタッフなので、メムメムを見たからって騒いだりはしない。


 無事に誰にも気付かれず外に出られた俺たちは、その場で明日の約束してから解散することに。


「じゃあ楓さん、私たちの家に行こっか!」


「はい、よろしくお願いします」


「あれ、今日楓さんウチ来るんだ?」


「昨日灯里さんから誘われたので、お邪魔することになりました。士郎さんは聞いてなかったんですか?」


「うん! 士郎さんには内緒にしてたんだ!」


「いーなぁ、ボクも行ってみたかったよ。今は一等地の豪邸に住んでいるんだろ? 羨ましいなぁ」


「あっ、じゃあ島田さんも来て下さいよ」


 俺が羨ましそうに言う島田さんを誘ったら、彼は残念そうに首を横に振って、


「今日は妻と約束していることがあってね。次回に行かせて貰うよ。あっ、その時は妻も連れてってもいいかい? 妻がメムメム君に会わせてくれってウルサイんだ」


「ボクはかまわないよ。タクゾウの伴侶は漫画に詳しいらしいし、是非おすすめ作品を教えてもらいたい」


「いつでも来てください」


「ありがとう。じゃあみんな、今日はお疲れ様。また明日頼むよ」


 ということで島田さんとはそこで別れ、俺たちは四人で電車で帰宅することに。

 といっても大臣が用意してくれた家は以前住んでいたアパートよりも近い場所にあり、数十分で着いてしまう。


「ただいまー」


「あー疲れた。悪いけどボクは休ませてもらうよ」


 帰った途端、ふらふらと危ない足取りでソファーにダイブするメムメム。

 よっぽど疲れたのだろうかと思ったら、いつの間にか手に持っていたタブレット端末で漫画を読んでいた。

 どんだけハマってんだよおい……。


「ここが新しい家ですか……凄く大きいですね、それに立派な建物です」


 新しい住まいを見回して感心する楓さん。

 自分のお金で買った家ではないから、褒められても苦笑いするしかなかった。

 食卓に座る俺と楓さんに、お茶を用意してくれた灯里が閃いたと言わんばかりに口を開く。


「そうだ! 折角なら楓さんもここに住んでよ! そしたら絶対楽しいよ! ねっ士郎さん!?」


「えっ!?」


 突飛な発案を問うてくる灯里に、俺は戸惑ってしまう。

 楓さんがこの家に一緒に住むって……なんか胃が痛くなりそうだな。


 ただでさえ俺は灯里と楓さんの二人に恋愛感情があるのに、もし楓さんも住むとなったら気まずくなってしまいそうだし。

 でも、俺からダメだと言うわけにはいかないよな……。


「そ、そうだな。部屋も沢山空いてるし、楓さんがいいなら……」


「……折角のお誘いですが、遠慮させていただきます。私は今の部屋を気に入ってますし、大勢で楽しむより一人の時間を楽しむのが好きですから」


「そっか……じゃあしょうがないね」


 楓さんに断られ、残念そうな顔を浮かべる灯里。

 彼女には申し訳ないけど、俺的には助かったというのが本音だった。


「じゃあ、いつでも遊びに来てね!」


「はい、いつでもお邪魔させてもらいます」


 それから三人で一時間ぐらい雑談すると、灯里と楓さんは二人で夕食の料理に取り掛かった。

 なんでも今日は楓さんを招待するのと同時に、お料理教室の第二弾を行うみたいだ。


「あっ、ここで料理酒を入れると美味しくなるんだよ」


「調味料にお酒って使うんですね……砂糖と塩コショウと醤油ぐらいだと思ってました」


 俺はなにをするわけでもなく、灯里と楓さんの料理をぼーっと眺めていた。

 美女はどれだけ見ても飽きないというのもそうだが、二人が仲良く料理をしている姿はまるで本当の姉妹のようで、心がほっこりするのだ。


 そんな風に見守っているとあっという間に料理ができてしまい、俺はソファーで漫画を読みふけっているメムメムを叩き起こすと、四人一緒に夕食を頂いたのだった。



 ◇◆◇



「ああああああああああ~~~、いい湯だなぁぁぁ」


 肩まで風呂に浸かると、おっさん臭いだみ声を発してしまう。そんな風にダメな人間になってしまうのも致し方なかった。


「露天風呂って……こんなに気持ちいのかぁ……まるで天国だなぁ……」


 豪邸の我が家には、室内風呂とは別になんと露天風呂が設置されていた。


 掃除をするのが面倒だったし、湯舟もかなり大きく水道代がもったいないとの事で引っ越してきてから一度も使っていなかったが、灯里に今日は露天風呂に入って欲しいと頼まれてしまったのだ。


 なら俺は最後でいいよと告げたのだが、どうやら一番に入ってほしかったらしく、申し訳ないと思いつつ一番風呂を頂いた。


「ダメだ……これはダメになるやつだ」


 露天風呂の威力は凄まじく、頭がバカになりそうだった。

 体はぐーっと大の字まで伸ばせるし、涼やかな夜風が顔に当たって気持ちい。プラスティックではなく木造の感触や匂いも、風情を感じられて最高だった。


 今日の疲れなんて一気に吹っ飛んでしまった。

 水道代がヤバいと思いつつも、明日からも露天風呂にしようかなぁと露天風呂の魅力に負けそうになっていた――その時。


 突然、ガララとドアが開く音が聞こえた。


「士郎さん、露天風呂どーお?」


「……」


「えっえええええええええええええ!!? ちょっと二人とも、なんで入ってきてるのさ!?」


 風呂場にやってきたのは、熟れた身体をタオル一枚で隠した灯里と楓さんだった。


 タオル姿の二人はめちゃくちゃエロい。

 隠れていない首筋や生足は色っぽいし、灯里は大きな胸がこれでもかというほど強調されていて、楓さんは足がとてつもなく綺麗だった。


 あられもない姿で突入してきた二人に困惑していると、灯里が「えへへー」と楽しそうに笑いながら、


「折角初めての露天風呂だし、士郎さんと一緒に入りたいって思って! ということでご一緒させていただきます!!」


「私は灯里さんの誘いに乗りました。正直今、心臓が飛び出そうなほど緊張しています」


 そりゃそうだよ……灯里はともかく、楓さんはそんな大胆なことする人じゃないし。

 あれ……でも前に俺襲われそうになったっけ?


 お湯で身体を洗い流した二人は、「お邪魔しま~す」とそれぞれ俺の隣にゆっくり入ってくる。

 裸同然の女性二人が至近距離にいて、俺の身体はあっちもこっちも固くなってしまった。

 やばい……これどうしよう。


「う~ん、やっぱり露天風呂は開放感があって気持ちいいね~」


「私は初めて入りました」


「へぇ~、楓さんって温泉とかもいかなかったんだ」


「そうですね」


「ひっ!?」


「「えっ? どうしたの(んですか)士郎さん」」


 どうしたも何もないよ!

 君達が俺の足に触れてきたからビックリしたんだよ!


 いやこれもう触れたっていうより絡ませにきてる。左足が灯里の足に、右足は楓さんの足に乗っかられていた。


 浮力があるから重くはないけど、柔らかくてスベスベの足と触れあって、俺の頭は沸騰寸前に陥っていた。


 アカン……頭がクラクラしてきたぞ。


「士郎さん!? ちょっと大丈夫!?」


「のぼせてますね。ちょっと刺激が強すぎたでしょうか……」


 その通りだよ楓さん。

 俺は二人に助けられ、近くのベンチで横になる。


「は~、お盛んだねぇ」


 いつの間にか露天風呂に入っていたメムメムが若人わこうどを見るようにボヤいていたのを、俺は知る由もなかったのだった。

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