第90話 認識阻害の魔術

 


「なんか今日、いつもより人多くない?」


「うん……外国人っぽい人もいっぱいいるね」


 一週間ぶりにギルドへ訪れた俺たち。

 だけど、なんだかいつもより人が多い気がした。元々休日である土日は平日と比べたら多い方なんだが、それにしたって数が多い。ギルドの外も中も、人で溢れかえるほどいる。


 それも日本人だけではなく、外国の方や、テレビ局や記者らしき人達も見かける。


 気になるのは、その人たちが皆周りの様子を窺うように視線を張り巡らしていることだった。

 隣の人と話したり、スマホを見ながらも、常に周囲をキョロキョロしている。

 上手く言えないけど、まるで来日したスーパースターを空港で待ち構えているかのような雰囲気が醸し出されていた。


「ここにいる人たちのお目当てはメムメムさんでしょうね」


「だろうね。全く、有名人になるのも楽じゃないよ」


 楓さんの指摘にメムメムがため息を吐きながら同意する。

 俺もそうかなーとは薄々思っていたけど、やっぱりこの人達の目的はメムメムなのか。


「もしバレちゃったらどうなっちゃうんだろうね……」


「そりゃあ大騒ぎになるんじゃないですか?」


 殺気立っている周りの目線に脅えながら言う島田さんに、俺は当たり前のことを告げる。

 もしメムメムが来ているとバレてしまったら、ここにいる人たちが勢いよく押し寄せてくるに違いない。


 メムメムに認識阻害の魔術をかけてもらって良かった。

 俺たち五人は最寄り駅で集合し、楓さんと島田さんにも認識阻害の魔術をかけてからギルドに訪れているので、俺たちが目の前にいながらも他の人たちは認識できないようになっている


「そういえば島田さん、あれから家とかお仕事の方は大丈夫ですか?」


 気になっていたことを尋ねる。

 俺たちはメムメムに認識阻害の魔術を早くかけてもらっていたし、仕事にも昨日まで出社していなかったから騒がれたりはしなかった。

 楓さんも、昨日までは自宅で大人しくしていたらしい。


 ただ島田さんの場合は奥さんもいるし、仕事もしているから心配だったのだ。

 俺の問いに、彼は「ええっとねぇ……」と苦笑いを浮かべて、


「メムメム君の件から凄い注文が多くて大変だったよ。マスコミとか記者っぽい人は全部政府の人たちが追い返してくれたから、そこのところは平気だったね」


「奥さんの方は大丈夫ですか? 嫌な目に遭っていたりしてないですか?」


「ううん、全然さ。嫌な目どころか、メムメム君を見てインスピレーションが爆発したのか興奮しながら寝ずに同人誌を描いてるんだよね」


「そ、そうですか……」


 ねえその同人誌って、流石にメムメムがいかがわしいことされるような内容じゃないよね?

 でもそうか……何事もなくて安心したよ


 俺たちは早速ギルドのエントランス中央から広間に向かう。

 案の定広間の中も冒険者でごった返していた。

 それでも認識阻害の魔術のお蔭で、俺たちだと気付かれる様子はない。


 装備預かり所から装具を受け取って、更衣室で着替える。

 その後灯里たちと合流し、俺たちは五人でダンジョンへの列に並んだ。

 そこでふと気づく。


「あっ、そういえばメムメムって冒険者証作ってないよな? このままじゃゲートを通れなくないか?」


 ギルドでは、ダンジョンに行く間に機械のゲートがあり、冒険者証を通さなければならない。

 その冒険者証を作るにはギルド登録をしなければならないのだが、メムメムはまだ登録していないだろう。


 これではメムメムだけダンジョンに行けない。

 そんな大事なことをうっかり忘れていた俺だったが、メムメムはポケットからカードを出して得意気に口を開く。


「それはこれのことかい?」


「あれ、なんでもう持ってるんだ?」


合馬大臣あいつが直々にくれたのさ。これがなければ不便だからってね」


「い、いつの間に……」


 メムメムが出したカードは、俺たち同じ銅級の冒険者証だった。

 流石合馬大臣……俺が心配する前にとっくに解決していたとは。やはり出来る男は違うなと謎の敗北感を味わってしまう。


「さあ、早く行こうじゃないか」


 メムメムの言葉に、俺たちは無言で頷いた。


 機械のゲートを潜り、自衛隊の人に連れられ長い片道廊下を歩く。

 数分の距離を歩くと、ダンジョンへと繋がる自動ドアが見えてきた。

 メムメムは自動ドアを見つめながら、面白そうに呟く。


「これがダンジョンへの入り口か。全く、どういう仕組みになっているのかボクでさえ分からないとはね」


 異世界の魔術師といえど、この自動ドアの謎は解明できないようだ。


「メムメム、俺たちがこれから行く十六層って思い浮かべながら自動ドアに入るんだぞ」


「分かってるよシロー。あんまり心配しないでくれ」


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは前回より一人増えた状態で、自動ドアを潜り抜けたのだった。



 ◇◆◇



 一瞬だけ意識がブラックアウトし、目を開けると視界は密林に覆われていた。

 周りを確認すると、みんなが側にいる。うん、メムメムもちゃんと来てるな。


 メムメムが無事に来れて良かったと安堵する。

 帰還する時はちゃんと来れたけど、ダンジョンに行く場合もちゃんと来れるか不安だったんだ。もしかしたらそのまま、異世界に戻ってしまうのではないかという考えもあったりしたからな。


「うえ~、気持ち悪い……ボク、これ苦手だ」


「大丈夫?」


 慣れないダンジョン酔いに気持ち悪そうにしているメムメムの背中を、心配そうに灯里が摩っている。


 異世界のエルフもダンジョン酔いにかかるんだな。

 俺は割りと平気な方だったけど、灯里も最初の頃は結構気持ち悪そうにしていたっけ。


「ごめんよぉ、僕の回復魔術は傷やHPを回復させるだけで精神系の回復はまだ覚えてないんだよ」


 回復術師ヒーラーの島田さんが申し訳なさそうに謝ると、メムメムは「気にしないでくれ……うっぷ」と今にも吐きそうにしながら答える。


「みなさん、どうやら遊んでる場合ではないです」


「モンスターが来ます」


 楓さんの忠告通り、三体のモンスターが現れる。

 ビックアントにアナコンデスにポイズンバタフライだ。


「悪いけど、ボクは戦闘に参加できそうにない」


「大丈夫だ。メムメムは休んでてくれ。島田さん、メムメムをお願いします」


「任せてくれ」


「楓さん、灯里、俺たちだけでやるぞ」


「「はい!」」


 俺がそう言うと、二人は力強く返事をしてくれる。

 さあ、久々のモンスターとの戦闘だ。

 気張って行こう。

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