第88話 魔力

 

 三年ぶりに目を覚ました母親と話せて、泣き崩れた灯里。

 彼女が落ち着いた頃を見計らって、俺とメムメムも母親に挨拶をした。


 灯里の母親というだけで顔を合わせる時はちょっと緊張したが、話している内に緊張など吹っ飛んだ。


 母親――星野 里美さとみさんはどちらかというと気の強そうな人で、肝っ玉母さんというイメージがある。

 それでも灯里の母親というだけあって美人で、容姿と性格にギャップがあった。


 軽く自己紹介を済ませた後、俺と灯里で現在の状況を伝える。

 三年前にダンジョンが現れ、東京タワーの中にいた里美さんと父親、それと俺の妹の夕菜が巻き込まれてしまったこと。

 二人と夕菜を助けるために、俺と灯里が協力し冒険者になったこと。

 その関係で、俺と灯里が同棲していること。


 説明を聞いた里美さんは、神妙な表情を浮かべて、


「そんなことがあったのね……許斐さん、灯里の我儘を聞いてくれて、私を助けてくれて、本当にありがとうございました」


 と、深々と頭を下げられてしまう。

 俺は真剣な声音で、里美さんにこう告げた。


「俺の方こそ、灯里さんに助けてもらいましたから」


 それからもう少し雑談をした後、俺とメムメムは帰ることにした。

 灯里は今日の面会時間が終わるまで、里美さんに付き添うらしい。


 それと、灯里の祖父母にも里美さんが目を覚ましたことを電話で連絡した。

 久しぶりに話したが、あの恐いお爺さんが電話越しで泣いているのを想像すると、ついこっちまでもらい泣きしそうになってしまう。

 明日には、二人で一緒にこちらへ向かうそうだ。

 お待ちしておりますと言って、俺は電話を切ったのだった。



 ◇◆◇



 灯里を病院に置いて、一足先に新しい家に帰ってきた俺とメムメム。

 すぐにリビングのソファーで寝転がりながらタブレットを弄っているメムメムに、気になっていたことを質問する。


「なあメムメム、里美さんを診察している時に魔力の流れを治したって言ってたけど、こっちの世界の人間にも魔力って宿ってるのか?」


 ずっと頭の片隅で気になっていた。

 メムメムは里美さんを治す際に、体内に流れる魔力が滞っていると言っていたのだ。その言葉が事実であるならば、異世界だけではなくこちらの世界の人間にも魔力が備わっていると捉えていいだろう。

 その真意を尋ねると、メムメムは当たり前のように答えた。


「あるよ。こちらの世界の人間にも魔力は備わっているね」


「ま……マジか」


「マジもマジ、大マジさ」


 その回答に、俺は心底驚いた。

 だってそうだろう。漫画やアニメといった創作物の力が、現実の世界にもあるなんて驚くなという方が無理な話だ。

 驚嘆して言葉を出せないでいると、メムメムは「ふっ」と微笑みながら口を開く。


「魔力は生きとし生けるもの全てに宿っているんだ。人にも、動物にも、植物にだってね。それはこちらの世界でも例外ではないよ」


「本当に……あるんだ」


「魔力と置き換えるから不思議に思うんだ。こちらの世界で言うなら、魔力は“氣”や“チャクラ”と同じようなものだよ」


 早速読んだドラゴ〇ボールやナ〇トで得た知識を使ってやがるぞこのエルフ……。

 でもそっか……魔力と呼んでいたけど“氣”で例えればいいのか。

 そう言われると、すんなり納得できてしまう。

 氣の概念は、こちらの世界でも存在しているからだ。


 魔力が備わっていると分かった俺は、人類を代表して重要なことを尋ねる。


「じゃ、じゃあこちらの世界の人も魔術を使えたりするのか?」


「残念ながらそれは無理だ。こちらの世界の人間は魔術を使えるだけの器を持っていない。それは恐らく進化の過程によるものだろうね。あちらの世界では古き時代から魔力を使う知識や習慣があったから当たり前のように使われ、世代が変わるごとにつれ魔力の器が大きくなった。だけどこちらの世界は魔力の理念がないため、魔力を溜めるだけの器が育たなかったんだろう」


「そうなんだ……」


 使えないと知って、俺は落ち込み気味にため息を吐いた。

 もし使えたら、それこそ世界が変わったかもしれない大発見だったのにな。

 それに俺自身も魔力を使えるかもと期待していただけに、かなり残念な気持ちになった。


 そんな俺に、メムメムは「けどね」と続けて、


「ボクが思うに、こちらの世界でも魔術を使える人間はいる」


「嘘!? ど、どんな人が使えるんだ?」


「君だよシロー」


「お……俺?」


 メムメムの言葉に目を見開く。

 俺が、魔術を使える人間だって?


「シローだけじゃないんだけどね。アカリやカエデにタクゾウもそうだ。正確に言うと、ダンジョンに入っている人間全てが魔術を行使することができる」


「ダンジョンに入ってる人間だけ? なんで限定的なんだ?」


「ボクが“視た”限りでは、ダンジョンに入っている者は魔力を溜め込む器が広がっているんだ。これは推測に過ぎないが、モンスターを倒してレベルが上がるごとに強制的に器を大きくさせられているんだろう。シローたち以外にYouTubeのダンジョンライブで確認したが、彼らはそうでない者と比べて器が大きくなっていた」


「で、でも! 俺たちはこっちの世界ではダンジョンの魔術とか使えないぞ!」


「それは使い方を知らないだけだ。言葉を知らなきゃ喋れないように、魔力を扱う知識がなければ使うことはできないよ。でも、なんとなく身体の変化は感じているはずだ。ダンジョンに入ってからその後で、思い当たるふしはないかい?」


 そう言われると、ないこともなかった。

 ダンジョンで使うスキルの【気配察知】と同じ感覚が、こちらでも度々感じてはいた。

 でも気のせいだと言われるレベルで、それが魔術なのだとは考えも浮かばなかっただろう。


「じゃあ、やり方さえ覚えれば俺にも魔術はできるんだな」


「できるよ、やってみるかい?」


 彼女の問いに、俺は無言で頷いた。


 メムメムは立ち上がり、俺の目の前までくると両手を握ってくる。

 その瞬間、彼女の手から暖かいナニかが流れてきて、全身を駆け巡った。


「――っ!?」


「これが魔力だ。分かるかい?」


「分かる……分かるよ。力のようなものが流れてくるのが分かる!」


 そうか……これが魔力なのか。

 自分の身体の中にこんな力があったなんて知りもしなかった。


「やはりセンスがあるね。これで君は魔力という力を理解した。あとは魔術を使うだけだ」


「どうやってやるんだ?」


「魔術を行使するのはそれほど難しいことじゃない。ようは想像イメージすればいいんだ。それに関しては、恐らく異世界よりこちらの世界の人間の方が得意だろうね。なんせ、魔術の使い方を漫画なんかで沢山描いているんだからさ」


 確かにこっちの世界は、アニメやマンガで魔術を使うのはイメージが大切だと表現されている。


 でもそれは、魔術を使うプロセスを考えるのが面倒臭くて、 “イメージするだけで魔術を使えるという説明がとても便利だからだ”。

 けど、あながち間違いではなかったらしい。

 日本のオタク文化すげえな……。


「ボクが片手を握ったまま補助していてあげよう。魔力の流れを使う部分に集中させ、想像するんだ。それだけで魔術は発動する」


 そう言われて、俺は静かに瞼を閉じた。

 メムメムが片手で魔力を流してくれているから、まだ魔力の流れを実感できる。

 集中し、魔力の流れを意識的に右手に集めていく。

 ゆっくと目を開き、右手を開いて、俺は初めて使った魔術を唱えた。


「フレイム」


 ――刹那、手の平から野球ボールほどの火炎が発生された。


「できた……」


「ああ、できてるね。驚いた、まさか一発で成功するとはね。やはりシローは才能があるよ」


 本当にできた。

 ダンジョンの中じゃない。現実世界でも魔術を使うことができた。

 そのことが信じられず、俺は驚きながらゆらゆらと揺蕩う火炎を見つめ続ける。

 すると突然、身体に凄まじい疲労感が襲いかかってきた。


「はぁ……はぁ……」


 な、なんだこれ……!?

 立っていられず、荒い呼吸を繰り返しながら地面に両手をつける。

 額や鼻の先から汗が垂れていた。

 やばい……めちゃくちゃ疲れた。


「ハハ、慣れないことをして身体が悲鳴を上げたんだ。魔力切れという訳ではないよ」


「そ、そうなんだ……」


「おめでとうシロー。これで君も魔術師への一歩を踏み出すことができた。どうだい、その気があるならボクが教えてやろうか? 本来エルフから魔術を教えてもらうなんて、どれだけ金を払っても無理なんだぜ」


 勝気な笑みを浮かべながら手を差し出してくるメムメム。

 俺はその手を取りながら、息も絶え絶えにこう言ったのだ。


「よろしくお願いします、師匠」

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