プロローグ4

 


「おはよぉ~」


「おはよう士郎さん。今日は眠れた?」


「うん、なんとかね。あれ、メムメムは?」


「まだぐっすりだよ。今ご飯用意するね」


「あっ、俺も手伝うよ」


「大丈夫だから座ってて、すぐにできちゃうから」


「そう? ありがとう」


 現役高校生の星野灯里ほしのあかりにお礼を言うと、俺――許斐士郎このみしろうは大人しく食卓の椅子に座る。

 豪華なキッチンで手際よく朝食を準備している灯里を、ぼーっとしながら見つめた。


(この光景、まだ慣れないなぁ)


 俺と異世界人のエルフ、メムメムによる世界各国に向けての記者会見から、早くも三日が経つ。


 その間、俺たちは住んでいたアパートから引っ越し作業に取り掛かっていた。

 といっても、俺も灯里もそれほど持ち物はないし、ダンジョン省の合馬秀康大臣が手配してくれた人たちと一緒にパパっと終えてしまったけど。


 持ち物を取りに行った時は、マスコミが蟻のように群がっていて恐怖を抱いたね。

 なんとか政府の人たちが追い払ってくれて、無事に引っ越し作業を終えることができたけどさ。


 合馬大臣に新しい住まいを用意していただいて本当に良かったと心から思う。

 あんなに多くのマスコミがいる中では、まともに暮らすことは不可能だっただろう。それに、アパートの住民や近隣住民に迷惑をかけることになってしまうし。


 引っ越し作業は一日で終わった。

 新しい住まい(豪邸)に住むことになったけど、これが全然慣れない。豪邸すぎて落ち着かないのだ。


 自分が平凡会社員だということを自覚しているから、こんなお金持ちが住むような家でゆったりくつろげるわけがなかった。

 お蔭で夜も全然眠れない。あの狭くて慣れ親しんだ自分の部屋が恋しいよ。


 この三日間、引っ越し作業以外は家で大人しく過ごしていた。

 出歩いて身バレするのが怖かったからだ。


 ではその間仕事にも行かず何をしていたかと言えば、主にメムメムのお勉強に灯里と二人で付き合っていた。

 エルフの頭脳とは凄まじいもので、すぐにひらがなとカタカナを覚えてしまい、今では普通に日本語を話せるくらい上達している。


 本人は念話によって言葉のイントネーションや意味がすぐに分かるからだと謙遜していたけど、例えば俺がやってすぐにできたりはしないだろう。

 流石に漢字は苦戦していて、まだ少ししか覚えていないようだけど。


 お蔭で、俺たち三人は念話ではなく日本語で会話をしていた。

 メムメムが日本語を喋るのはちょっと違和感があったが、やはり念話ではなく言葉で会話できるのはありがたい。


 あれって、結構脳が疲れちゃうんだよな。

 そんなことを思っていたら、階段からメムメムが下りてきて、眠そうに目を擦りながら挨拶してくる。


「おはよ~……ふあ~」


「おはよう、なんだよ眠そうだな。また夜更かしして漫画読んでたのか?」


「ん~まあねぇ。一度読んでしまうと手が止まらないんだよ……悟〇とベジ〇タの戦いが熱くてさ。つい熱中してしまって……ふわ~」


 大きな欠伸をするメムメム。

 この三日間、彼女は日本の文化に多く触れていた。その中でとりわけドハマりしたのが、日本の漫画である。

 タブレットで電子書籍を買い、ずーっと見てるのだ。本人いわく、漫画は“ヤバい”らしい。


 異世界でも物語本は存在したが、絵が描かれた物語――つまりは漫画のようなものがなかったらしい。


 元々本が好きで英雄譚や冒険譚などを愛読していたが、日本の漫画に出会って衝撃を感じてしまったのだ。

 彼女が今熱中しているのは、日本でも世界でも一番有名なドラゴ〇ボールである。


「メムメム、顔洗って歯を磨いてきて。そしたら朝ご飯食べよ」


「ふあ~い」


 寝ぼけているメムメムを、灯里が洗面所へ促す。

 なんだかこうして眺めていると、お母さんと子供みたいだな。メムメムは子供用のパジャマを着ているし、灯里はエプロンを羽織っているしで、余計そう見えてしまう。

 まあ、メムメムの方が俺たちの何倍も年上なんだけど。


 朝ご飯の準備が整い、俺たちは食卓テーブルを囲んで手を合わせた。


「「いただきます」」


 日本流の挨拶をしてから、ご飯を食べ始める。


「日本はご飯も美味しくて羨ましいよ。異世界と比べたら生活水準が桁違いだね。まあ、この納豆とやらは気に食わないけどさ」


「納豆食べると背が大きくなるよ」


「はっ! ボクを舐めるなよシロー、そんなのは嘘っぱちだと分かっているさ。まあ、例え本当だとしても決して食べることはしないけどね」


 そう言って、用意された納豆パックを俺の方に寄こす。

 おい、お前は好き嫌いする子供か。


「ねえ士郎さん、今日病院に行ってもいいかな?」


「お母さんか?」


「うん……ここ最近慌ただしくて行けなかったから顔を見たいの。ちょっと心配で……」


「そっか……う~ん、でもなぁ」


 灯里のお願いに、俺は首を捻る。

 政府の人から外出許可が下りてないんだよなぁ。それに、もし俺たちが今外を出歩いたら周りが騒ぎ出すだろうし……。

 でもお母さんに会いたい灯里の気持ちも分かるしなぁ。


 そんな風に困っていると、味噌汁を飲み干したメムメムが提案してくる。


「気づかれずに外に出たいのかい? それならできるよ」


「本当!?」


「本当だとも。ボクはこれでも凄い魔術師なんだぞ。認識阻害の魔術をかければ、周りにボクたちと認識できなくなるのさ」


 そんな便利な魔術もあるのか。

 でもそれなら、見張っているであろう政府の人や町中でも俺たちだとバレないな。

 お母さんに会いに行けると知って、灯里は喜びながら、


「ありがとうメムメム!」


「なーに、これくらいどうってことないさ」


 とか言いながら得意げに無い胸を張るメムメム。

 新しい仲間は頼りになるなと、俺も心の中で喜んだ。



 ◇◆◇



 メムメムがかけてくれた認識阻害魔術の効果は凄まじく、本当に周りからバレずに病院までやってこれた。

 人がいるなーという大雑把な感じは分かるのだが、それが俺や灯里本人だと認識されないらしい。


 灯里の母親がいる病室に訪れる。

 母親は点滴をつけたまま、ベッドに眠ったままだった。


「お母さん、士郎さんとメムメムが来てくれたよ」


「これがアカリの母君かい? 君と似て素敵な女性じゃないか」


「うん、ありがと」


 俺はお見舞い品をテーブルに置いている間に、メムメムと灯里が母親の様子を見ている。


「どうだ?」


 そう尋ねると、灯里は口を開かず首を横に振った。

 ダンジョン被害者が目を覚ます期間は人それぞれだ。ただ、今のところ目を覚ましていない人がいないから、母親もいずれ意識を取り戻すだろう。

 でもやっぱり、眠ったままの母親を見るのは灯里としたらキツいよな……。


「う~ん」


「どうしたんだ?」


「いや……アカリ、ちょっと母君を調べさせてもらってもいいかな。なに、下手なことはしないから安心してくれ」


「いいけど……」


 メムメムは突然灯里に許可を取ると、母親のおでこに手を乗せる。

 それから数秒後、「やはりね……」となにかに気付いたように頷いた。


「体内の魔力循環が乱れてる。恐らく、長い間ダンジョンに閉じ込められていた影響だろうね。目が覚めないのもそれのせいだよ」


「わかるのか!?」


「まあね。これくらいなら少し整えてやればすぐに目を覚ますさ。どれ、少しやってみよう」


 そう言うと、母親の額に置いているメムメムの手が淡く光り出す。

 治療を終えたのか、彼女は「これでいいよ」と告げて手を離した。

 その瞬間、母親の瞼がピクリと動いた。


「お母さん!?」


「ん……んん……あ、かり?」


「お母さん……う……ぅぅ……お母さあああん!!」


「あらま……あんたは何で泣いてんだい」


「うわああああああああああああああああああん!!」


 灯里はたまらず大声で泣き出しながら目を覚ました母親に抱き付いた。

 ここは親子水入らずでそっとしておこうと、俺とメムメムは一旦病室の外に出る。


 灯里の泣き声を聞いていると、俺まで嬉しくて泣いてしまいそうだった。


 彼女はダンジョンに両親を奪われた時から、一人で頑張ってきた。

 どれだけ絶望に打ちひしがれても、めげずに希望を捨てなかった。

 顔も声も知らぬ他人の俺に頼ってまで、両親を救い出したかった。


 灯里の頑張りが報われて、本当に良かった。


「ありがとうメムメム」


「なーに、お礼を言われるほどのことでもないさ」


「でも、回復魔術で治してくれたんだろ?」


「残念ながらボクは僧侶じゃないから回復系統の魔術を扱えないのさ。あれは神に祈って人為的に奇跡を起こすようなものだからね」


 そうだったのか……てっきり回復魔術だと思ったよ。

 でも、もしメムメムが回復魔術も使えたら凄いことになっていただろうな。ここにいる病人全て、メムメムに治してくれと懇願してくるだろうし。


「じゃあ、何をしたんだ?」


とどこおっていた魔力の循環を整えただけだよ。魔術師ならそれほど難しいことではない」


「そっか……それでもありがとう」


 もう一度ちゃんとお礼を言って、俺は拳を差し出した。

 メムメムは「ふっ」とニヒルに笑いながら、俺の拳に自分の拳を合わせたのだった。

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