第81話 言葉の壁
一瞬だけ意識がブラックアウトし、目を開けたらいつもの出入口の風景だった。
いや……“いつもの”とは語弊があるか。
視界一杯に埋まる自衛隊が待ち構えている。それも、盾や銃を携えた完全武装でだ。
(やっぱりこうなったか……)
なんとなく予感はしていたけど、やはり俺たちの動向は知らされているみたいだ。
だが、これほど厳重に警戒されているとは思っていなかったな。
俺は背後にいる仲間を確認する。
灯里と楓さんは警戒しているが、島田さんは不安気な表情を浮かべていた。
そしてメムメムは、物珍しさ気に周りをキョロキョロしている。
(無事にこれて良かった……)
ほっと安堵する。
最悪な場合、メムメムだけ帰ってこれなかったり違うどこかに飛ばされてしまう可能性もあったので、一緒に帰ってこれて一安心。
胸をなでおろしていると、自衛隊の先頭にいる眼鏡をかけたスーツ姿の男性が声をかけてきた。
「ダンジョン省の
(早速来たか!)
日本政府がメムメムの身柄を確保するだろうということは、事前に楓さんが話しており、その展開通りになった。
この場合になった時、一般人の俺たちにはどうすることもできない。大人しく引き渡すのが得策だろう。
その内容はメムメムにも通してある。
だけど彼女は、一つだけ俺たちに頼み事をした。
その頼み事とは――、
「はい、お願いします。ただ、その代わり俺も連れていってください」
俺も同行することだった。
メムメムはこちらの世界で信用する相手がいない。なので、俺たちの誰かに側にいて欲しいと頼んできたのだ。
流石に全員は無理だと言ったら、彼女は俺を指名した。
俺に何ができるか分からないけど、一度助けるといったからには最後まで付き合いたい。
「何故ですか? こちらとしては、彼女一人で十分なのですが」
「メムメム……彼女自身が俺と一緒じゃなきゃついて行かないと言っているんです。なあ、そうだろメムメム」
俺が後ろにいるメムメムに尋ねると、彼女はこう答えた。
「×××××××」
「……え?」
メムメムが何かを言ったのだが、俺は理解することができなかった。
彼女の言葉は日本語でも英語でもなく、聞いたこともないような言語だったのだ。
「××××××××××××」
「ごめん、何を言っているか分からない。えっ、もしかして分からないのって俺だけ?」
「いえ、私も分かりません」
「私も」
「僕もだよ。英語とかでもないみたいだね」
俺だけではなく、どうやらみんなメムメムの喋ってる言葉を理解できないらしい。
まさか話が通じていたのはダンジョンの中だけで、こちらの現実世界では通じないのか?
ダンジョンだけ、そういう仕様になっているのだろうか。
話が通じていないことにメムメムも気付いたのか、思案気な顔を浮かべている。
困惑していると、ダンジョン省の柿崎が眉間に皺を寄せて口を開いた。
「何をふざけているんですか。早く彼女を渡しなさい」
「えっと、どうやら彼女と言葉が通じないようです」
「なんですって? あなたたちは、先ほどまでダンジョンで日本語を話していたじゃありませんか」
「それが、こっちに来たらまるっきり聞こえなくなってしまって――」
『シロー、聞こえるか』
「ほわ!?」
直接脳に話しかけられた感じがして、びっくりしてしまう。
突然おかしい様子を取る俺を周りの人たちが怪訝そうに見ていると、また脳に直接声が届いてきた。
『これはボクの声だ。今君の頭に、念話の魔術で直接話しかけている。どうやらこっちでは言葉が通じないようだからね』
「そうだったのか……」
っていうか今、さらっと魔術って言ったよな。
ということは、メムメムはこちらの世界では異世界の魔術を扱えるのか?
『悪いけど、今は口で喋らないで頭の中で会話してくれ。会話の内容を彼等に知られたくない』
『わかっ……た』
頭の中で会話するなんてやったことないから上手くできるか不安だけど、とりあえず言う通りにしてみよう。
『カエデが言っていた通りの状況になったみたいだね。ただ、思っていたより友好的ではないみたいだ。彼らはなんと言っているんだい?』
『メムメムを一人で引き渡せって言ってる。俺も同行したいとは言ったんだけど、なんか無理そうな感じっぽい』
『ならこう言ってみてくれないか。ボクと日本人では言葉が通じないが、シローだけなら言葉が通じると。それなら、シローだけでも翻訳係として同行してもらえるはずだ』
『分かった、言ってみるよ』
メムメムの提案に乗ってみることにする。
確かにそれなら、俺を同行させてくれるかもしれない。
「何をしているんです、早く彼女を渡したまえ。これは外交問題なんだ。言う通りにしないと、貴方を捕まえまることになりますよ」
「あの……彼女は日本語というか異世界の言葉しか喋れません。ただ、俺にだけは考えていることを伝えられるそうです。なので、俺が翻訳係について行ってもいいでしょうか」
「なにをふざけたことを言っているんだ。ダンジョンの中で君たちは日本語で会話をしていたじゃないか」
「えっと、それは――」
「それはダンジョンの中だからじゃないでしょうか。現に彼女は自分が喋っている言葉が、異世界のリミュル語で話していると言ってました。これは想像ですが、ダンジョンの中だと勝手に自動翻訳されるのではないでしょうか」
俺が言い淀んでいると、代わりに楓さんが説明してくれる。
ありがとう、ナイス援護だよ。
「では、何故彼なら言葉が通じるんですか?」
『魔力の波長が合うからとでも言ってくれ。どうせ彼等には分からない』
「えっと……魔力の波長が、俺にしか合わないみたいです」
「そんな都合のいい話があるのか?」
「柿崎さん、もうこのまま二人とも連れていきましょう。グズグズしていると、各国が動いてきます」
柿崎の隣にいた人物がそう告げると、柿崎は「チッ」と舌打ちをして、
「いいだろう。君もついてきたまえ」
「ありがとうございます」
「士郎さん……大丈夫?」
心配そうな表情で俺の腕を掴んでくる灯里に、俺は安心させるように笑顔で答えた。
「大丈夫、なんとかなるよ。なにかあったら連絡するから。家で待っててくれ」
「うん、気をつけてね」
「十分に気をつけて下さい、士郎さん」
「あんまり余計なことは言わない方がいいと思うよ……」
楓さんと島田さんに声をかけられた俺は、二人に大丈夫だからと答えてメムメムと共に柿崎のもとに向かう。
「そちらの三人もギルドから話があるのでついて来て下さい」
「「はい」」
俺とメムメムはダンジョン省に、灯里と楓さんと島田さんは、ギルドに連れてかれることになったのだ。
この先、俺たちはどうなってしまうのだろうか。
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