第79話 異世界のエルフ メムメム
「ボクの名前はメムメム、凶悪なる魔王を滅ぼした勇者マルクスの仲間であり、大魔導師アルバスの一番弟子であり、ただのエルフでもある。よろしく頼むよ」
「「…………」」
少女――メムメムの話がなに一つ理解できなかった。
魔王? 勇者マルクスの仲間? 大魔導師アルバスの一番弟子? エルフ?
この少女は一体なにを言っているのだろうか。
冗談か? いや、この堂々とした態度。とても冗談を言っているようには見えない。
じゃあ本当のことなのだろうか。
最初の三つは証拠もないので信憑性に欠けるけど、エルフっていうのは少しだけ信じられる。
なぜかと言われれば、メムメムの見た目が物凄く美しく、人間では有り得ないほど耳が横に長いからだ。
「結界石を使います。話が長くなりそうなので」
「あ、うん……ありがとう」
これはどうやら沢山話す必要があるなと判断した楓さんが提案してくる。
【収納】スキルの亜空間から結界石を取り出し、発動した。これで約一時間程度はモンスターが近寄らないだろう。
「空間魔術を使えるのかい? それも魔除けの結界アイテムまで持っているのか。君はさぞ高名な魔術師と伺える」
【収納】スキルと結界石を見ていたメムメムが、口角を上げて関心する。彼女はこれが魔術だと思っているのだろうか。
「さて、ボクは名乗ったぞ。よければ君たちも名乗って欲しいのだが」
「五十嵐楓です。楓が名前になります」
「ほう、カエデは家名があるのか。ということはもしかして貴族だったりするのかな?」
「いえ、違いますが……」
「おや違ったかい? ボクの勘が外れるとは珍しいこともあるもんだ」
楓さんのことを貴族だと勘違いしたメムメム。
今時貴族があるとしたらイギリスとかヨーロッパの人だろうか。
「星野灯里です。灯里が名前です」
「島田拓三です。拓三が名前です」
「おや、アカリとタクゾウも家名があるのか。う~ん、これは悩ましいことだな。で、そっちの君は?」
「えっと、許斐士郎です。士郎が名前です」
「カエデ、アカリ、タクゾウ、シローか。名乗ってくれてありがとう。さて、自己紹介も済んだことだし話をしようじゃないか。お互い、気になることがあるだろう? そうだな……質問形式にしよう。まずは君たちが聞いてくれたまえ。答えれる限りなんでも答えよう。その後はボクが質問させてもらうよ」
そう提案してきたメムメム。
質問して欲しいと言われたけど、どっから質問すればいいかも分からない。それは他の三人もそうで、言葉を選んでいるようだった。
そんな中、楓さんが一番に問いかけた。
「メムメムさんは、地球という星を知っていますか?」
「知らない。初めて聞いたよ」
「……では、日本、アメリカ、中国は?」
「知らないね」
「「…………」」
楓さんの質問の意図が理解できた。
彼女は最初に、メムメムは地球人なのかどうかを知りたかったのだろう。
そしてメムメムは、全てにおいて知らないと答えた。
これで、頭の片隅に生まれていた疑問に正確性が増す。
メムメムが、異世界人であるということが。
俺と楓さんが言葉を失っている中、今度は灯里が質問する。
「メムメムさんはどこにいたの?」
「“さん”はいらない、気軽にメムメムと呼んでくれよ。ボクが最後にいたのは魔境さ。そこで邪教徒の奴等に封印されてしまってね。いやー油断したよ。ボクを殺す手段がないからって、封印手段を使ってくるとは。まんまと嵌められてこのザマさ。まあ、君たちが助けてくれたお蔭でこうして再び目覚めることができたけど」
魔境ってどこだよ……。それに助けてもないし。
メムメムは本当に異世界の人間なのか?
「メムメムは、異世界人なのかい?」
「タクゾウの質問の意味を理解できかねるね。異世界という言葉は理解できるよ。ただそれは、この世界の他に違う世界が存在するという意味だよね? ボクはこの世界しか知らないから、異世界人であるかは分からない。そもそも異世界があるのかすら知らない」
そりゃそうだよな……自分が異世界人だと言われても実感なんてないよな。
宇宙人とかなら、ワレワレハ、ウチュウジンデスとか言ってきそうだけど。
じゃあ今度は、俺がかったぱしから聞いてみよう。
「エルフってなに?」
「種族の呼名さ。特徴的なのは妖精に好かれ、寿命が人間よりも遥かに長く、高い知能と魔力を持つのがエルフと呼ばれる種族になるね。性的欲求は少なく、子孫繁栄にも興味がないから、今では数が大分少ないと思うけど」
「凶悪な魔王ってのはなに?」
「魔族や魔物を束ねる王のことさ。奴等は人間を滅ぼそうとしていたが、勇者マルクスとボクを含めた四人の
「なんで俺たちが喋る日本語が分かるんだ?」
「ニホンゴ? ボクは今大陸共通のリミュル語を話しているのだが、君たちは違うのかい?」
「ああ、俺たちは日本語で話してる。メムメムの言葉も、日本語として聞こえるよ」
「なんということだ……まさか自動的に翻訳されているのか? 一体どういう仕組みなんだ?」
顎に手をやって考え込んでしまっているメムメムに、俺たちは再び質問を繰り返していく。
それで分かったことは、やはりメムメムは地球人ではなく異世界人であることだ。
彼女が中二病を拗らせているイタい女性ならそれまでだけど、話を聞いている限り本当のことだと思われる。
俺は……俺たちは心底驚いていた。
まさか本当に異世界があり、異世界のエルフがいるなんて思わなかった。
メムメムのいた世界は、俺たち日本人が想像しているファンタジー世界とほとんど同じだった。
人間がいて、エルフがいて、獣人やドワーフといった種族がいる。
魔力という力があり、魔術を使える者は魔術師と呼ばれる。
人間や動物とは違う、魔族や魔物という生き物が存在している。
機械は発明されていない。
平和な国もあれば、国々で争っていたりもする。
王国制度や貴族制度がある。
まさに、アニメやマンガの創作物の世界と酷似していた。
「さて、君たちの質問はこれぐらいかな。今度はボクが質問する番だ」
「ああ、なんでも聞いてくれ。答えられることは答えるよ」
メムメムの質問に俺達が返した内容を要約すると、
ここは地球という惑星の、日本という国。
惑星には百三十か国以上の国がある。
魔力も魔法もなく、魔物や魔族もいなくて、種族は人間しかいない。
機械文明が発達している。
王国や貴族はあるけど、極僅かしか存在しない。
その他にも聞かれたことを次々と答えていくと、メムメムは「う~む」と唸りながら、
「魔力……魔族と魔物が存在しない世界か……。そんな平和な世界でも、争いが絶えないんだね」
「残念ながらそうだよ。だけど日本は他国と争わない比較的安全な国だよ」
「そうか。そうなると、ここも日本なのかい?」
「えっと、それはそうなんだけど――」
俺はダンジョンのことを説明する。
三年前に、世界中のあらゆる塔がダンジョンに変貌したこと。
その中にいた被害者がダンジョンに囚われてしまったこと。
ダンジョンにはモンスターがいて、それを倒すと魔石やアイテムがドロップする。
ダンジョンの中ではステータスが存在し、モンスターを倒すとレベルが上がり、スキルを獲得することで魔術を使える。
そして肝心なことだが、宝箱を開けた途端にメムメムが現れたことだ。
「ハハ! ボクが宝箱から出てきたって? それはそれは滑稽なことだ。そしてなんと摩訶不思議なんだろう。魔境で封印石に封印されたボクが、異世界にある東京タワーとやらのダンジョンで宝箱からドロップするするとは……ククク、面白いことこの上ないじゃないか」
そう言われると、メムメムに同情してしまう。
封印されてしまった
彼女もまた、ダンジョン被害者の一人なんだろう。
「さて、とりあえずの状況は把握した。ここで君たちにボクからお願いしたい」
「えっと、どんな?」
「ボクを保護して欲しいんだ。見れば分かるがボクはこの世界のことを知らない上に文無しときた。元の世界に帰る術もない。生きていく上で縋れるのは助けてくれた君たちしかいない。ということで、助けてくれ」
「まあ、それはいいんだけど……」
「待ってください」
了承しようとしたら、楓さんがストップをかけた。
彼女はメムメムにこう告げる。
「仲間と少し話がしたいので、時間をください」
「是非そうしてくれたまえ」
楓さんは俺たちを、メムメムに話が聞こえない程度まで距離を離すと、小声で相談してくる。
「彼女の存在はダンジョンライブで配信され、世界中パニックになっているでしょう。このまま連れて帰ったら、私たちまでどうなるか分かりません。この間の謎の十層と喋るオーガの件とは、重要度が桁違いに違います」
「でも、このまま置き去りにするのは可哀想だよ」
灯里の言葉に、楓さんは「ええ」と頷いて、
「私も連れて帰りたいと思います。というか、人道的にも保護しない訳にはいきません。ただ、皆さんには知っておいて欲しいんです。連れて帰った時のリスクを」
「リスクって?」
「メムメムさんが果たして日本に戻れるのかは分かりませんが、戻れたと仮定して、日本や世界はあの人を重要人物としてどんな風に扱うか分かったもんではありません。彼女を害する可能性だってあるのです」
「害するって……そんな大袈裟な……」
「大袈裟ではありません。いや、彼女どころか私たちもタダでは済まない可能性だってあります。メムメムさんを保護するのであれば、それを覚悟しておくべきです」
楓さんの言うとおりだな。
喋るオーガの件だってあんなに世界中大騒ぎになったのに、今度は異世界人の、それも人間ではなくエルフだっていうんだから、何が起きるか想像もできない。
もしかしたら警察に捕まってしまう可能性だってある。
けど俺は、それでもメムメムをこのまま一人で放っておくことなんてできない。
みんなの顔を見たら、三人とも覚悟ができているようだった。
俺たちはメムメムのところに戻り、こう告げる。
「メムメムを保護するよ。日本に戻れるのか分からないけど、一緒に行ってみよう」
「ありがとう。君たちはボクの恩人だ」
こうして俺たちは、異世界のエルフ、メムメムを保護することになったのだった。
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