第76話 特別

 


 そう問われ、俺は灯里と楓さんと島田さんに目で問いかける。

 すると、島田さんが一早く「いいんじゃないかな」と賛成した。


「アルバトロスに誘われるなんてチャンスだよ!? 受けるべきだよ!」


「そうだね……色々教えてもらえるし、私たちはダンジョンに入ればいいだけだっていうし、別にデメリットがあるわけじゃないし、入っても問題ないと思う」


 島田さんと灯里は賛成派だ。

 だけど楓さんは顔色をかえず、風間さんに質問を投げる。


「一点お伺いしたいことがあります。アルバトロスに入るのは、四人全員でしょうか?」


「「え――!?」」


 楓さんの質問に、俺を含めた三人が驚いた。

 それってもしかして……全員がアルバトロスに入れるわけじゃないのか?


 疑問を抱いて言葉を待っていると、風間さんは口を開いた。


「彼女の察しの通り、アルバトロスがオファーするのは許斐君と星野さんの二人だけだ」


「なっ!? なんでですか? なんで俺と灯里だけで、楓さんと島田さんはダメなんですか?」


「五十嵐さんと島田さんはダンジョン病を患っているね。言葉が悪くなってしまうが、二人は冒険者としてイメージが悪い。新規の冒険者を迎え入れるというのに、ダンジョン病の冒険者が身近にいたら不安を抱いてしまうだろう」


「で、でも……」


「冒険者たちの中でチームの取替えはそれほど珍しいわけではない。それは、フリー登録している二人ならよく分かっているだろう」


「ははは……」


「そうですね。よくあることです」


 島田さんは乾いた笑いを浮かべ、楓さんは当たり前のように頷いた。


 楓さんと島田さんは元々フリーの冒険者で、固定したパーティーを作らず活動してきた。だから納得はできるのだろう。


 だけど……そんなことってないだろう。

 ここまで一緒にやってきたんだ。苦楽を共にしてきたんだ。なのにいきなり別れるなんてできるはずないじゃないか。


「プロのスポーツとして考えて欲しい。彼等も能力や金銭面をステップアップしようと、より良い条件で所属チームを変えるだろう? それと同じことだよ。勿論、五十嵐さんと島田さんは折角の固定パーティーを別れさせてしまうわけだから、二人にはこちらから十分な補填を与えるつもりだよ」


「……」


「どうかな、考えてみてくれないか」


「士郎さん、私から言わせてもらいますが、アルバトロスの話は受けた方がいいです。二人の家族を助けるためにも、アルバトロスに入ることは最善です。私たちのことは気にしないで下さい。元々私たちはフリーですので、いつパーティーが解散しても構いません。ですよね、島田さん」


「そうだね……こういうことはよくあることだし、気にしないでくれよ。あのアルバトロスに誘われてるんだよ? 凄く光栄なことじゃないか! 入るべきだよ!」


「楓さん……島田さん……」


 二人が気を使ってくれているのがよく分かる。

 俺はふと、灯里を見た。彼女は俺の目を真っすぐに見つめて、


「私は士郎さんに任せるよ」


 沈黙の空気の中、この場にいる全員が俺を見ていた。


 けど、俺の答えは最初から決まっている。


「風間さん、折角のお誘いですが、謹んでお断りします」


「……いいのかい?」


「士郎さん、私たちのことは気にしないでください」


「そ、そうだよ! 断るなんて勿体ないよ!」


「確かにアルバトロスは魅力的です。でも俺には、もっと大切な仲間がいます。この四人で冒険することがなによりも楽しいんです。だから、アルバトロスには入りません」


「許斐君……」


「士郎さん……」


 島田さんと楓さんが、信じられないといった表情で俺を見てくる。

 灯里だけは、俺の答えが分かっていたように微笑んでいた。


「もう一度聞くよ。本当にいいのかい?」


「はい。俺はこの四人がいいです」


 はっきりと断言をする。すると風間さんは小さくため息をついて、


「そうか……残念だよ。ただ、君たちとはより良い関係を築きたいと思っている。それぐらいはいいかい?」


「はい、勿論です!」



 ◇◆◇



 それから俺たちは、風間さんと金本さんと軽く話をして別れることになった。


 部屋を出て、ギルドのエントランスに戻ってくる。

 すると、楓さんが神妙な雰囲気で尋ねてきた。


「本当に良かったんですか? アルバトロスの誘いを蹴って」


「誘われたことは嬉しいけど、悔いは全然ないよ。さっきも言ったけど、俺はこの四人で冒険したいんだ」


「ぐす……許斐君、君はなんて優しい人なんだ。ぼかぁ嬉しくて涙が止まらないよ」


「ちょっ島田さん、こんなところで泣かないでくださいよ」


 突然泣き出してしまう島田さんを宥めていると、灯里がこう言ってくる。


「私は分かってたよ。士郎さんはきっと、この四人でがいいって言うのを」


「なんだよ……そう思ってたなら灯里も言ってくれればよかったのに」


「えへへー、それは士郎さんの口から聞きたいでしょ? ね? 楓さん」


「え、ええ……確かにあの時の士郎さんは素敵でした。表には出していませんが、内心では私も島田さんのように嬉し泣きしています」


「ちょっと、恥ずかしいからかわないでくれよ」


 そう言って、四人で笑い合う。

 アルバトロスに誘われたことは純粋に嬉しかったけど、やっぱり俺はこの四人が最高のパーティーだと改めて思ったのだった。



 ◇◆◇



「よかったの? あっさり引いたけど」


 アルバトロスの回復術師である金本麗奈がリーダーの風間清一郎に問いかけると、彼は「そうだねぇ……」と小さなため息を吐いて、


「意思も固いようだし、時間を置いてまた誘ってみるよ」


「まだ諦めていないようね」


「当たり前じゃないか。人気もそうだけど、僕はそれ以上に許斐君と星野さんを買っているんだ。謎の十層や喋るオーガもそうだけど、ミノタウロスや異常種のゴブリンキングとも戦っている。なんらかのユニークスキルも獲得してるみたいだし、あの二人は特別なんだよ」


「特別って?」


「“ダンジョンに好かれている”と言い換えればいいかな。あの二人はダンジョンの謎を解き明かす鍵になると、俺は思っているんだ。だからせめて、良好な関係だけでも築いておきたいよね」


「清ちゃんって、本当にダンジョンのことが好きよね」


 可笑しそうに笑いながら言う麗奈に、清一郎は窓に映る東京タワーを見つめながらこう言った。


「ああ……狂おしいほどに愛しいよ」

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