第75話 アルバトロス

 


「まずは来てくれてありがとう。さっき自己紹介したけど、改めて。俺は風間清一郎、こっちはメンバーの金本麗奈だ。よろしく頼むよ」


「よろしくお願いしますね~」


 アルバトロスの二人が自己紹介したので、こちらも俺から順に灯里、楓さん、島田さんと自己紹介をする。


 お互い自己紹介を終えたことで、風間さんが改めて口を開いた。


「じゃあ早速なんだけど、俺たちアルバトロスはクランを作ろうと思っているんだ」


「クラン……ですか?」


 クランと言われて、俺は首を傾げた。その言語を今まで聞いたことが一切なかったからだ。

 困っていると、隣にいる楓さんが詳しく説明してくれる。


「クランは集団の組織という意味です。パーティーだと数人程度ですが、クランは数十人規模が集まったチームと思えばいいでしょう。ゲームでよく使われていて、その場合クランやギルドと呼ばれています」


「へぇ、そうなんだ」


「五十嵐さんだったね、説明ありがとう。今彼女がいったように、俺たちアルバトロスはクランを作る。何故かというと、新規の冒険者を増やしたいからなんだ」


 新規の冒険者って、一般人を冒険者にするっていう意味だよな?


 でもなんで、新規の冒険者を増やそうと考えたのだろうか。普通に、今いる冒険者をクランに誘えばいいじゃないかと思うんだけど。


 楓さんもそう思ったのか、俺より先に風間さんに問いかける。


「クランを作りたいということでしたら、アルバトロスをもっと大きくしたいということですよね? アルバトロスの名前があったら実力も兼ね備えた現存の冒険者がこぞって入りたいと思われますが、何故わざわざ一般人を冒険者にしてまで募集しようと考えたのでしょうか」


「勿論、気になっている冒険者パーティーにも誘いをかけているよ。だけど俺たちは、冒険者の人口をもっと増やしたいんだ」


「えっと……なんでですかね?」


 島田さんが恐る恐る尋ねると、朗らかだった風間さんの表情が険しくなり、重い声音で答えた。


「その問いに答える前に少し話を変えるけど、君たちはダンジョンというものにどれほど関心を持っているかな?」


「えっ……と、難しく考えたことはないです……」


「そうだろう。大半の人は考えない。ダンジョンが現れた三年前なら気にかけたが、今ではダンジョンがあるのが当たり前になり、それどころか日常の娯楽と化している。だけど俺はずっと考えているんだ。ダンジョンとはなんなのか、なぜ現れたのか、誰がやったのか……みたいなことをね」


 そう言われると、もう俺はそういった疑問を抱いていなかった。


 そりゃダンジョンが現れた時は神の存在とか異世界の存在とか陰謀なんかをネットとかで調べて考えていたけど、YouTubeでダンジョンライブを見られるようになってからは、そっちにハマってダンジョンが現れた理由とかは気にしなくなってしまった。


 それは多分俺だけではなく、大半の人がそうなっただろう。

 考えたって答えが分かるわけではないし、それならYouTubeでダンジョンライブを楽しく視聴していたほうがいい。


 それにダンジョンができたからって、生活がかわるのは極一部の人だけだしな。


 東京から離れれば離れるほど、ダンジョンに興味がない人の方が多いと思う。

 俺や灯里みたいに、ダンジョン被害に遭った人は別だけど。


「俺はね、いつも考えてしまうんだ。ダンジョンが現れた理由や、その意図を。そして、最悪の未来をも考えてしまう」


「最悪な未来って……どんな……」


「“モンスターが現実世界に現れ、人々を殺す未来さ”」


「「――ッ!?」」


 彼の言葉を聞いた瞬間、俺たちは絶句した。

 そんな……現実世界にモンスターが現れるなんて、そんなことあり得るのか?


 顔に出てしまっていたんだろう。俺の表情を読み取った風間さんは話しを続ける。


「そんなことあるわけがないと思っているね? もしくは考えたこともなかったか。そんな漫画やネット小説みたいなこと、起こるわけがないってね。だけど考えてみて欲しい。実際にダンジョンという全くもって未知の存在が現れてしまったんだ。この先なにが起こるかわからない。ダンジョンの中からモンスターが現れるかもしれないし、突然目の前に現れるかもしれない。今は魔石という高資源の恩恵をもらっているが、この先ダンジョンが俺たち人間に牙を剥かないとも限らないだろ?」


「それは……そうかもしれませんけど……」


「その時に備え、少しでも生存確率を高めるために、一緒に戦える同士を集めるためにクランを立ち上げ、冒険者を育成しようと思っているんだ」


(凄いなこの人……)


 風間さんの考えを聞き、改めて彼の凄さが身に染みた。

 普通の人だったら、彼のように富も名声も得たら有頂天になったりするだろう。


 だが風間さんは、自分たちの利益を求めるわけでもなく、人類全体の未来を考えていた。ダンジョンからモンスターが現れるというのも被害妄想かもしれないけど、有事の際を想定して動こうとしている。


 そんなこと、普通の人ができるだろうか。

 やろうと思ってできるだろうか。

 もしできるとすれば、きっと風間さん――アルバトロスしかいないだろう。


 俺が風間さんに対して尊敬の念を抱いていると、ふと思いついたことを灯里が尋ねた。


「ちょっと思ったんですけど、そういうのって政治家の人たちがやってくれたりしないんですか?」


「勿論俺も、ギルドを通して日本政府、ダンジョン省に訴えてはいるよ。もしものことに備え、もっと冒険者を増やした方がいいとね。けど残念ながら、まともに相手をしてくれない」


「そんな……」


「日本という国はそういう国です。起きていない危機に対してなにかしらの対応をしようとは思いません。政治家はそんなことにお金をかけませんから」


 落ち込む灯里に、楓さんが吐き捨てるように告げた。それにしても、ちょっと棘がある言い方だな。まあ、俺も同感ではあるけど。


「五十嵐さんの言うとおり、日本政府は動かない。まぁ致し方ない点はあるんだけどね。冒険者は実際に死んだりはしないが、死ぬ苦痛を感じてしまう。政府が自ら国民に、冒険者になって苦痛を感じにいけとは言えないだろう。だからこそ、俺たち冒険者が働きかけるしかないんだ」


 その話を聞いて納得していると、風間さんは「前置きはここまでにして」と言い続けて、


「今回の話は、アルバトロスがクランを立ち上げる際に許斐君に我がクランに加入してもらいたいんだ」


「……ええ!? お、俺ですか!?」


 突然の話に驚いてしまう。

 まさか俺が、あの日本最強の冒険者パーティーに誘われるとは思ってもみなかった。

 俺が……アルバトロスに入る?


 そんなこと信じられるだろうか。


「あの……そもそも何で俺なんでしょうか。俺なんかまだ、冒険者になったばっかなのに……」


「確かに許斐君は冒険者としては初心者を抜け出したような実力だ。だけど知名度でいったら上級冒険者……いや俺たちアルバトロスにだって引けを取らない。元々ネット界隈では人気もあったが、謎の十層、喋る隻眼のオーガの件で人気は爆発している。最近では刹那とも絡んだしね。許斐君は自分のダンジョンライブが、どれだけ見られているか知ってるかい?」


「いえ……あまり自分のダンジョンライブは見ないので」


「ライブ平均視聴者は三百万人だ」


 さ、三百万人!?

 嘘だろ……俺のダンジョンライブってそんな多くの人に見られているのか?


 視聴者数とか視聴回数とか全然気にしたことなかったけど、いつのまにそんなことになってたんだ……。


「その様子だと、気付いていなかったようだね。日本でもそうだけど、特に外国人に人気なんだよ。君たちがダンジョンに入る日は土日と固定されているから視聴者としても分かりやすいし、そういう部分も強みではある。まぁ許斐君だけではなく、星野さん目当てのファンもいるけどね」


「話が読めました。アルバトロスは士郎さんたちをクランの客寄せパンダにする気ですね」


「その言い方は好きじゃないけど、大まかな意味ではあってるよ。ただ、俺たちが君たちに求めることは何もない。君たちはアルバトロスとしてダンジョンを攻略してくれるだけでいいんだ。もし入ってくれたら、出来る限りの援助をしよう。モンスターの戦い方、ダンジョンの特徴、スキルも教えるし、装具やアイテムなども全てこちらが用意する。出来る限りの最高の環境を用意しよう」


「そこまでしてくれる価値が、俺たちにあるんですか……?」


「ある。それに許斐君と星野さんに対しては、十分な伸びしろを感じられるよ。たった三ヶ月でダンジョンの十層を超えられる冒険者は、ここ最近は現れなかった。凄まじい成長速度だよ。俺たちや古参の冒険者にだって劣らない。それに許斐君は、あの刹那が気に掛けるほどの秘められた力があるようだしね」


 すっごいベタ褒めしてくるんだけど……。

 アルバトロスのリーダーからこんなに嬉しい言葉をもらえるなんて、正直言って凄い嬉しい。


 全然気にしてなかったけど、もしかして俺って凄いのか?

 そう浮かれてしまうほど、俺は舞い上がっていた。


 さらにもし受ければ、あのアルバトロスと一緒のチームになれるってことだよな。

 それって……ぶっちゃけ凄くないか?

 “あの”アルバトロスだよ?


「どうだろう。俺たちの仲間にならないか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る