第69話 連絡先

 

 色々あって疲れた俺たちは、そのまま真っすぐ帰宅した。

 料理はしなくてもいいとは言ったのだが、灯里は自分から作りたいと言って作ってしまう。晩御飯の生姜焼きはめちゃくちゃ美味しかった。


 お互いに風呂に入り、リビングで拳一つ分の間隔を空けてソファーに座ってゆっくりしている最中、俺はふと灯里に尋ねる。


「なあ灯里、本当に良かったのか?」


「んー、何が?」


「D・Aの誘いを断ったことだよ。俺が言うのもなんだけどさ、凄いことだと思うんだよね。条件も良かったし」


 そう言うと、灯里は顔を向けて俺の目を見つめながら聞いてくる。


「士郎さんは、私がD・Aに入っても良かったの?」


「俺は……」


 言い淀んでしまう。


 もし灯里がD・Aに入った場合、この家から出て行ってしまう。パーティーからも外されてしまい、顔を合わせることもなくなってしまうだろう。


 灯里的には、金銭的にも、父親を救出するという目的でもD・Aに入った方が断然良いのは分かる。


 だけど俺は、灯里と離れるのは嫌だった。

 灯里のいない生活なんて考えられなかった。

 こんな風に考えてはいけないと分かっている。

 でも、俺はまだ灯里と一緒にいたかった。


「俺は……灯里がD・Aに入らないって言った時凄く安心した。灯里が俺“たち”を選んでくれて、本当に嬉しかった」


「と、いいますと?」


「灯里に、D・Aに入ってほしくなかった……です」


「えへへ、よく言えました」


 満面の笑みを浮かべる灯里。

 なんか言わされたのがちょっと悔しい。俺の方が圧倒的に年上なのに、女子高校生にからかわれた気分だ。


 すると、何故か灯里がぎゅっと抱き付いてくる。

 風呂上がりだから石鹸の良い匂いがするし、もちっとした柔らかい肌や大きな胸の感触が伝わってくる。

 俺の身体が、急激に熱くなっていくのが分かった。


「ど、どうしたんだよ」


「んー? 匂いの上塗り的な?」


「なんだよそれ……」


 猫のように俺の身体にすりつけてくる灯里。

 俺は彼女の背中に手を回そうとしたが、途中でやめた。もし抱きしめたら、己の理性が壊れて歯止めができないと思ったからだ。


 なので、灯里の頭に手を置き、優しく撫でる。


「ふふ」


 嬉しそうに声を出す。

 カノンも猫っぽかったが、今の灯里も十分猫のようだった。

 催促されて五分くらい撫で続け、やっと解放される。


「えへへ、また撫でてね。おやすみ」


「勘弁してくれ。おやすみ」


 灯里に挨拶をして、自分の部屋に入った俺は、ふぅ~~~~と息を深く吐き出す。


「やばかった……」


 今日の灯里は可愛すぎた。危うく襲いかかるところだった。

 あと少し一緒にいたら、理性を保てなかっただろう。

 ため息を吐く俺は、机に置いてある紙の切れ端を手に取る。


『カノンの連絡先にゃ。連絡待ってるにゃ♡』


 紙にはそんな言葉と電話番号が書かれていた。


 多分だけど、最後にカノンに抱き付かれた時に服のポケットに入れたのだろう。帰宅して脱いだ時に、ポケットからぽろっと落ちてきたのだ。


「アイドルがこういうのって、いいのか?」


 恋愛禁止のアイドル。

 表向きにはそうしているが、やはり裏では隠れて恋をしているのだろうか。

 そんなことを思いながら、俺は紙を机の引き出しにしまったのだった。

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