第68話 灯里の決意

 


「「ス、スカウト……!?」」


 関口さんの口からまさかの言葉が出てきて仰天する。


 スカウトってことはあれだよな……灯里がD・Aに加入するって意味だよな。

 驚きのあまり言葉を失っている灯里の代わりに、俺が関口さんに質問する。


「スカウトって、灯里をD・Aに加入させるって意味ですよね?」


「はい」


「なんで灯里なんですか?」


 単純な疑問を尋ねる。

 D・Aは確か、厳しいオーディションを勝ち抜いてできた三人のユニットだ。それなのに、オーディションにも出ていない一般人の灯里を誘うのは何故なんだろう。


「詳しく説明致しますと、D・Aの活動が停滞しているからです。それに伴い、D・Aのファンにも飽きられてしまう上に、新規ファンになる人が少なくなると危惧しているからです」


「停滞……してるんですか?」


 今や飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進し続けているD・A。日本で一番人気のアイドルグループで、彼女たちを知らない人はいないと言っても過言ではないと思う。


 そんなD・Aが、停滞しているだって? 信じられないな……。


「D・Aは今三人で活動しているのですが、現時点では三十階層を攻略できず二十九階層で立ち止まっている状況が続いています。なのでアイドル活動の方に力を入れてイベントやライブをしているのですが、彼女たちはあくまでも“戦うダンジョンアイドル”、メインはダンジョンでの冒険なのです」


 関口さんは「ですが……」と続けて、


「三人で攻略を続けるのは限界だと判断しました。三人とも必死に頑張っていますが、それでも届きません。なのでD・Aは、新たにメンバーを増やす方針に変えました」


「それで白羽の矢が立ったのが、灯里ってことですか」


「はい。灯里さんのダンジョンライブを拝見させていただきましたが、D・Aの三人にも劣らぬポテンシャルがあることを確認しています。失礼ですが、容姿に関しても基準を大幅に満たしています。加え、灯里さんは謎の十層と喋るオーガで世界的にも人気を博しています。D・Aの新しいメンバーをスカウトするにあたって、灯里さんしかいないと判断しました」


(なるほどな……)


 確かにそう言われると、納得できる部分はある。

 灯里は可愛いし、既に冒険者として活動しているし、あの件で有名になったからD・Aに加入しても見劣りはしないだろう。


 D・Aにとっては、喉から手が出るほどの超優良物件だということだ。


 灯里の他にも、ダンジョンで活動している女性は沢山いる。


 だがその人達が灯里のように可愛いかと言われれば、首を傾げてしまうだろう。

 そりゃー探せばいると思う。楓さんだって綺麗だし、この前会った御門さんだって十分美女だ。


 だけど、そういうことじゃないんだろう。

 俺の予想では、恐らく関口さんは若くて“アイドルっぽい女の子”を求めているんだと思う。


 そうなると、アイドル向きな人材でいえばやっぱり灯里しかいない。あくまでも俺の中では、灯里が最適解だった。


 D・Aが灯里を選んだ理由は理解した。後は、スカウトされた彼女自身がどう答えるかだ。

 関口さんは、灯里に尋ねる。


「どうでしょう灯里さん、D・Aに入って頂けないでしょうか」


 関口さんの頼みに、灯里は間髪入れずに答えた。


「え、嫌です」


「「…………」」


 灯里が断った瞬間、場の空気がカチンコチンに凍った。


「嫌です」


 大事なことだから二回言ったのかな?


「そう言われるのは承知の上です。なので、灯里さんがD・Aに入って頂けた時のメリットをご紹介します」


 そう言って、関口さんはスラスラとメリットを説明する。


 まず第一に、金銭的な面でのメリット。

 加入した時点で、五億円をくれる。その額を聞いただけで、俺は目が飛び出るほど驚いた。


 五億って……メジャーリーガーとかプロサッカー選手の値段じゃないか。しかも、加入しただけでその値段だ。


 D・Aの給料は年俸制で、年間二億円をもらえる。年間二億ってえげつないだろ……。


 さらに加入したら、この高級マンションにも住める。この部屋とは個別の部屋も用意してくれるそうだ。


 第二に、ダンジョンでのメリット。

 加入した場合、D・Aの三人が灯里に付き合ってくれて、パワーレベリングをしてくれること。さらに、一気に階層を二十九階層まで攻略してくれるみたいだ。


 これは金銭面でもそうだが、ダンジョンに必要な武器に防具、アイテムも全てD・Aが用意してくれるらしい。結界石やハイポーションも何でも買ってくれるそうだ。


 メリットとしては大体そんな感じだ。

 正直、一般人的な視点からすると破格すぎる条件と言っていいだろう。俺だったら一瞬で首を縦に振っていたかもしれない。


 でも、流石にメリットばかりではないだろう。


「勿論、加入した場合のデメリットもあるんですよね」


「はい。D・Aは“アイドル”なので、制約はあります」


 そう言って、今度はデメリットを説明してくれる。


 まずは加入した場合、アイドルとしての活動をしなければならない。

 歌や踊りのレッスンもするし、テレビにラジオにライブに様々な芸能活動もしなければならない。


 さらに言うと、スケジュールは全てD・Aの事務所に管理されてしまうらしい。


 勿論休養日はあるけど、アイドルの経験がない灯里の場合、最初の方はほぼほぼ休みがないそうだ。勿論、身体を壊すような無理はさせないみたいだが。


 後はダンジョンで手に入れたアイテムは、全てD・Aの所有物となる。レアアイテムや装具がドロップしたら使用することもできるが、あくまでもD・Aの物を貸すという形になる。


「最後に、D・Aに入った場合は恋愛を禁止させて頂きます」


「「――っ」」


「言い方が悪くなっていますが、アイドルは商品です。恋人がいるアイドルを、ファンは快く応援はしないでしょう」


 ……そうだよな、やっぱりそうなるよな。

 世の中のアイドルは、全てと言っていいほど恋愛を禁止されている。それは今関口さんが言ったように、アイドルは何よりもイメージが大事だからだ。


 仮に隠れて恋愛をしてバレようものなら、世間から一斉にバッシングを受けてしまう。


 それは何も今だからでなく、昭和の時代からアイドルはそういうものだった。だから恋愛が禁止になるのも仕方はないだろう。


「失礼ですが、お二人は恋人関係ですか?」


「「……」」


 関口さんにそう聞かれて、俺と灯里は一瞬無言になってしまう。


 はたから見れば俺たちの関係は恋人同士に見えるかもしれない。だけど、俺と灯里は付き合っているわけではなかった。


 ダンジョン被害者同士という共通点のもと、一緒に暮らし、家族を取り戻すために一緒にダンジョンを探索する関係である。


 だから俺は、正直に伝えた。


「いえ、恋人ではないです」


「良かった。もしそうでしたら、別れてもらうことになっていました」


「へー、シローちゃんと灯里ちゃんは付き合ってなかったのにゃ」


「……」


 答えを聞いて安堵する関口さんと、関心するカノン。灯里は俯き、口を閉じたままだった。


「メリットとデメリットを説明したところで、改めてお願いします。星野灯里さん、私たちのスカウトを引き受けていただけませんか」


 関口さんの頼みに、灯里は顔を上げて強い眼差しで答えた。


「私を誘ってくれたことは嬉しいです。でもごめんなさい、私はD・Aには入りません」


「理由を聞いてもよろしいでしょうか。条件が気に入らなければ相談します」


「条件はどうでもいいんです。私はただ、アイドルに全く興味がないんです」


「女の子ならば、一度はアイドルに憧れるものです。それも、今なら特別良い条件で入れるのですよ? 何万人と夢見てオーディションを受けて落ちた女性がいる中、灯里さんはただ「はい」と言えばすぐにでもアイドルになれるのです。その機会を棒に振ってもいいのですか?」


「はい。私は士郎さんや、楓さんや島田さんの仲間と一緒に冒険したいです。この三人から離れることは私にとって考えられないです」


「灯里……」


 強い決意を抱きながら告げる灯里。

 彼女の言葉を聞いて、俺は胸が熱くなった。そこまで俺たちのことを想ってくれていることが、嬉しかったのだ。


「信じられませんね……これほどのチャンスを自ら捨てるなんて」


「こりゃ無理にゃアンナさん。灯里ちゃんは梃子でも動かないにゃ」


「……分かりました。今日のところは諦めましょう。もし気が変わったら、先程渡した名刺に連絡してください」


 話はそこで終わり、俺達はD・Aの事務所を後にする。

 エレベーターを降りると、ついてきてくれたカノンに向き直った。


「見送りありがとう。関口さんにもよろしく伝えておいてくれ」


「おっけーにゃ。ねえ灯里ちゃん、本当にD・Aには入らないにゃ? 辛いこともあるけど、楽しいこともいっぱいあるにゃ」


「うん。私は今のままで十分楽しいから」


「ならしょうがにゃいにゃ」


 カノンはそう言うと、また俺に抱き付いてきた。その瞬間、灯里の顔に光が消える。


「ふにゃ~、シローちゃんはいい匂いがするにゃ~」


「人の匂いを嗅ぐな! 離れてくれ!」


「士郎さん?」


 灯里が冷たい目で睨んでくるので、俺はカノンを引き剥がす。


「じゃあにゃ、お二人さん。また会おうにゃ」


 それを最後に、俺と灯里は高級マンションを後にしたのだった。

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