第67話 スカウト

 

「はい。この度は、星野灯里さんに話があって参りました」


 突然現れた、スーツ姿の謎の金髪白人美女。

 その人の正体は、なんとD《ダンジョン》・A《アイドル》の担当マネージャーだった。


 D・Aのマネージャーが、灯里にどんな話があるのだろうか。そう思っているのは俺だけではなく、ここにいる全員が面を喰くらっていた。


「私に……話?」


「はい。少しだけお時間を取らせて頂いても?」


 マネージャー――関口さんがそう頼むと、灯里は俺に顔を向ける。彼女の目は「どうしよう?」という意図があったので、俺はなんとなく首を縦に振って頷いた。


「はい、大丈夫です」


「ありがとうございます。では場所をかえましょう。ここで話す内容ではありませんから」


「あの、士郎さんが一緒でもいいですか?」


「ああ、そちらはシローさんですね。勿論構いません」


 関口さんは俺を見ると、問題ないと伝える。


 えっ……俺も聞いていい話なのだろうか? まあ一応今の俺は灯里の保護者的な役目をしているから、話ぐらいは聞いてもいいのかもしれない。

 てかこの人、俺の事も知っていたのか。


「では、早速行きましょうか」


 楓さんや島田さんとはそこで別れて、俺と灯里は関口さんについて行くことになった。



 ◇◆◇



「大っきい……」


「何階まであるんだろーね」


 高級マンションを見上げて、呆然とする俺と灯里。


 俺たちが連れて来られたのは、ギルドの近くにある高級マンションだった。この高級マンションは、東京タワーがダンジョンになってから一年半後に急遽建てられたものの一つだ。


 ここに住んでいるのは、ほとんどが冒険者。それも、レベルが高く中級や上級の冒険者である。なぜ冒険者ばかりなのかといったら、やはりダンジョンへの交通時間をなくすためだろう。


 大金を稼げるようになった冒険者は、とにかくダンジョンに早く行きたいと思っている。まあ、単純に良いところに住みたいというのもあるだろうけど。


 他には金持ちの人や、外国人なんかも住んでいるらしい。因みに、ここかどうかは知らないが、楓さんもギルドに近い高級マンションに住んでいるそうだ。羨ましい……。


「お二人とも、行きますよ」


「「あっ、ごめんなさい」」


 マンションをずっと眺めていた俺と灯里に、関口さんが催促してくる。おのぼりさんみたいでちょっと恥ずかしかった。


 関口さんがロックを開け、三人で自動ドアの中に入り、エレベーターに乗り込む。エレベーターはぐんぐん上がり、五十階まで到着する。


(五十階って……マジかよ)


 ドン引きしてしまう。

 タワーマンションに住むだけでも高いのに、五十階なんて高層に住むにはどれだけ支払わらなければならないのだろうか。


 扉が開いて廊下に出ると、ホテルと見間違うほどの高級感に溢れている。関口さんを先頭に、俺と灯里は恐る恐るついていった。


「こちらです」


 そう言って、関口さんがピッとカードをかざすと、ガチャリと鍵が開く。扉を開けて中に入っていく関口さんに「どうぞ」と促され、俺達も中に入った。


 靴を脱いで室内に入ると、部屋の広さに圧倒される。


「ひ、広っ!?」


「ねえ見て士郎さん、凄く高いよ……」


 室内はとにかく広くて、壁一面のガラス張りからは東京の街が一望できた。


 テレビもめちゃくちゃ大きく、椅子やソファーや小物も全て高級に見えてくる。人の家をジロジロ見てはいけないのだが、目が勝手に動いてしまっていた。


「ここはD・A三人の住まい兼事務所として使っています」


「へ、へぇ……」


 じゃあカノンとシノンとミオンがここに住んでるのか。そんなところに来てしまっていいのだろうか。

 と、その時だった。隣の部屋がガチャリと開くと、中から少女が現れた。


「あー!! シローちゃんにゃ!!」


「へ!?」


 俺のことを指しながら名前を呼ぶ、ネコミミパーカーに短パンの格好をした少女。


(こ、この子って!!)


 俺はその少女を知っている。動画の中で何度も見たことがある。


 D・Aのメンバーの一人、語尾に「にゃ」をつけるのが特徴的な音無おとなしかのんだ。アイドル名はカノンとして活動している。


 なんでカノンがいるんだ? と疑問を抱いたが、たった今関口さんがここで生活しているって言ってたな。それなら居てもおかしくないか。

 だけど、なんで彼女は俺のことを知っているんだろうか。


「カノン、何故貴女がここにいるの? 今日はレッスンのはずでしょ」


「体調が悪いって言ってサボってきたにゃ。アンナが灯里ちゃんをスカウトする日は今日だと思ってたにゃ。ドンピシャだったにゃ」


「貴女って人は……」


 関口さんが眉間をつまみながらため息を吐いていると、カノンはぴょんぴょんと跳ねる勢いで近づいてきて、いきなり俺に抱き付いてきた。


「生のシローちゃんにゃ~! 会えて嬉しいにゃ!」


「ええ!?」


 突然抱き付かれて困惑してしまう。

 彼女の身体は小さく、中学生ぐらいの体型だ。でも身体は柔らかいし、胸もそこそこある。正面からぎゅーっと強く抱きしめられているから、感触が嫌でも伝ってきた。


 どうしよう……力づくで引き剥がすわけにもいかないし。

 っていうか、カノンはなんでこんなに好意的なんだ? 俺達初めて会ったよな?


 困惑していると、灯里がガシっとカノンの両脇の下から腕を入れて、離れさせる。


「ちょっと、いきなり抱きつくなんて失礼じゃないですか?」


 言葉は丁寧で顔も笑ってるけど、凄く怒ってる。

 だって、目が笑ってない。


「ごめんだにゃ~、ついシローちゃんに会えて興奮しちゃったにゃ」


 灯里は謝るカノンの身体を離す。

 すると、関口さんが申し訳なさそうに謝りながら、


「カノンが失礼をして申し訳ありません。そちらにお座りください。飲み物はなにになさいますか?」


「あ、お構いなく」


「ではコーヒーを。カノンも大人しく座っていなさい」


「はいにゃ」


 関口さんに促され、俺と灯里はふかふかのソファーに座る。うわなんだこれ、座ってるだけなのに気持ちいんだが。


 コーヒーをテーブルに置いた関口さんは、カノンが座っている対面のソファーに座り、表情を引き締めて口を開いた。


「単刀直入に言います。灯里さんをD・Aにスカウトしたいと思っています」


「「ス……スカウト!?」」

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