第66話 灯里の人気

 

「うわ!?」


「パワーアロー!」


 小鬼剣士ゴブリンナイトとの対峙中に、ぬかるんだ地面に足を滑らせてしまう。好機と言わんばかりに剣を振り下ろしてくるが、背後から飛んできた豪矢がゴブリンナイトの眉間に突き刺さり、ポリゴンとなって消滅した。


 窮地を救ってくれた灯里に心の中でお礼を言いながら、楓さんに群がっているモンスターに駆け寄る。


 バシャバシャと水たまりの地面を踏みしめながら接近し、ビックアントの胴体を斬りつける。しかし、硬い甲殻に剣を弾かれてしまった。


「パワースラッシュ!」


 ならばと、なるべく細い首を狙って豪剣アーツを放ちビックアントの首を断ち切った。


 モンスターを倒したことで敵意タゲを取ってたのか、楓さんを攻撃していたカブトンが羽根を広げて迫ってくる。


「シールドバッシュ」


 楓さんが側面から盾撃を繰り出してカブトンを弾き飛ばすと、俺はフレイムソードによる刺突でカブトンの頭を突き刺した。頭から背中にかけて貫通すると、カブトンもポリゴンになって舞い散った。


「ゲギャギャ」


「マシルド」


「パワーアロー」


 新手のゴブリンメイジが放ってきた風魔術を、楓さんがマジックシールドを展開して間一髪防御する。俺達の後ろから灯里が放った豪矢が胸に突き刺さると、一撃でゴブリンメイジを屠った。


 結構遠い距離なのにベストショットを繰り出した灯里に感嘆する。距離もそうだけど、雨が降ってる中よく当てられるよな。凄すぎだろ。


「どうやら追加のモンスターはいないみたいですね」


「だね。ドロップ品も全部拾っておいたよ」


「もう、髪が濡れて鬱陶しい!」


「この雨、なんとかなんないかなぁ」


 苛立たしそうに前髪を掻きあげる灯里と、雨雲を見つめながら愚痴を吐く俺。


 六月になると梅雨入りになり、しとしとと雨が降る日が多くなっていた。


 それが平日だけだったならまだいいんだけど、ダンジョンに入る土日にも降られては困ってしまう。


 灯里以外は仕事をしているからダンジョンに入れる日は土日ぐらいしかないし、雨が降っているからといって探索を休むのも勿体ないので、酷い豪雨以外はダンジョンに訪れていた。


 だけど、雨の中密林ステージを探索するのは想像以上に厳しいもので、気が滅入ってしまう。視界は暗いし、剣を持つ手が滑るし、強く踏み込むと転んでしまうしで、まともに戦闘することができない。


 一応雨対策としてレインコートやレインシューズを着たりしているけど、逆に動きづらいんだよな。


 移動するのもいつもの倍は疲れるし、結界石で休憩を取っても座るところは冷たいし、動くのをやめると身体が冷えて寒いしで大変なのだ。


 おかげで攻略速度も遅く、俺達はまだ十四階層を探索していた。

 これもダンジョンの醍醐味と言われればその通りなんだけど、ダンジョンの中はずっと晴れでもいいじゃないかと何度心の中で愚痴ったか分からない。


「雨も強くなってきましたし、少し早いですが今日はこの辺で引き返しましょう。いらぬ事故を起こしてしまう可能性もありますから」


「賛成。僕あまり戦闘してないから寒くてしょうがないんだよね――ぶあっくしょん!」


「島田さん大丈夫ですか?」


「うん……なんとか。もっと着込んでくればよかったよ」


「私も帰りたい。身体が濡れてて気持ち悪いもん。凄くシャワー浴びたい」


「じゃあさっき見つけた自動ドアのところに戻ろうか」


 そう提案すると、全員が賛成した。俺もそうだけど、みんなかなり疲労している感じみたいだ。


 探索中に見つけた自動ドアに戻ると、まだその場所にあって安堵する。一定の時間が経つと、階段や自動ドアはランダムで移動してしまうからな。


 ラッキーと思いながら、俺達は雨が降り注ぐダンジョンを後にしたのだった。



 ◇◆◇



「洗濯機がいていてよかったねぇ」


「ですね」


 俺と島田さんは、更衣室でダンジョン用の防具を洗っていた。


 雨が降っている時は人でごった返して中々順番がこないのだが、今日は朝から降っていたから元々ダンジョンに入ってる冒険者が少なかったのかもしれない。


 洗濯を終えると、そのまま乾燥で乾かす。ギルドの洗濯機はかなり良いもので、乾燥付きなのだ。


 装具を乾かしてギルドに預けると、島田さんと一緒に大広間を出て灯里たちがいる待合室に向かう。

 すると、何故か人の列ができていた。


「なんの列でしょう……」


「ガラガラのくじ引きとかじゃないかな」


「そんなまさか……」


 冗談を言う島田さんにつっこみ、列の先を見る。

 すると、信じられない光景が視界に入ってきた。


「えっと、こんな感じでいいですか?」


「えへ、えへへへ、ありがとうございます。灯里ちゃん、俺応援してますから頑張ってください!!」


「あ……あはは……ありがとうございます」


「おい! いつまで喋ってんだよ! 後ろがつっかえてんだから終わったら早くどけや」


「「そうだそうだ!」」


 並んでいる人達が一斉に先頭の人に文句を叫ぶ。先頭の人は大事そうに色紙を抱えて満足そうな表情で去っていった。


(な、なんだこれは……?)


 列の先にいるのは灯里で、どうやらこの列は灯里にサインを書いてもらうために並んでいるらしい。灯里の側には楓さんがいて、質問している人を誘導していた。スーツ姿だから、マネージャーに見えなくもない。


 なにがどうなってこんな状況になっているのかと、俺と島田さんが口を開けて呆然としていると、男性に声をかけられた。


「よおー、シローじゃねえか」


「やっさん」


 声をかけてきたのは、俺と灯里が初めてダンジョンに行くときに声をかけてくれた冒険者のやっさんだった。


 この間『戦士の憩い』でご飯をご馳走になり、色々話しているうちに仲良くなったのだ。連絡先も交換している。


「ねえやっさん、何でこんな風になってるか知ってる?」


「おー、見てたぜ。誰かが灯里ちゃんにサインを頼んでから、冒険者たちが次々と灯里ちゃんに群がったんだ。それを楓ちゃんが仕切ってるって感じだな。因みに俺ももう貰ってる」


「みんな、なんで灯里のサインが欲しいんだろう?」


 首をひねって疑問を抱いていると、やっさんが「ばっかおめえ!」と呆れた風に説明してくれる。


「今や灯里ちゃんは冒険者のアイドルだぜ? 元々ダンジョンマニアの中で盛り上がってたけど、隻眼のオーガや母ちゃん救出で有名になっちまったんだよ」


「ま……マジですか?」


「マジもマジ、大マジだ。っていうか、灯里ちゃんだけじゃなくてシローだって有名になってるんだけどな。自覚ないのか?」


 そう言われてみると、他の冒険者からジロジロ見られることは多くなった気はする。だけど声をかけられるってことはなかったな。


(それにしても灯里がこんなに人気になるなんて思わなかったなぁ)


 でも、灯里が人気になるのも時間の問題だったかもしれない。


 ダンジョンライブを見るにあたって、何十万といる冒険者の中から誰の動画を見るかといえば、一番はアルバトロスや神木刹那やD・Aといった有名どころ。


 その次は古参冒険者だったり特殊なことをしている冒険者だったり強い冒険者だったりする。


 その次が大体、イケメンや可愛い冒険者を見たりするのだ。


 灯里は誰から見ても可愛い。アイドル級というか、テレビに出ているタレントよりも可愛いかもしれない。スタイルもよく、かなりの巨乳だ。


 しかも十八歳になったばかりで冒険者の中でも若く元気がある。

 普通に考えれば、人気が出ないわけがなかった。


 それに加え、やっさんが言ったように謎の十層や隻眼のオーガの件でバズりまくり、認知度も爆上げ状態。

 こうなったらもう誰も止められないだろう。


「いいなぁ、あんな可愛いくて有名な子が彼女でよ!」


 と言って、やっさんはにやにやしながら肩を叩いてくる。


 なんだか灯里が遠い世界に行ってしまったような寂しい気分を抱いていると、俺に気付いた灯里が手を上げて呼びかけてきた。


「あっ! シローさん!」


「シローだ」


「ちっ、なんでこんなやつが灯里ちゃんと!」


「ムカつくぜ」


「はいはいみなさん、約束通り待ち人が来るまでですから、もう終わりです。解散して下さい」


「「えーそんなぁーー」」


 パンっと手を叩きながら楓さんが仕切ると、列に並んでいた人たちは俺を睨んだり文句を言いながらバラバラに去っていった。


(なんで俺が睨まれなきゃなんないんだよ……)


 心の中でため息をはいていると、灯里と楓さんがやってくる。


「すみません、勝手なことをしてしまって」


「ごめんね士郎さん。なんか一人にサイン頼まれたらみんなにお願いされちゃって。ってあれ、やっさんまだいたんだ」


「その言い方はおじさん傷つくぜ……」


「謝ることないよ。ただ驚いたけどね」


「いやー、なんか星野君アイドルみたいだったよ」


 島田さんがそう言うと、灯里は照れ臭そうに笑う。

 その天然の笑顔を見て、灯里が人気になるのも頷ける。だってめちゃくちゃ可愛いんだもん。


「帰ろっか」


「はい!」


「少しよろしいかしら」


 用も済ませたことだし、解散して帰ろうしたその時。


 不意に、スーツを着た女性から声をかけられる。

 その女性はピシッとスーツを着ていて、背も高く、金髪で、サングラスをかけていた。なんだか白人系っぽい感じがする。


 その綺麗な女性は、胸ポケットから名刺を出すと、灯里に渡した。


「私はこういうものです」


「D・A担当マネージャー、関口アンナさん……?」


「はい。この度は、星野灯里さんに話があって参りました」

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