第62話 士郎がいないパーティー



「いけません、トラップです!」


「灯里!」


「きゃ!?」


 ダンジョン十二階層を探索中に宝箱を見つけた士郎たちは、アイテムが手に入るかと期待し開けることにした。


 だが宝箱の中は何も入っておらず、突然光りだす。咄嗟に士郎が灯里を突き飛ばすと、強い閃光が周囲を包み込んだ。


 眩しい光に顔を覆う。光が収まり視界が元通りになると、そこには士郎の姿がなかった。


「士郎さんは!? ねえ、士郎さんがいないよ!」


「恐らくダンジョントラップですね……士郎さんは罠転移でどこかの階層に飛ばされてしまった可能性があります」


 慌てふためく灯里に、苦虫を噛み潰したような顔で楓が伝える。

「そんな……」と灯里が顔を青ざめ、拓三が問いかけた。


「居場所は分からないのかい?」


「まずは電話してみましょう。もしかしたら出てくれるかもしれません」


「やってみる!」


 楓が言うと、灯里はすぐに収納空間からリュックを取り出しガサゴソとスマホを見つけ、士郎のスマホに電話をかける。しかし、どれだけかけても士郎が出ることはなかった。


「どうしよう……出ないよ」


「士郎さんのダンジョンライブを見てみましょう。それで士郎さんの今の状況を確認できるはずです」


「その手があったね!」


 楓の提案に、三人がスマホでYouTubeを開き、許斐士郎とうって検索する。すると、ライブ中の動画が検索欄の一番上に表示された。


 タップし、動画を視聴する。動画の中の士郎は地面に倒れていて、意識がないように見えた。


「ねえ、士郎さん動いてないよ……」


「気絶してるのかな? ポリゴンになってないから死んではないと思うんだけど」


「ここは……恐らく密林ステージですね」


「なら早く助けに行こうよ! このままじゃ士郎さんが死んじゃう!」


 士郎を助けに行こうとする灯里を、楓が「待ってください!」と慌てて止める。


「士郎さんを助けに行くのは現実的ではありません。彼がどこの階層に飛ばされたかも分からないのですよ。十二階層よりもっと上の階層かもしれません。今から探しに行くのは不可能です」


「そんな! じゃあどうしたらいいの!?」


「私達に出来ることは何もありません。それよりも自分たちの心配をした方がいいです。一刻も早く自動ドアを見つけて帰還した方がいいでしょう。士郎さんが抜けた今、私たちもモンスターに殺される確率が高くなっているのですから」


「そうだね……どこにいるか分からない許斐君を探すのは僕も無理だと思う。星野さん……辛いのは分かるけど、ここは一度帰ろう。なーに、許斐君なら一人だって大丈夫だよ」


「っ……」


 楓と拓三が諭すように告げるが、灯里は強く拳を握り締め、歯を食いしばっている。


 灯里は葛藤していた。

 このまま士郎を一人でダンジョンに残して自分達だけ帰りたくなどない。


 だけど楓が言うように、この広大なステージでどこの階層にいるかも分からない士郎を探すのも不可能であることも理解している。自分たちの命も危ぶまれていることも分かる。


 だけど、それでも見捨てていいのだろうか。

 考えに考え、灯里は決断した。


「わ……かった。自動ドアを探すよ」


「灯里さん……」


「ただ、士郎さんが起きたらすぐに電話をかけるし、もし近くにいたら助けにいくから」


「分かりました……とにかく動き出しましょう」


 方向性が決まり、三人は自動ドアを探しだす。

 だがそう簡単に見つけられるわけでもなく、何度かモンスターと遭遇してしまう。


 できるだけ戦闘を避けて逃げているのだが、逃げられない場面も出てくる。

 仕方なく戦闘するのだが、灯里の調子がいつもよりも格段に下がっていた。


「もう、避けないでよ!」


 士郎のことを気にし過ぎているからだろう。力を入れ過ぎて真っすぐ飛ばなかったり、命中させようにも当たらない。


 狙った通りに飛ばずモンスターにも当たらず、焦り苛立ち、悪循環に陥ってしまう。

 こんなことになるのは冒険者になって初めてのことだった。


 それはそうだろう。


 ダンジョンを探索するにあたって、灯里の側にはいつも士郎がいたのだから。

 士郎がいたから、灯里は本領を発揮できていたのだ。


 士郎さんがいる。私が士郎さんを守る。

 その強い意志が、まだ女子高校生で子供の灯里を支えていた。


 その士郎が自分を庇って一人で転移してしまい、死ぬかもしれないという恐怖を抱き、いつも視界にいる士郎の背中がどこにもない今。

 灯里がいつも通りに戦えるわけがなかった。


「島田さん、今の灯里さんだけではモンスターに勝てません。申し訳ありませんがアタッカーもやってもらえますか。私もフォローしますので」


「任せておくれ。精一杯頑張るから。あ……もし暴走しそうになったらガツンと頭を殴っちゃっていいからね」


 灯里だけでは圧倒的に火力不足で、ヒーラーの島田をアタッカーにする作戦を取るしかなかった。だが、島田は剣の技術はないが所有している死鎌デスサイスの性能は高く火力だけなら灯里にも劣らない。


 やられそうになっても、楓の上手い立ち回りによってフォローする。灯里は終始役立たずだったが、なんとかモンスターの群れを撃退した。


「はぁ……はぁ……いやー、前衛ってこんなに疲れるんだね。すっごい恐いし。許斐君や五十嵐さんは凄いなぁ」


「お疲れ様です。島田さんの動きも素人とは思えませんでした」


 息を切らして汗だくの島田に、楓がタオルとスポーツドリンクを渡す。それを受けとると、島田はさっと汗を拭いてゴクゴクと飲み干した。


「ヒーラーになる前は一応剣士だったからね。これくらいならなんとかできるさ。でも、連続はちょっとキツいかな」


「ねえ二人とも、これ見て!」


 休んでる二人に、灯里が血相を変えてスマホの画面を見せる。

 そこには、カメンライドに攻撃されている士郎の姿があった。士郎は必死に逃げるも、ジャイアントスパイダーの糸に引っかかって転んでしまう。


 それを見て、楓が険しい表情を浮かべた。


「カメンライド……それにジャイアントスパイダーですか。少なくとも十五層以上は確定的ですね……」


「そんなっ!?」


「許斐君!」


 モンスターの種類からおおよその階層を割り出すと、灯里の顔が絶望に染まる。


 すると突然画面を見ていた島田が叫び出した。画面の中の士郎は追いついたアナコンデスに薙ぎ払われ、カメンライドに腕を折られてしまった。


 最早立つこともできない満身創痍のまま、三体のモンスターに囲まれる。


 ここまできたら、死亡確定であることは楓には理解できた。ただ、これからどんな悲惨な死に方をするまでは想像できない。想像したくない。

 楓は咄嗟に灯里からスマホを奪った。


「灯里さん、これ以上見てはダメです」


「そんな、返してよ楓さん! お願いだから返して!」


 懇願する灯里だが、楓は意地でも渡すわけにはいかなかった。


 もし灯里が士郎の残酷な末路を見てしまったら、心にどんな傷を負ってしまうかわからないからだ。いや、灯里だけではない。楓自身だってそんな光景は見たくなかった。


 殺される本人である士郎も勿論心配だ。帰った時、どんな風になるのか分からない。


「ねえ、見てみなよ! 誰かが助けてくれたみたいだよ!」


「「えっ!?」」


 いつの間にか自分のスマホでダンジョンライブを見ていた島田が、二人に状況を伝える。


 楓と灯里はすぐにスマホを覗き込んだ。

 そこでは、フードつきのマントを羽織った冒険者が、動けない士郎の口にポーションを垂らしている。どうやらこの冒険者がモンスターを倒し、士郎を救ってくれたようだった。


「誰この人……」


「灯里さん、もう安心していいですよ。士郎さんは大丈夫です。この冒険者は恐らく神木刹那です」


 スマホを見ている楓が断言すると、灯里と島田はキョトンとした顔を浮かべる。


「神木刹那って……あの?」


「日本最強のソロ冒険者?」


「ええ、間違いないです。顔は何度も見たことがありますから。それに、一人で探索している冒険者なんて刹那以外いませんからね」


「……良かった……良かったぁぁぁ」


 日本最強の冒険者が士郎を助けてくれた。


 これで士郎の安全は確保されたようなものだ。そう思うと安心して、灯里は腰が抜けたようにへなへなと地面に尻をつける。


「次は私たちの番です。無事に帰還して、士郎さんを迎えてあげましょう」


「うん!」


 それから三人は、再び自動ドアを探した。


 モンスターとの戦闘に発展もしたが、士郎の無事を確認できた灯里は絶好調で、というか凄まじい気迫で、道を塞ぐなと言わんばかりにモンスターを屠っていった。島田の出番がないほど、神がかっていたのである。


 この時灯里自身は気付いていなかったが、楓と島田は灯里の変化に驚いていた。

 彼女の身体が、淡い桃色に輝いていたことに。


 それから自動ドアを見つけた三人は、現実世界に帰還し、ダンジョンライブを見ながら士郎の帰りを待ったのだった。

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