第61話 ダンジョンに住む者

 


「ジャア!」


「邪魔」


(凄い……)


 目の前に出現したアイアンマンティスの首を、鬱陶しそうに一太刀で斬り捨てる刹那。

 突然横から不意打ち気味に現れても全く動揺しないし、攻撃動作も淀みがない。それでいて、急所である首を狙っている。


 単純にレベル差もあるだろうけど、プレイヤースキルが高すぎる。


 刹那の後をついて歩き回っているうちに何度かモンスターと遭遇しているが、俺が何かをする前に瞬殺していた。それも魔術やアーツを一度も使わずにだ。


 側で見ていれば勉強になるかと思ったけど、次元が違い過ぎて勉強にならない。


 道中は会話をしていない。

 憧れの存在に対して緊張しているというのもそうだが、刹那はあまり会話をしたくない雰囲気だった。一度だけ話を振ってみたのだが「うん」の一言で終わってしまった。


 あまりしつこく話しかけても迷惑だと思ったので、口を閉じて黙々と刹那の後についていく。


 因みに、こうして直接会ってみても刹那が男性なのか女性なのか分からなかった。


 中性的な顔は整っていて、イケメンとも美女ともとれるし、声は割りと高いし、背は俺と同じくらいでスタイルもいいし。


 まじまじと見た訳ではないけど、胸の膨らみはなかった。まあ胸が小さい女性なんて普通にいるしな。


 だから頭の中でも彼とか彼女とか言えず刹那と呼んでいる。

 まさか本人に直接性別を聞くわけにもいかないしな。


「ついた」


「えっ?」


 刹那の足が急に止まる。

 ついたって……周りを見渡しても木々や草しかないんだけど。しいて言うなら壁とぶち当たったぐらいだ。こんな所が目的地だったのだろうか。


 困惑していると、刹那は壁の中に歩いていく。


「ええ!?」


 まさかの事態に仰天してしまった。今……壁を通り抜けたよな!?

 何がどうなっているんだ!?


 顎が外れそうなぐらい驚いていると、壁の中から刹那の顔がにゅっと出てきて「早くしろ」と告げてくる。


「う、うん」


 ゴクリと生唾を飲み込んで、俺は壁の中に足を踏み込んだ。


 すると、全く抵抗感なく入りこめてしまう。中は狭くて薄暗く、洞窟のような感じだ。刹那の後ろを恐る恐るついていくと、木製のドアが見えた。それも、アンティークでオシャレな感じのドアだ。


(こんなところにドア? それも自動ドアじゃなくて?)


 ダンジョンの中に自動ドア以外のドアがあるとは思わず驚いてしまう。

 そんな中、刹那がコンコンとドアをノックした。


「合言葉は?」

「帰っていいならそうするが」

「もうつれないな~別にいいじゃないか。少しは付き合ってくれよ〜」


 ドアが開き、中から一人の女性が現れる。


 膝まである長髪は、染めているのか黄緑色だ。背は俺達より高くも、スラっとした体形。顔は綺麗というかクール系で、系統的には楓さんに近い。ローブを羽織っており、魔術師が着るような恰好をしている。


「おや、お客さんかい? 珍しいね、刹那が誰かを連れてくるなんて」

「拾った」

「くくっ、拾ったって、猫じゃないんだから。どれどれ、変人に拾われた可哀想な猫ちゃんの顔をじっくり見せてくれ」

「えっと……」


 美女が覗き込むようにじっくりと見つめてくる。近い近い近い。そんな近づかなくても見えるだろ。


「う~ん、どこかで見た顔だな~」


 美女はうーむと顎を摩りながら考えると、ポンと手を叩いて口を開いた。


「そうだ思い出した! 絶賛大人気沸騰中のシロー君じゃないか!」


「…………へっ?」


「いやーまさかシロー君に会えるなんて思わなかったよ。なあ刹那、君も知ってたんだろ」


「さあな」


 この人、なんで俺のことを知っているんだろうか。もしかして俺のダンジョンライブを見たのか?初対面のはずだし、可能性としてはそれしかないんだけど。


「まあ立ち話もなんだし、入ってくれ。僕の自慢に家にさ」



 ◇◆◇



「シロー君はブラックでいいかい」


「はい、ありがとうございます」


「刹那はココアだね。それとお菓子も出してあげよう」


「サンクス」


 謎の美女に招待され、俺と刹那は部屋に入れてもらっていた。


 部屋はそこそこ広く、テレビがあれば冷蔵庫もあるし、タンスやソファーなんかもある。内装は洋風でオシャレだが小物が多くごちゃっとしていて、まるでジ〇リに出てくる部屋を想像した。


 ここは本当にダンジョンの中なのだろうか。そう錯覚してしまうほど、部屋の中は生活感で溢れていた。


 俺は今、ふかふかのソファーに座っていて、一人分開けて刹那も座っている。早速出してもらったお菓子をもぎゅもぎゅ食べていた。なんか小動物みたいで可愛い。


 対面には、洋風でふかふかの回転式座椅子に美女が座っている。

 彼女は高そうなカップを口につけコーヒーを飲んだ後、カチャリとテーブルに置いて口を開いた。


「自己紹介がまだだったね。僕は御門みかど亜里沙ありさだ。御覧の通り、ここに住んでいる」


「許斐士郎です。あの……御門さんは人間ですよね?」


「ぷっあはははは! なんだねその質問は。僕がモンスターにでも見えるのかい?」


「いえ、あの、すいません。まさかダンジョンに住んでるとは思わなくて、もしかしてダンジョンの世界の人なのかも……とか思ってしまいました」


「くくく……そうかそうか、そういう見方もあるのか。確かに、シロー君から見たらダンジョンの中に家を作ってそこに住んでる人間がいるとは考えつかないかもね。だが残念ながら僕はモンスターではないし、異世界人でもない。れっきとした日本人だよ」


 そうだよな。余りにも現実味がなくて、変なことを口走ってしまった。


 それだけおかしいのだ。モンスターが蔓延るダンジョンで、こんな部屋まで作って住んでいることが。

 俺の考えていることを察したのか、御門さんは説明してくれる。


「僕のようにダンジョンに住みつくような変人は、数は少ないがいないことはないよ。道具は全て現実世界で揃えられるしね。ここはいいよ、静かで落ちつける秘密基地みたいで。しかもネットまで繋がってるんだから最高だよね」


「モンスターに襲われたりしないんですか?」


「壁の近くに結界石を置いてあるからモンスターは寄り付かないのさ。二日分のストックは備えてあるし。一々取り替えるのは面倒だけどね。それに壁の外には幻惑魔術をかけているから、モンスターどころか人も気付くことは出来ないだろう」


 結界石を二日分持っていると聞いて驚く。凄いな……結界石って一つ買うのに百万円ぐらいするのに。それを四十八個は持っているってことだろ?


 それにあの通り抜けられた壁……あれも御門さんの仕業だったのか。確かに刹那が言わなければ気付くこともなかったしな。


 なんだかこの数分だけでダンジョンの常識が覆されている気がする。


「まあ、それが出来るのもレベルがあってのことなんだけどね。因みに僕のレベルは70だ。密林ステージのモンスター程度ならば片手間で倒せるよ」


「な、70!?」


「くく、とてもいい反応をありがとう。レベルを自慢している奴等を馬鹿にしていたけど、優越感を得られるのもそれほど悪くないな」


「くだらない。ほら、取ってきてやったぞ」


「おお! ありがとう、これを待っていたんだよ!」


 突然刹那が収納空間からいくつもの葉っぱを取り出すと、御門さんは目を星にして喜ぶ。

 なんだろう……と疑問を抱いていると、説明してくれた。


「僕のジョブは薬剤師でね、色々な薬を作っているんだ。ポーションや毒や麻痺を回復させる回復薬から、攻撃力や耐久力といったステータスを増加させる薬までね。それで、刹那に協力してもらって他の階層から特定の薬草を摘んできてもらっているのさ。僕はあまりこの部屋から出たくないからね」


「見返りは貰うけどな」


「勿論分かってるよ。ご所望の薬もバッチリできている」


 そう言うと、御門さんは収納空間から十本ほどの瓶を取り出し、テーブルに置く。

 刹那は全てを目に通したあと、瓶を収納空間にしまった。


「そんなものに頼らず、さっさとパーティーを作ればいいのに」


「余計なお世話だ」


「あの……なんの話ですか?」


「こいつ、アルバトロスに先を越されたから焦ってるんだ。今までずっと自分が一番だったからね。なのにパーティーを作らずソロで拘ってるんだから面白いだろ?」


 楽しそうに笑う御門さん。

 そっか……そういえば刹那はまだ四十九階層で止まっていて、五十階層を踏破していなかったんだ。


 アルバトロスはGW最終日に階層主を倒したから、初めて刹那が攻略階層を抜かされたことになる。


「オレのことに口出しするな」


「シャイなんだから。僕が一時的にパーティーを組んでもいいって言っているのに断るし。まあその拘りが君の良いところでもあるんだけどね」


 気軽に会話をする二人を見て、絆のようなものを感じた。

 あの刹那がこんな風に誰かと関わってることが珍しくて驚いてしまう。


「僕らの話ばかりですまないね」


「いえ、そんなことは……聞いているだけでも楽しいですし」


「僕は君にも興味深々なんだけどね。噂のシロー君」


「噂……ですか?」


 御門さんは「ああそうだよ」と笑顔で頷いて、


「謎の十層ステージに、喋る隻眼のオーガ。世界中にあるダンジョンタワーでも初めての出来事で、多くの冒険者やダンジョンファンが気になっているよ。あの階層はなんだ!? 喋るモンスターはなんなんだ!? ってね」


 結構噂になっていることは知っていたけど、そこまで大事になっているとは思わなかった。


 まあそりゃそうだよな。ギルドにも根掘り葉掘り聞かれたし。ダンジョンが出現してからの三年間を振り返っても初めてのことだったんだから。


「それの話も聞きたいけど、まあ動画以上のことは本人だって分からないだろーしね。それより僕は、シロー君の方が気になるかな」


「俺……ですか?」


「ああそうさ。隻眼のオーガとの戦いで、一度は絶望に打ちのめされただろう。だけど君は、橙色の光を放ち復活した。それだけではなく、攻撃力や速度といったステータスも上昇している様に見えた。様々な冒険者とスキルを見てきた僕だけど、あんな力は今まで見たことがない。あれは一体なんなんだろうね」


 じっと、御門さんが俺を見つめてくる。全てを見透かされそうで、何故か恐怖を抱いてしまった。何も言えないでいると、刹那が不意に「おい」と言って、


「ステータスの詮索はタブーだろ。“勝手に見ようとするな”」


「おっとすまない。僕は知りたがりなところがあってね。悪気はなかったんだ、許しておくれ」


「いえ、大丈夫ですから」


「用は済んだ。もう行く」


 そう告げると、刹那はソファーから立ち上がる。なので俺も席を立った。


「もう行くのかい? もう少しお喋りをしたかったが、仕方ないね。シロー君、失礼をしたお詫びにこれを授けよう」


「えっ、いいんですか?」


 御門さんが収納空間から出した数本の瓶を譲り受ける。どれも高そうだった。


「ありがとうございます」


「気にしなくていい。それになんとなくだが、君とは今後も付き合いがありそうだからね。先行投資と考えてくれればいいさ」


「は……はぁ」


「君のパーティーのタンクは【鑑定】を持っているね。ポーションの効果は彼女に調べてもらうといい」


「分かりました」


 ドアを出てから、御門さんにお礼を言う。


「お世話になりました」


「そんな大したおもてなしはできなかったよ。今度は高級のお菓子を揃えて待ってるからね。それとシロー君。僕の一番のファンは刹那だけど、二番目は君なんだ」


「えっ……俺ですか」


「そうともさ。君のダンジョンライブはいつも見ているよ。頑張りたまえ、応援している」


「ありがとうございます」


 最後に頭を下げて、俺と刹那は御門さんの家を後にした。

 まあ刹那はとっくのとうに外に行ってしまっていたけどね。

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