第60話 神木刹那
神木刹那は最初から凄かった。
一般人に開放された日にたった一人でダンジョンに訪れると、ステータスを確認する前に何十体ものスライムと素手で戦い、屠っていった。
普通の冒険者だったなら、ステータスを確認して【炎魔術】を取得してからスライムと戦うだろう。
実際、当時の冒険者のほとんどがその方法を取っていた。一般人に公開される前からスライムに有効な方法はネットでも調べられたので、安全にスライムと戦うならそれが一番だったからだ。
特にスライムには多くの自衛隊が殺されまくり、無残な死に方が動画にアップされていたから、あんな死に方はしたくないと最大限に警戒して戦っていた。
にもかかわらず、刹那はスキルも取らず素手で戦っていたのだ。それも、無邪気な子供のように心底楽しそうに笑って。
刹那は日が暮れるまで、飽きることなくスライム狩りをしていた。
次の日には、姿がガラリと変わっていた。
フードつきの黒マントを羽織り、腰には二本の剣を背中に背負っていた。恐らく最初からレアジョブかユニークスキルを取得していたのだろう。刹那は二本の剣を自在に操り、スライムにウルフを殺し、次の日には三層まで攻略していた。
刹那の進撃はどのモンスターも止めることはできなかった。
どんなにモンスターに囲まれても、ミノタウロスと遭遇しても、階層主のオーガでさえ彼には為す術もなく倒されてしまう。
それも、信じられないことに刹那はたった一人で攻略しているのだ。
誰一人としてパーティーを組まず、完全に
どれだけレアジョブやユニークスキルを持っていたって、一人でダンジョンを攻略するのは不可能なのだ。
日本最強パーティーのアルバトロスや、三人全員がユニークスキル持ちのD・Aでさえ一人で攻略するのは不可能だろう。
実際に冒険者になって探索してみればそれがよく分かる。ダンジョンはモンスターも多いし環境も厳しく、仲間の力なくしては攻略できない。やろうと思ってできるほど甘くはないのだ。
だがそんなものは関係ないと言わんばかりに、刹那はソロに拘った。
あれだけ強いんだ、色々なパーティーから誘いがあっただろう。だけど刹那は全ての誘いを断り、今もソロを貫いている。
時にはパーティーを組んで探索したりしたこともあったが、それは仲の良い冒険者との遊び的なもので、あくまでも一時的なものだ。
刹那は強かった。
誰よりもダンジョンの先をいき、新しい景色と冒険を俺達に見せてくれる。だから自然と多くの人が刹那を好きになり、夢中になった。恐らく冒険者の中で一番ファンが多いのは刹那で間違いない。
たった一人でダンジョンを攻略し、二刀流を駆使して戦う刹那はいつしかこう呼ばれるようになる。
日本最強の冒険者と。
◇◆◇
「生きてるか?」
「せ……刹那?」
ダンジョン十二階層を探索中に宝箱を見つけ、開けた瞬間にトラップの転移が発動し、俺は上の階層に飛ばされてしまった。
そこでアナコンデスやカメンライド、ジャイアントスパイダーに囲まれ滅多打ちに合い、今にも殺されそうな絶体絶命を救ってくれた冒険者は、神木刹那だった。
(間違いない……刹那だ)
外見を見て確信する。俺は刹那のファンだから、見間違えるはずがない。この冒険者は絶対に神木刹那だ。
ボーっとしている俺を怪訝そうな顔で見つめる刹那は、再び問いかけてくる。
「立てるか?」
「た、立てない……指が一本も動かない」
三体のモンスターにボコられた俺は、立つどころかどこの部位も動かせなかった。さらに腕も折れていて、激痛が襲ってくる。気を張ってないと今にも気絶しそうだった。
そう答えると、刹那は「そうか」とマントの中をゴソゴソしてポーションを取り出す。
「口を開けろ」
「え……」
「早く」
「んあ」
命令されたので口を大きく開けると、刹那は高いところからポーションをチョロチョロと落としてくる。真っすぐに落ちてくる液体が、俺の口に注がれていく。
(ありがたいんだけど……これどんなプレイだよ)
心の中で突っ込んでしまう。
もう少し優しい飲ませ方はなかったんだろうか。飲み口を口までもってきてくれるとかさ。
そんな花に水を注ぐようなやり方で飲まそうとしなくたっていいじゃないか。
刹那は動画でも結構な奇行をしていて、ネットでは不思議ちゃんとか言われてるけど、その通りかもしれない。
「ごほっごほっ……」
「どうだ?」
「うん……身体も動くし、痛みもなくなった。ありがとうございます」
飲ませ方はアレだが、ポーションの効果はしっかり効いたみたいで、死に体だった身体は元通りの状態まで回復した。改めてお礼を告げるが、刹那は「大したことない」と言って顔を背けてしまう。
ネットの情報通りコミュ障気味なのかもしれない。
「お前、一人か?」
「はい。十二階層を探索してたんですけど、宝箱のトラップにかかってしまってどこかの階層に飛ばされてしまったんです。あの……ここって何階層なんでしょうか?」
「罠転移か……ここは十九層だ」
「十九!?」
告げられた階層に驚愕し、大声を出してしまう。
十九階層って……随分上の階層に飛ばされてしまったんだな。そりゃモンスターも強いわけだよ。
というか、これからどうしよう。自動ドアを見つけなければならないのだが、自動ドアを見つけるまでモンスターに殺されない自信が無いんだよなぁ。
途方に暮れていると、刹那が口を開いた。
「ついてこい。自動ドアを見つけるまでいてやる」
「え……いいんですか?」
まさか刹那からそんな提案をしてくれるなんて思ってもおらずキョトンとしてしまう。アホ面を晒している俺に、刹那は踵を返してこう言ってきた。
「ああ。ただ、オレも自分の用事がある。それでもいいなら」
「全然構いません!よろしくお願いします!」
「敬語はやめろ。身体がむずかゆくなる」
「わかり……わかった」
タメ口で頷くと、刹那は歩きだし、俺は後をついていく。
(すごい……あの刹那と喋ってる……一緒にいる!)
憧れの対象がすぐ目の前にいる俺は今、アイドルを前にするドルオタのように興奮していたのだった。
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