第59話 罠転移と窮地
「うっ……」
混濁していた意識が徐々に治り、ゆるやかに覚醒していく。
ぱちりと目を開くと、真っ先に目に映ったのは鬱蒼とした茂みだった。手足に力を入れて立ち上がり、全体を動かして怪我がないかを確認する。
うん……身体はなんともないようだな。
「ここは……どこだろう」
周りの風景を眺めながら、独りごちる。
視界に映るのは木や草で、光に包まれる前と景色はそこまで変わっていなかった。という事は、密林ステージのどこかにいるのだろう。
「あれって……どう考えてもトラップだよな」
宝箱を開けた瞬間に箱が光って、気付けば知らない場所に飛ばされている。
ダンジョンライブでは一度も見たことがなかったけど、ネットで手に入れた情報ではこの現象に覚えがあった。多分これは、トラップによる階層転移だろう。
トラップにかかった人物は、そこの階層から違った階層に強制転移してしまうのだ。
「みんなは無事かな……俺みたいに転移されたのかな」
あの時咄嗟に灯里のことを突き飛ばしたけど、意味があったのかは分からない。もしかしたら俺と同じようにどこかの階層に飛ばされてしまっているかもしれない。
とりあえず連絡してみるか。
「こういう時、電波が通ってて助かるよなぁ」
ダンジョンの中は、何故か現実世界の電波が届いている。なので連絡もできるし、ネットを見ることさえできるのだ。
普段は離れることなんてないしネットを見たりもしないので、探索中に携帯を使ったことなんてほとんどない。
だけどこういういざという時に使うため、収納スキルの中には携帯がしまってあった。
早速収納スキルを発動し、異空間からスマホが入っているリュックを取り出そうとした時だった。
――気配察知が、俺に危険を知らせてくる。
「――!?」
「シュルルルルルル」
「アナコンデス……」
振り返ると、眼前に大型の蛇が現れる。
胴体が直径一メートルはあるだろう巨大蛇は、動画で見るよりも迫力があった。アナコンデスは十六層以上から出現するモンスターだ。ということは、逆算すると俺が今いる場所は十六層以上の階層という事が分かる。
(って冷静に分析してる場合じゃないだろ!早く逃げなきゃ!)
アナコンデスは強敵モンスターで、鋭い毒の牙もそうだがパワーも強く一度捕まったら脱出できず絞め殺されてしまう。パーティーならギリギリ倒せたかもしれないが、俺しかいないこの状況で戦うのは無謀過ぎる。
そう瞬時に判断した俺は、アナコンデスに背中を向けて逃走した。
「シャアアアア!」
「そりゃあ追っかけてくるよなーー!!」
逃げる俺を追いかけてくるアナコンデス。大きな身体の癖に移動速度は速く、一向に距離が広がらない。まあ俺の場合は障害物が多くて走りづらいのに対して、奴はホームテリトリーだから仕方ない部分もあるだろう。
このままではいずれ追いつかれてしまう。
ならばと、俺は手の平をアナコンデスに向けて呪文を唱える。
「ギガフレイム!」
「シャ!?」
放たれた豪火球がアナコンデスの頭に着弾する。
よし!と心の中でガッツポーズしながら足をとどめず走り抜いた。
火事になる恐れもあったけど、自分が生き抜くために仕方なく放った。幸い直撃したことで、火は燃え移っていない。
ギガフレイムが案外効いたのか、アナコンデスが追ってくる気配はなかった。
(撒いたか!?)
危機を脱したからだろうか。横からの強襲に反応できず頭を強打され吹っ飛ばされてしまう。
「あがっ!」
地面に転がる俺は、ぶたれた頭を摩りながら周囲を探る。だがそれらしきモンスターの影が見当たらない。
(なんだ、俺は何に攻撃されたんだ!?)
全然見つからず混乱していると、また背中を強打される。
痛みを我慢してすぐに振り向くと、木の上にカメレオンらしき生物がいた。あのモンスターは多分カメンライドだろう。トレントと同じ【擬態】スキルを所有している厄介なモンスターだ。
攻撃力はそれほど高くないけど、だからといってダメージが低い訳ではない。何発も喰らっていたらHPが0になって死んでしまう。
「くそ!」
悪態を吐きながら、ふらつく身体に鞭を打って駆けだす。カメンライド一体ならば俺でも勝てるかもしれない。だけど戦っている途中に他のモンスターが参戦してきたら流石に詰んでしまう。
雑草を掻き分けひたすら逃げる。
「くそ、全然見つからない!!」
逃げている最中に自動ドアを探しているのだが全く見つからない。最悪でも上下の階段があれば逃げ込めるのだが、それすらもどこにもなかった。
じわじわと死の恐怖が心を蝕む。
今まで俺は、一人でダンジョンを探索するという事がなかった。側にはいつも灯里がいたし、楓さんや島田さんがいた。
独りでいることが、こんなに孤独を感じるとは思ってもみなかった。ただただ不安が押し寄せてくる。
そう思うと、ソロの冒険者って凄い度胸だなと場違いな考えが浮かんでしまった。
「はぁ――はぁ――」
ひたすらに走り続け、息も絶え絶えになる頃。
突然俺の足が何かに引っかかって勢いよく転んでしまう。
「あだっ!な……なんだよ!?」
怒声を上げながら足を見ると、白い糸のようなものが右足に引っ付いていた。
それを見た瞬間、背筋に悪寒が走る。
俺の予想が正しければ、この糸はあのモンスターが出したに違いない。その予想を裏付けるかのように、真上から液体が垂れてきた。真っ青な顔で見上げると、そこには大きな蜘蛛がいた。
「う、うわああああああああああ!?」
情けない悲鳴を上げてしまう。
だって仕方ないじゃないか。人よりも大きいサイズの蜘蛛がすぐ目の前にいるのだから。大きな蜘蛛の巣の中心にいる大蜘蛛の名前はジャイアントスパイダー。蜘蛛の糸で人間を捕らえ、鋭い牙で貪り尽くすグロテスクなモンスターだ。
六つの赤目が、怪し気に俺を見つめている。その視線を受けている俺は、もう既に泣きそうになっていた。
だって仕方ないじゃないか、すんごい気持ち悪いんだよ!
「ギギギ」
「くそ、取れない!?」
足に引っ付いている糸を剥がそうとしても中々取れなかった。そうしている間にも、ジャイアントスパイダーがこちらに近づいてくる。
「シャアアアア!!」
「ギョギョ」
(アナコンデスにカメンライド!?追いつかれたのか!?)
ジャイアントスパイダーに気を取られていたら、撒いてきた筈のモンスターが現れる。
違う個体かとも思ったが、アナコンデスの鱗が少し焼けているため、俺とあった個体で間違いないだろう。
(最悪だ!)
三体のモンスターに囲まれ、尚且つ俺は負傷しているし足が糸で絡まれているという最悪な状況。正直に言えば、この状況からはどうやったって勝てはしないだろう。死亡確定と断言していい。
だけど――
(ただで死んでやるか!)
死ぬその時まで抵抗してやる。大人しく殺されてやるものか。
そう覚悟した俺は、真上にいるジャイアントスパイダーにギガフレイムを放つ。豪火球が直撃した大蜘蛛は不気味な悲鳴を上げた。
火系の攻撃は森を焼くかもしれないが、何もしなくてもどうせ死ぬんだ。だったらお前ら全員道連れにしてやる。
そう思ってもう一発放とうとした瞬間、大蛇の尻尾が鞭のように波打ち俺の身体を薙ぎ払った。
「おごっ」
腹から無理矢理空気を吐き出させられながら、尻尾に払われて吹っ飛ばされる。
めちゃくちゃ痛い。骨がいっぱい折れた気がする。
やばい、もう立ち上がる体力も気力も残ってない。ならせめてと、右手をアナコンデスに向けるが――、
「ギョエー」
「あああああああ!!」
カメンライドの長い舌が俺の腕を叩きつけ、ボキリと骨が折れてしまう。その痛みに耐えれず絶叫を上げた。
「ギギ」
「シャアアアア」
「ギョギョギョ」
三匹のモンスターがじりじりと死に体の俺に近づいてくる。
これから俺は、このモンスター達に身体を貪られるんだろうなーと悲惨な末路を想像しただけで吐きそうになった。
モンスターに喰われて死ぬ。冒険者が引退する理由のトップ3に入る死に方だ。その恐怖と苦痛は直接味わった冒険者にしか分からない。
俺はそのトラウマに耐えられるだろうか。
そんなことを考えせめて目を瞑っていると、中々モンスターが襲ってこない。気になって目を開けたら、一人の冒険者が俺を守るように立っていた。
(だ、誰だ……?)
誰か知らないけど、その冒険者は俺を追い詰めた三体のモンスターを瞬殺してしまう。
文字通り瞬殺だ。この目で見ていたが、何が起きたのか全く分からない。気付いたらモンスターの身体が全て小間切れにされ、ポリゴンとなって消滅した。
信じられない強さを見せた冒険者は、翻って俺の方に歩いてくる。
「生きてるか?」
フードに隠れた顔が見えた俺の口は勝手に動いていた。
「せ……刹那?」
俺を助けてくれた冒険者は、日本最強の冒険者と謳われている神木刹那だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます