第63話 士郎VS神木刹那



 御門さんの家――家と言っていいのか分からないけど――を後にした俺たちは、自動ドアを探し続けた。


 その間はモンスターと遭遇し戦闘にも発展したが、俺が戦うまでもなく刹那が瞬殺してしまっていた。


 出発して一時間ほど経ったぐらいだろうか。俺達はついに自動ドアを発見する。

 俺は刹那に振り返り、頭を下げてお礼を告げる。


「ありがとう。助けてくれたこともそうだけど、自動ドアまで送ってくれて。刹那がいなかったら俺は死んでいた」


「別に……ただの気まぐれだ」


「それでも嬉しいよ、本当にありがとう。じゃあ、俺はもう行くから。いつかきっと今回のお礼をするよ」


 そう言って、俺は踵を返す。自動ドアに入ろうとした瞬間、背後から強烈な殺意が飛んできて、俺は咄嗟に横へ飛んだ。


「……えっ?」


 はらりと髪が舞う。地面に尻もちをつく俺は、刹那を見て絶句する。


 刹那は何故か、漆黒の長剣を持っていた。


(襲われ……たのか?)


 頭がパニックになって思考が追いつかない。

 飛ばされた殺気。握られている長剣。舞い散った髪の毛。それで導き出される答えは、“刹那が俺を襲った”ということだった。


 そんな……信じられない。何で刹那が俺を襲うんだ……!?


 混乱していると、冷たい目で俺を見下ろす刹那が静かに口を開いた。


「礼をするというなら、今してもらう」


「何を……言って……」


「立て、剣を構えろ。オレの相手をしろ」


 戦えってことか?

 何故刹那は突然そんなことを言うのかは分からないが、俺の返事は決まっていた。


「断る。俺なんかが貴方の相手になるわけもないし、そもそも冒険者同士の戦いは禁じられてるはずだ」


「何を言っている。オレは別に戦いをするわけじゃない。これは単なる遊びだ」


「遊び……? 何を考えてるか知らないけど、そんなことで俺は人に剣を向けたくない」


 断固として断ると、刹那は「そうか」と言って突然斬りかかってくる。


「――っ!?」


「剣を構えろ。本当に死ぬぞ」


「……本気なのか?」


 そう問うと、刹那はこくりと頷いた。


 このままダッシュして自動ドアに駆け込んでもいいけど、多分俺なんかの足じゃ辿り着く前に邪魔をされてしまうだろう。


 なんで刹那が俺なんかと戦いたいのか皆目見当もつかないけど、ここは言う通りにした方がよさそうだ。


「分かった」


 そう言って、俺は剣を構える。それがいけなかったのだろう。明確に対峙した瞬間、刹那の身体から溢れている強烈なプレッシャーが襲い掛かってくる。


 なんだこれ……身体が重い、呼吸もしづらい。まるでゴブリンキングや隻眼のオーガと戦った時のような恐怖だ。


 それだけ、俺が刹那という存在に恐怖を抱いているってのか!?


「こないのか? ならオレからいくぞ」


「――くっ!」


 痺れを切らした刹那が踏み込んでくる。一秒にも満たない時間で肉薄してくると、長剣を振るってくる。なんとか反応した俺はギリギリ剣を割り込ませ、攻撃を受け止めた。


 速い!! 俺が今まで戦ってきたどのモンスターよりも攻撃速度が速かった。


「オレの初撃を防ぐか。やはりいい目をしている」


「くっそ……」


「ほら、反撃してみろよ」


 そう言って、刹那は連続で斬撃を放ってくる。俺は剣で受け止めるのが精一杯で、反撃をさせてもらえない。


 剣をかち上げられ、正面ががら空きになってしまう。そこへ刹那が強烈な蹴りを放ってきた。


「おごっ!」


 身体がくの字になりながら吹っ飛ばされ、地面を転がる。ゴホゴホと咳をして空気を取り込んでいる俺に、刹那は失望交じりの言葉を投げてきた。


「どうした、そんなものか」


「ごほっ……そんなものかって……当たり前だろ。俺と貴方じゃレベルが違い過ぎる」


「それは違うな。オレは今手加減をしている。レベルで言うとそうだな、10前後ぐらいか」


「なっ!?」


 10前後!? これで!?


 告げられた内容に驚愕する。刹那が言っていることが定かであるかは分からない。


 ただはっきりしているのは、刹那は間違いなく手加減しているってことだ。だって、刹那が本気を出しているなら俺はとっくのとうに死んでいる。


「さあ立て、お前の力はこんなものじゃないはずだ」


「俺の何を知ってるっていうんだ……」


「何も知らない。ただ、お前はオレと同じ力を持っているはずだ」


「同じ力……?」


「ミノタウロス、隻眼のオーガと戦った時のお前を、オレに見せてみろ」


 そう言って、刹那が再び仕掛けてくる。

 応戦するも、やはり防戦一方で反撃できない。刹那の速くて正確な攻撃に対応できないのだ。


 その間にも、俺の身体には斬り傷が生まれていく。多分この傷も手加減だ。傷の数だけ、俺は殺されているという意味。


 くそっ、何でこんなことになってんだよ!?

 憧れの刹那に助けてもらって、やっと帰れると思ったところでこんな仕打ちか。これまでの楽しい気分が台無しじゃないか!!


「集中しろ。俺を倒すことだけを考えろ」


「はぁ……はぁ……」


「できないか。ならこういうのはどうだ? お前がオレに一太刀も届かせられなかったら、お前のパーティーを全員斬り殺してやる」


「――っ!!」


 そう言われた瞬間、俺の中にある理性がぶっ壊れ、鼻先に迫った刹那の剣を弾いた。


「やればできるじゃないか」


 口元を綻ばせる刹那。

 この人が何で俺を怒らせてまで戦おうとしたいのか分からないけど、そんなに戦いたいなら本気で戦ってやるよ。


 どうせ俺のステータスじゃ全力を出したってまともなダメージを与えることなんてできないんだ。それなら思う存分やってやる。


 集中しろ。戦い方を考えろ。奴の一挙手一投足を見逃すな。

 俺は左手を翳し、呪文を唱える。


「ギガフレイム」


「そうだ、本気で殺しにこい」


 剣の勝負でいきなり魔術をぶっ放した俺を非難するわけでもなく、刹那が嬉しそうに喋りながら豪火球を避ける。その避けた場所に俺は接近していて、剣を振り下ろした。


「パワースラッシュ」


「魔術を壁にして身体を隠し、オレが避ける位置まで予想していたのか。いいぞ、エンジンがかかってきたじゃないか」


「はあああああ!!」


 気合の砲声を上げ、余裕をかましている刹那に畳み掛ける。


 だが刹那は全て躱し、受け流し、反撃してくる。だが俺もさっきまでの俺じゃない。攻撃を受け止めるのではなく、紙一重で回避する。


(左)


 左を狙った斬撃を左腕に装着しているバックラーで受け止める。がら空きの右側に剣を振るうと、刹那は身体を屈ませて、剣が空を斬った。


 屈んだ体勢から顎を目掛けての蹴り上げを、身体を後ろに倒しながら逸らすことでギリギリ躱す。


「ギガフレイム」


「――!?」


 体勢が崩れている間に突っ込もうとしている刹那に豪火炎を放つ。だが咄嗟に回避していたのか、距離を取っている刹那の身体は無傷だった。


(分かる)


 刹那の考えていること、やろうとしていることが手に取るように分かる。さらには、刹那の行動に対して俺がしなくてはならない選択も、瞬時に頭に浮かび上がってくる。いや、考えている時にはもう身体が勝手に動き出していた。


 余計な音と映像が遮断され、視界には刹那の姿しか映っていない。

 ミノタウロスや隻眼のオーガと戦った時と同じ、集中力が極限まで高められていた。


「思っていた通りだ。お前もオレと同じ力を持っているみたいだな」


「ふぅ……ふぅ……」


「悪いが、オレの練習相手になってくれ」


 そう言って、刹那は再び俺に突っ込んでくる。左手を向け、豪火球を放った。だけど左右から刹那の姿は見えない。


 困惑していると、俺は咄嗟に空を見上げる。そこには刹那の姿があり、剣を振りかざしている状態だった。


「ふっ!」


「ぐっ!?」


 剣で防御するが、勢いが増しているから威力が高く押し負けてしまう。


 こいつ、俺が放ったギガフレイムを逆に利用して姿を隠していたのか!!


 追い打ちをかけてくる刹那。俺も反撃するが、対応が追いつかない。


「ハハッ!」


「く……」


 鍔迫り合いになり、目の前の刹那と視線が交差する。刹那は心底楽しそうな顔をしている。


 長剣を持つ側の右肩が動く。斬撃がくると予想してバックラーで受け止めようとするが、刹那は左足によるローキックを繰り出してきた。


(ぐっ、フェイントか!?)


「これはどうだ」


「まだだ!」


 右足を崩されふらつく俺の顔面に刺突を繰り出してくる。身体を強引にねじり捻って、頬を裂かれながらも躱すと、今度は俺が剣を突き出し刹那の顔面にカウンターを狙った。


 しかし、刹那も首を傾けることで躱されてしまった。背中から地面に寝転がる俺の鼻先に、剣を突き付けられる。


「はぁ……はぁ……」


「……」


 負けた。ぐうの音も出ないほどの完敗。


 集中力も途切れ、これ以上戦うのは無理だ。

 くそ……あれだけ全力を出したのにもかかわらず、結局一撃も与えられなかった!


 悔しがる俺に、刹那は剣を引くと、こう言ってくる。


「オレの負けだ」


「……へ?」


 いきなり敗北宣言をされてしまい、変な声が出てしまった。


 俺の負け? 誰がどう見ても刹那の勝ちだと思うんだけど。


 困惑している俺に、刹那は自分の左頬を見せてきて、こう告げてくる。


「少しかすってるだろ? オレに一撃を与えたんだ、お前の勝ちだよ」


「えーっと、それだけで?」


「最初に言っただろ? 一撃与えたらお前の勝ちだって」


 そう言って、刹那はふと右手を差し出してくる。その手を掴んで、俺も起き上がった。


(意外と小さい手だったな……てか俺、刹那と握手しちゃった)


 憧れの存在と手を握れたことで感激していると、刹那は突然謝ってくる。


「悪かったな。付き合ってもらって」


「うん……最初は驚いたけど、途中からは俺も本気で殺しにいっちゃったというか……反省してる」


「気にするな。本気を出させたのはオレだからな。それに、お前のお蔭で調子が最高になった。今ならアイツにも勝てる。ありがとな」


「何がなんだか分からないけど、俺なんかが役に立ったのなら良かったよ。今度こそ帰らせてもらうけど、いいかな」


「ああ、もう襲ったりしないから安心しろ」


 許可を貰ったので、俺は再び礼を告げて自動ドアに向かう。そんな俺に、刹那が最後にこう言ってきた。


「シロー、オレと戦った時の感覚を忘れるな。そうすれば、お前はもっと強くなれる」


「うん、ありがとう」


 助言をしてくれた刹那に感謝の言葉を送って、俺は自動ドアをくぐり抜けた。


 あれ今……俺のことシローって言わなかったか?

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