第57話 士郎への評価
「なぁ許斐、お前も飯食いに行かないか」
「えっ……俺?」
カタカタとデスクワークをしていると、突然同僚から昼飯に誘われる。
そんなことは入社した頃以来だったので、瞼をぱちくりしながら自分に指をさすと、同僚は「お前以外に許斐はいないだろう」と呆れられてしまう。本当に俺を誘っているようだ。
「ごめん、今日は弁当だから」
「そっか。んじゃあまた今度な」
「う、うん」
申し訳なく断ると、同僚は他の社員とオフィスから出て行った。
それにしても、まさか同僚から飯を誘われるとは思わなかったなぁ。彼含めこの部署にいる社員は俺のことを馬鹿にしていた部類だったし。
ていうか最近、社員によく声をかけられる。自分の部署だけではなく、他の部署の人からも声をかけられてしまうから戸惑いが大きかった。
まあその理由は、十中八九ダンジョン関係のことなんだけどね。
謎の十層、そして喋るオーガとの戦いは世界的に見ても初めてのことでネットは大盛り上だったし、Twitterのトレンドにも乗ったらしいし、なんならワイドショーでも紹介されたみたいだった。
しまいには俺と灯里のインタビュー映像も放送され、俺自身では余り実感ないのだけれど、世間では一躍時の人となっているらしい。
だからだろう。ここ最近になって声をかけられるようになったのは。
蔑んだ眼差しを送っていた同僚の陰口も消えたし、なんなら彼等に「お前最近変わったよな」と言われるようになった。
実感はないけど、確かに冒険者になる前――いや灯里と出会う前と今では、心の在り方は変わっていることが自分でも感じ取れる。性格とかまでは変わっていないと思うけど。
「いきなり人気者になったなー許斐君」
「あたっ……く、倉島さん」
考え事をしていたからだろうか。上司の倉島さんによるドッキリ背中叩きをもらってしまう。ねぇ、この人いつもよりちょっと強く叩かなかったか……。
身体を横に向けて見上げると、倉島さんはいつも通りの自信溢れる顔のまま口を開いた。
「動画見たよ、まさか君があんな風に戦っているとは思わなかった。会社にいる君とは別人のように勇ましかったよ」
「いえ、そんなことないですよ……」
「
「はい、頑張ります」
倉島さんの激励が嬉しくてそう返事をすると、何故か彼はニヤニヤしながら手の甲で口を隠しながら小声で問いかけてくる。
「で、君の本命は一体どっちなんだね?」
「っ!?……えっと、どういう意味でしょうか……」
「とぼけなくていい。星野さんも天真爛漫で可愛いし、五十嵐君はウチの社の販売部にいる娘だろう?彼女も入社当時から人気があったしな。うーん、どちらも捨てがたくて迷ってしまうだろう。んー?」
下卑た声音で聞いてくる倉島さん。
これがセクハラというやつだろうか。まさか入社四年目にして男性上司からセクハラされるとは思わなかった。
慌てて「そんなんじゃないですから!」と返すと、彼は「まあそういう事にしておこう」と言って、何故か書類を渡してくる。
「こ、これは?」
「幸せなところ申し訳ないが、これもやっておいてもらえるだろうか。あっ、今日中に頼むよ。まぁあんな恐ろしいモンスターを倒してしまう許斐君には余裕だろうと思うが」
(それとこれとは全く別の話しだろうが!)
そんな事は言えず心の中で叫びながら仕方なく書類を受け取る。
うわ、これ面倒なやつだ……。
書類の内容を確認しながらげんなりしている俺に、倉島さんは「頼んだよ」とぽんっと俺の背中を叩くとオフィスから出て行った。
「はぁ……飯行こ」
お腹も空いたことだし、灯里の手作り弁当を食べて切り替えようと、俺は食堂に向かったのだった。
◇◆◇
「人付き合いには気をつけた方がいいですよ。良い顔して近づいてくる人間は蝿のようにたかってきますから」
「そ、そうなの?」
食堂で楓さんと二人でご飯を食べていると、険しい表情で警告してくる。因みに彼女の昼飯はカレー定食だった。今も料理の勉強をしているが、まだ弁当を作れるほどではないらしい。
最近よく声をかけられるんだよねーと話題を振ったら、彼女がそう言ってきたのだ。
「冒険者は稼げますからね。それも、十一層に到達した専業冒険者の稼ぎは一般のサラリーマンよりもかなり高いです。だから金の匂いを嗅ぎつけてふらふらとやってくるのですよ。私もいつの間にか顔も見たことがない友達ができていました」
「うわぁ……」
宝くじを当てた人が急に知らない親戚から電話がかかってきたり昔の友人から連絡がきたりする現象を思い浮かべてドン引いてしまう。
「変な人に引っかからないことですね。特に士郎さん、綺麗な女性社員にチヤホヤされたからってホイホイついて行っちゃダメですよ」
「そ、そんなことしないよ!」
実際、喋ったこともない女性社員に声をかけられて連絡先を教えて欲しいとか言われたんだよね。全部断ったけど、かなりしつこかったというか粘り強かった気がする。
やっぱり彼女達は俺ではなくお金が目的だったのだろうか……そう思うとちょっと悲しくなってしまう。
「士郎さんには灯里さんもいるし、私もいるんですから」
「それ、自分で言っちゃうの?」
「はい。灯里さんの方がいつも一緒にいる分有利ですからね。いける時にいっとかないと差がついてしまいますから」
「格好いいなぁ」
ミノタウロス戦から、楓さんはダンジョン以外の所では遠慮がなくなっている。
薄々感じてはいたけど、どうやら彼女は俺に好意があるようだ。直接好きだと告白された訳ではないけど、全く隠しているわけではないので言っているようなものだろう。
正直彼女の考えに救われている。楓さんは美人だし内面も素敵な人だけど、彼女にしたいかと言ったら現時点ではノーと答えてしまう。
今はダンジョンで手一杯だし、灯里のこともあるし、楓さんでなくても誰かと付き合うとかは今のところ考えていない。彼女もそれを察しているから、直接告白してこないのだろう。彼女の優しさを有難く思う。
「色々攻めさせてもらうので、よろしくお願いしますね」
「ははは、お手柔らかにお願いします」
眼鏡をくいっと上げながらキメ顔で言ってくる楓さんに、俺は頭をポリポリとかきながら答えたのだった。
◇◆◇
「ただいまぁ」
「お帰りなさい、今日は遅かったですね」
「ちょっと仕事が立て込んでたからね。ご飯は食べた?」
「んーん、食べてないです。士郎さんと一緒に食べたかったし。すぐにご飯の用意するね」
「ありがとう」
残業を終えて我が家に帰宅すると、灯里が出迎えてくれる。彼女の顔を見た瞬間、仕事の疲れが一瞬で吹き飛んだ気がした。
家に上がり、鞄から弁当箱を取り出して台所の流し台に出してさっと水を注いでおく。
「ありがとう。今日も美味しかったよ」
「本当ですか!?今日のお弁当はちょっと自信あったんです!」
味を褒めると、灯里は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
灯里は料理を褒めると良い笑顔を浮かべてくれるから、それが見たくて毎回お礼を告げているんだよな。まあ実際に凄く美味しいし。
スーツを脱いでゆったりとした部屋着に着替えて灯里と一緒にご飯を食べる。
食事中の会話は、ほとんどが今日あったことやダンジョンの情報とかだ。完食してお風呂に行こうとすると、灯里が呼び止めてくる。
「士郎さん疲れてるだろうし、お背中流しましょうか?」
「だ、大丈夫だからやめてくれ!いいか、いきなり入ってこないでくれよ!」
「はーい」
ペロっと舌を出す灯里に釘を刺しておく。
灯里がいつ入ってきてもいいようにお風呂の中で身構えていたのは、俺だけの秘密だった。
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