第53話 勇気

 



「来ます!」


「オオオオオオオオオオオッ!!」


 隻眼のオーガは雄叫びを上げると、ドッドッドッドと猛進してくる。

 あのスピードでは避けられないだろうと判断し、俺はギガフレイムを放つ。豪火球はオーガに着弾するが、かまわず火炎を突っきってきた。


 肩からの体当たりを大盾で受け止めるが、凄まじい衝撃に楓さんの足がザザザザザと地面を引きずりながら後退させられてしまう。

 苦悶の表情を浮かべている彼女を横目に、側面から斬撃を繰り出す。


「パワースラッシュ!」


「フン!」


「――なっ!?」


 振り下ろした豪剣が、左腕一本だけで受け止められてしまう。肌も切れて血は出ているが、固い筋肉は斬れていない。パワースラッシュでもこれだけしかダメージを与えられないのか。やはり急所に攻撃しないとダメだ。


 剣を戻して後退しようとするが、オーガは踏み込んで拳を弓引く。

 しまったと焦るが、楓さんが大盾で突っ込んで阻止しようとする。その瞬間、オーガは攻撃モーションを中止して楓さんの突撃を回避した。


(フェイント!?嘘だろ!?)


「ガアア!」


「あがっ!?」


 無防備な背中を晒している楓さんに正拳を叩き込む。彼女の身体は逆くの字になって吹っ飛ぶが、オーガはすぐに追いかける。そして、這い蹲りながら立ち上がろうとする楓さんの身体をおもいっきり蹴っ飛ばした。


「っ…………」


「楓さん!」


 地面に転がる楓さんは、意識を失ったかのように身体をだらんとさせた。


 全然動かない……ポリゴンになっていないからまだ死んでいないみたいだけど、島田さんと一緒で気絶してしまったのだろう。

 これで残るは俺と灯里だけ。回復や支援をしてくれる島田さんもいない、精神的支柱だった楓さんもいない。バフスキルの効果もとっくに切れてしまっている。

 こんな状態で、あの化物に勝てるのか?


「ガアア」


「――っ!?」


 戦意を失ったためか、オーガに鋭い眼光を向けられただけで身体が竦んでしまう。


 に……逃げなきゃ……。


 脅えていると、オーガがゆっくりと歩いてくる。俺を倒すのなんて取るに足らないと思ったのか、さっきまでの気迫が感じられなかった。いや、どこか落胆しているようにも感じてしまう。


 ――もうダメだ。


 そんな言葉が頭を過った刹那、不意に飛んできた矢がオーガのこめかみを撃ち抜く。

 俺とオーガは同時に、矢を撃ったであろう方向へ視線を向ける。そこには、弓矢を構えた灯里が立っていた。


「もう二度と、私の目の前で士郎さんを殺させない」


「灯里……」


「グハハッ」


 揺るぎない戦意に釣られるように、オーガが楽しそうに口角を上げる。

 まだいるじゃないか。本気で戦える者が。奴の顔はそう物語っていた。オーガは目の前にいる俺を無視して灯里に駆け出す。


 灯里はその場で顔面に向けて矢を撃つが、オーガは腕をクロスさせて顔を守りながら接近した。肉薄して拳を振るうが、灯里は避けながら矢を放つ。攻撃がギリギリ届かない位置をキープする立ち回りをしながら、至近距離で矢を放っていった。


(凄い……)


 オーガの攻撃を躱しながら矢を撃つ灯里の姿は、まるで女神が躍っているようで目を奪われてしまう。


(――って、何をしているんだ俺は!!)


 見てる場合じゃないだろう!

 早く灯里を助けに行かないと!


 そう思って足を動かそうとするが、ガタガタと震えているだけで全く動いてくれない。地面に貼り付けられたように足が上がらない。

 こんな経験は初めてで、俺は酷く混乱してしまっている。


 いや、本当は分かってる。

 楓さんが倒されて、オーガの殺気が俺だけに注がれ、死を予感したその時。


 心の根っこがぽっきり折れてしまったんだ。だから身体が戦おうとする事に拒否反応を起こしているんだ。

 頭では今すぐにでも駆け出せと必死に訴えている。だけどそれとは別に、本能が戦いたくない、死にたくないと叫んでいる。


 俺がうだうだしている間にも、灯里はたった一人でオーガと戦っている。

 なのに俺は、恐怖に脅えて黙っているんだ。

 ふざけるな。


「動け……動けよ俺の身体!動いてくれよ……頼むから、動けよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 絶叫を上げた、その瞬間。

 俺の胸から橙色の光が輝き出す。


(な、なんだこれっ!?)


 突然光り出した胸に戸惑う。

 だけどその光は暖かく、全身を優しく包み込んでくれた。そのお蔭なのか、身体の震えが収まり、恐怖が消えていた。

 何が起きたのか分からない。だけどこれで、もう一度戦える。

 まだ戦える!


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 腹の底から声を出し、まだ心に残っている恐れを全て追い出して、俺は力強く地面を蹴り上げた。


「はあああ!」


「ッ!?」


 後ろから剣を振り下ろす。オーガは受け止めず身体を半身にすることで回避した。

 追撃はせず、敵を警戒しながら後ろにいる灯里に伝える。


「今までごめん!灯里、背中は任せた!」


「…….うん!任せて!」


「オモシロイ」


 灯里がいる。それだけで何も怖くない。全身から力が漲ってくる。

 そんな俺に対し、オーガも愉しそうに嗤った。先ほどまでの失望の眼差しではなく、俺を戦士として見ている。来い、絶対に負けるもんか。


「ガアアア!!」


「ああああ!!」


 お互いに大声を上げながら、同時に踏み込んだ。

 オーガが右足で蹴り上げてくる。俺は限界まで屈んで躱すと、左側から斬り上げる。だがそれは右足を戻すことでパリィされてしまった。

 剣を弾かれて体勢を崩した俺に攻撃しようとするタイミングで、灯里の火矢がオーガの額に炸裂した。それほどダメージはないが、一瞬の目くらましによって俺の姿を失う。


「フレイムソード!」


「グウゥ!」


 その隙に火斬を振るい、胸の肉を裂いた。血が噴き出るが、そんなのは関係ないと言わんばかりに左フックを放ってくる。後ろに飛んで紙一重で躱すと、奴の右半身に力が込められたのを察知した。


 右ストレートが来ると判断した俺は、右側にステップして回避する。攻撃しようとする刹那、耳の横を矢が通りオーガの口に当たる。それと同時にパワースラッシュを放ち、胸を斬り裂いた。胸の傷が×を描く。


(見える……いや、“分かる”!!)


 オーガがどう攻撃しようとするのかも、灯里がどうしたいのかも瞬時に分かってしまう。

 何故だかは分からない。だけど今は何も考えず、この全能感に身を任せて戦うしかない。


「「おオおオおオおオおオお!!!」」


 俺とオーガの雄叫びが共鳴する。

 ほんの僅かでも気を抜けない。一度のミスで一発でも喰らってしまえば形勢は逆転してしまう。だから神経が焼き切れるほど集中して攻撃しているのだが、オーガは倒れなかった。


 ライフフォースで生命力を失い続けている所為か、奴の呼吸は荒く汗も大量に出ている。動きもノロくなってもう満身創痍に見えるのに、それでも膝を崩さず立ち向かってくる。


 なんて勇敢なモンスターなのだろうか。もし俺がオーガの立場だったら、こんな風に最後まで諦めず戦えていただろうか。たった一人で戦えていただろうか。


(無駄な思考は切り捨てろ、倒す事だけを考えろ)


 戦いに関係ないことは考えるな。目の前の戦士に集中するんだ。


「ゴアアアア!!」


「パワースラッシュ!」


「フレイムアロー!」


 灯里が火矢を放ったと同時に、俺はパワースラッシュを繰り出した。

 俺達の同時攻撃に、オーガは予想外の反撃に出てくる。火矢を牙で噛み砕き、パワースラッシュを左腕で受け止めたのだ。剣は腕を斬り裂いたのだが、オーガは構わず右手による手刀を放ってくる。

 咄嗟に剣で受け流そうとしたのだが、握力が耐えきれず剣を吹っ飛ばされてしまった。


「ガアッ!!」


(まだだ!!)


 得物を失った俺に、オーガがトドメの一撃と言わんばかりに渾身のアッパーを繰り出してくる。俺は体重を後ろに倒して紙一重で躱す。鼻先が当たって鼻血が出るが、そんな事はどうでもいい。

 倒れながら、右手を掲げた。


「ギガフレイム!!」


「グアアアアア!!」


 放出された豪炎がオーガに襲いかかる。

 焼かれるオーガを見ながら、俺は背中から地面に倒れた。

 頼む……頼むから倒れてくれ!

 もう立ち上がる体力もMPも残っていないんだ。だから、お願いだから終わってくれ!


「士郎さん!」


「はぁ……はぁ……灯里」


「ごめん、私ももうMPが切れちゃった」


「いや、よくやってくれたよ。ありがとう」


 申し訳なさそうに申告してくる灯里を労いながら、豪炎に焼かれたオーガに視線をやる。

 奴の全身は焼け焦げているが、まだ立っていた。


 死んだ……のか?いや……まだポリゴンになっていない。という事は生きているという事だ。その考え通りに、オーガは静かに俺達の方に歩き出してきた。


「くそ……力が出ない!」


「士郎さんは私が守る!」


「……」


 俺の目の前で両手を広げる灯里を、隻眼のオーガはじっと見つめている。

 何もしてこず黙ったままでいると、ゆっくりと口を開いた。


「カンシャスル。センシタチ」


 そう告げた瞬間、オーガは背中からバタンと倒れたのだった。


「……死んだ、のか?」


「分かんない……でもポリゴンになってないよね」


 オーガは明らかに生きていないが、ポリゴンにならない。

 本当はまだ生きているのかと怪訝に思っていると、突然ズズズズズッ!と地面が激しく揺れる。


「士郎さん!」


「灯里!」


 灯里は俺に抱き付き、俺も灯里を抱き締める。

 刹那、視界が真っ白に染まったのだった。

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