第52話 異変と隻眼のオーガ

 


 階層主がいる十階層は、今までのような広大なステージではなく広い大部屋の仕組みになっている。十層の場合は、木の壁に覆われ雑草が生い茂、天井が空いて空が見えるような内装だ。


 そしてボスは大鬼オーガ。ゴブリンから派生した上位種だ。

 外見は人間とほぼ変わらないけど、体色は緑色で額から角が生え、下の犬歯が鋭く伸びている。まさに鬼といった風貌だ。

 ボスは冒険者がステージに入った瞬間、ポリゴンからポップする仕組みになっている。


 その筈……なんだけど、どうにも様子がおかしい。


 まず部屋は石の壁に覆われ、天井も塞がれている。至る所に松明が設置されているから暗くはないのだが、逆に不気味な雰囲気を醸し出されていた。

 まるで神殿のような内装になっている。


「ここ……どこ?」


「十層だよな?」


 俺と灯里が疑問気に呟くと、楓さんが怪訝そうに口を開く。


「分かりません……本来の十層ではないようです」


「じゃあ、ここは十層じゃないのかもしれないのかい?」


「ナンダ、キサマラ」


「「――っ!?」」


 周りを見渡していた島田さんが質問した後、奥の方から野太い声が聞こえた。

 驚いて声がした方へ視線を向けると、暗かった場所に突如松明が灯る。


 そこには、オーガであろうモンスターが横に寝転がっていた。


(何だ……あいつ……)


 座っているオーガを見て疑問を抱く。

 まず第一にオーガはポリゴンとなってポップされる仕組みになっている筈なのに、最初からそこにいるようだった。しかも見た目はYouTubeで見た姿とは少し違っていて、あちこちに傷があり、左目にも縦の切り傷があって潰れている。


 そんなオーガが、休日のおっさんの如く寝転がっている。モンスターというよりも、どこか人間染みていた。

 いや……それよりも今……喋らなかったか?


「ニンゲンカ、ヒサシイナ」


「――!?」


 喋った!?本当に喋ったのか!?それも日本語に聞こえたぞ、カタコトだけど。


「ねえ、今喋ったよね……」


「ええ……聞き間違いではないようです。確かに日本語を喋りました」


「モンスターって喋ったりしたっけ……?」


「いえ……今までモンスターが言葉を話したことは確認されてありません」


「じゃあ……あれは一体――」


 話を続けようとしたら、オーガがのそりと起き上がり、よっこらせと重そうに立ち上がると、ゴキゴキと首を鳴らした。人間のおっさん染みたその行動に驚いて固まっていると、オーガは再び口を開く。


「ダレノシワザカシランガ、カンシャスル。クチテシヌマエニ、センシトシテタタカエル」


「貴方は誰ですか。私の言葉がわかりますか」


 俺達の中で一番冷静でいられた楓さんがオーガに対話を求めようとしたが、奴は質問を無視し表情を強張らせる。

 オーガの雰囲気が一変し、その身から凄まじい殺気が放たれた。殺気を浴びた俺達は全身が硬直し、恐怖に身体を震わせた。

 そんな中、オーガが再び言葉を発する。


「死アオウゾ」


 刹那、ドッと地を蹴って接近してくる。いきなり戦闘に発展し慌てふためく中、動き出したのは楓さんだった。彼女はプロバケイションとファイティングスピリットを発動すると、自分からオーガに向かっていく。

 放たれる拳撃を大盾で防ぎながら、大声を発した。


「考えるのは後です!今は戦う事に集中して下さい!」


 彼女の言葉でハッとする。

 そうだ……突然の事態に混乱するのは仕方ないけど、いつまでもぼーっとしていられない。そう考えてるのは灯里と島田さんも同じで、すぐに戦闘態勢に入った。


「ソニック、プロテクション!」


「フレイムアロー!」


 島田さんがバフスキルを発動し、灯里が火矢を放つ。飛来する火矢をいとも簡単に躱すと、オーガは身体を翻して灯里へ走った。そうはさせないと、俺は進路に割り込みオーガを迎え撃つ。


 立ち止まったオーガはジャブを撃ってくる。ファラビーよりも疾く鋭いジャブに回避なんて出来ずバックラーを掲げて防ぐので精一杯だった。


(重いっ!)


 ゴブリンキングほどのパワーはないけど、一撃一撃が重く身体の芯を震わせるような威力だった。こんなのまともに喰らったら、楓さん以外は一発でノックアウトされてしまうだろう。反撃の手が出ないが、俺には仲間がいる。


「パワーアロー!」


「シールドバッシュ!」


 大盾のタックルと豪矢を喰らったオーガは衝撃によってよろめく。その隙を見逃さまいとパワースラッシュを放つが、身体を半身にして躱されてしまった。


 くっ……アーツの無駄打ちになってしまった。MPを無駄にしない為にもアーツは慎重に使わなければならない。だから通常攻撃の斬撃を与えるが、俺の攻撃は全て躱さてれしまう。


(くそっ当たらない!)


「イイウデダ。ダガ、モノタリン」


 オーガの右ストレートをバックラーで受け取めた俺は衝撃に耐えきれず後ろに倒れそうになってしまう。その隙を見逃さず追撃してこようとする大鬼に灯里がパワーアローを放つが、オーガは裏拳を放ち手の甲で弾き飛ばした。


 俺との戦いを邪魔してくる灯里を煩わしくなったのか、オーガは落ちている石を適当に拾って灯里に投げつける。まるで散弾のように疾く広範囲にばら撒かれた石を避けきれず、打ちつけられてしまった。


「痛っづ!」


「灯里!?」


「ヨソミヲシテイルバアイカ」


「かはっ!」


 悲鳴に釣られ余所見をしている間に肉薄され、腹に拳打を叩き込まれる。

 身体がくの字になり、ボキっと嫌な音が鳴った。腹から無理矢理空気を吐き出される。

 痛いなんて思考すら出来ず膝をつこうする俺にトドメを刺そうとオーガが両手を振り上げた。


「シールドバッシュ!」


「ハイヒール!」


 間一髪楓さんの盾がオーガの身体をぶつけ飛ばし、島田さんが俺を回復してくれる。

 お蔭で痛みもなくなり折れたであろう骨も治った。島田さんがいてくれて本当に助かった。俺はオーガの猛攻を防いでいる楓さんを見ながら、島田さんに確認する。


「島田さん、灯里は!?」


「大丈夫だよ!」


「ごめん!もう平気だから!」


 灯里の声が聞こえ、無事を確認して安堵の息を吐いた俺は楓さんを助太刀する為に駆けだす。楓さんはオーガと互角にやり合っていた。やっぱりこの人すげーと感心しながら、攻撃に加わる。


 だが、俺と灯里が攻撃しても全く有効打を与えられない。それどころか、反撃を喰らってこちらが大ダメージを負ってしまう。俺も灯里も、ダメージを負うごとに島田さんに回復して貰い、戦線に復帰するというサイクルになっていた。


 その繰り返しをしている最中だった。

 突然オーガは屈伸すると、俺と楓さんを飛び越えるほどの大ジャンプをする。地面に着地したオーガは、一目散に島田へ突進する。


「まずい!」


「島田さん!」


 奴の狙いが分かり焦った。パーティーの回復要員である島田さんを先に倒そうという魂胆なのだろう。俺と楓さんはすぐに反転して追いかける。だけど距離が離れていて間に合わない。

 今になって気付いたのだが、オーガは前衛と後衛を分断するように下がりながら戦う立ち回りをしていたのだ。だからこんなに距離が離れてしまっている。


 灯里が必死に連射をしているが、肩や腕に矢が刺さってもオーガは意に返さず突き進む。

 ついにオーガが島田さんのすぐ目の前まで辿り着く。そんなオーガに対し、島田さんはデスサイスを手にして応戦しようとする。


(そうだ、島田さんはただのヒーラーじゃない!)


 彼はヒーラーでも戦えるヒーラーだ。それも、俺よりも攻撃力が優れている。モンスターにだって遅れを取らない。彼ならばオーガにだってそう易々とやられはしないだろう。

 そんな俺の安直な考えは、一瞬で粉々に打ち砕かれる。


「はぁ!」


「タンジュンダナ」


 島田さんの渾身の斬撃を屈むことで紙一重で躱すと、間髪入れずに彼の胸部を蹴り上げた。島田さんは漫画のように吹っ飛ばされると、ドンと壁に叩きつけられてしまう。


「島田さん!」


「灯里さん!今すぐ島田さんにハイポーションを飲まして下さい!飲めなかったらぶっかけて下さい!」


「は、はい!」


 楓さんの指示で灯里が急いで島田さんの所へ向かう。オーガも向かおうとしたが、追いついた俺と楓さんが阻止した。


 この野郎……行動が普通のモンスターと違い過ぎるだろ!?

 戦い方といい、回復要員である島田さんをターゲットにする事といい、今までのモンスターの行動から逸脱し過ぎているじゃないか。まるで幾つもの死闘を潜り抜けてきた武人と戦っているようにすら感じてしまう。


 異常種のゴブリンキングやミノタウロスは、もっと獣がするような動きというか、プログラムに沿った戦い方をしていた。


 いや……そのモンスターだけではなく、YouTubeのダンジョンライブで見たことがある全てのモンスターが“そういう風に戦っている”。時には突飛な攻撃や予想外の攻撃もしてくるだろう。だけどそれはモンスターに組み込まれた行動みたいのであって、プログラムの範疇にあるように感じられた。


 だけどこのオーガは違う。

 人語を喋れることもそうだが、戦い方がどうにも人間臭いのだ。器用に躱したり受け流したり、こちらのウイークポイントを突いてきたり、人間がするような行動を取っている。

 他のモンスターとは違い、“明確な自我があるように感じられた”。


 多分、その事は楓さんも薄々感じているのだろう。

 彼女はさっきからずっと、プロバケイションを使っていない。使っても敵意ヘイトを取れないと分かっているからだ。


「集中して下さい許斐さん!島田さんがいない今、倒れたら回復は望めません!それに二人がかりで抑えなければ、こいつはすぐにでも灯里さんを殺しにいきますよ!」


「っ!?」


「ホウ、キヅイテイタカ」


 楓さんに叱咤され、はっとする。

 そうだ、ごちゃごちゃと考えている場合じゃなかった。俺が戦線離脱したら、奴は次に灯里を狙うだろう。それから、攻撃力がない楓さんをじっくりと料理するかのように嬲り殺すのだ。

 島田さんが回復するまでは俺達が必死に食い止めなければならない。


(集中しろ)


 ミノタウロスと戦った時を思い出せ。次の一手が何もかも分かるあの感覚に嵌りさえすれば、オーガとも渡り合える筈だ。

 全神経を研ぎ澄ませ。奴の一挙手一投足を見逃すな。


 楓さんが前に出て、オーガの打撃を受け止める。後ろから横に飛び出し、剣を振り上げる。攻撃を察知したオーガが一歩下がるが、俺は剣を振るわず踏み込み刺突を繰り出した。直撃はしなかったが、オーガの脇腹を掠めて緑色の血が飛び散った。


「ホウ!」


「楓さん!」


 獰猛な笑みを浮かべたオーガが回し蹴りを放ってくる。位置を交換した楓さんが大盾で受け止めると、俺は再び飛び出してフレイムソードを繰り出した。片足を上げていて態勢が悪いため、回避されることなくヒットする。

 初めての有効打に、苦悶の表情を浮かべるオーガ。


 いける!このまま押し切れる!

 そう思って追撃しようとしたが、オーガは大きく後ろに後退した。灯里がいる方とは逆方向のため、無理して攻撃に行こうとはしない。それも作戦かもしれないからな。


「ダメ!島田さん起きないよ!」


「息はしていますか!?」


「うん!呼吸はある!」


「灯里さんはその場から動かずオーガに備えて下さい!」


 灯里がハイポーションをかけても、島田さんは意識を取り戻さなかったみたいだ。

 一度気絶してしまったため、いつ目を覚めるかは本人次第だ。まあ、生きているだけ良かった。もしかしたらすぐに目覚めるかもしれないし。


「イイコウゲキダ。カオツキモカワッタ、センシノ目ヲシテル」


「お前は一体何なんだ!?なんでモンスターが喋れるんだ!?」


「オレモ、死リョクヲツクソウ」


 ダメだ……喋れるけど一方通行で意思疎通は出来そうにない。

 もう少し試してみようとした瞬間、オーガの身体から突然蒸気が噴き出て、体色が赤く染まっていく。なんだ……何をしようとしているんだ!?


 奴の奇怪きっかいな行動に内心で狼狽えていると、楓さんが顔を青ざめさせながら口を開く。


「マズいです……」


「楓さんはアレが何か知っているのか?」


「はい……あの現象は見たことがあります。あれはライフフォースといって、自分のHPを削った分だけ攻撃力を上昇させる“スキル”です」


「スキルって……嘘だろ!?だってオーガはモンスターだぞ!?」


 楓さんの推測が信じられず強く否定してしまう。

 でも仕方がない事だった。何故なら、モンスターはファイアやサンダーなどの魔術や、パワースラッシュなどのアーツを使う事もある。ゴブリンメイジやインプは魔術を使うし、リザードマンやアンデッドナイトもアーツを使う。


 だけど、自分からスキルを使うモンスターなど聞いた事がなかった。狼狽している俺に、楓さんが説明してくれる。


「目に見えませんが、【魔法耐性】や【MP自動回復】などのスキルを持っているモンスターはいます。まあ殆どがボスクラスのモンスターですが」


「そうだったのか……」


「ですが、それは常時発動しているパッシブスキルで、ライフフォースのようなアクティブスキルを使うモンスターは今の所いません。私も初めて見ました。気をつけて下さい、今までの攻撃とは桁違いです。一撃でも受けたら骨が折れるどころじゃありません」


 そりゃそうだろ。通常の攻撃でさえ一発腹に貰っただけで骨が折れるほどの威力だったんだから、パワーアップした状態でまともに喰らってしまったら今度こそ死んでしまう。


 一度の被弾でゲームオーバー。正直恐いし心がへし折られそうになるけど、負けたくないという強い気持ちが恐怖を塗り潰す。


 ビビるな、闘志を燃やせ。

 絶対に勝つんだ!

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