第44話 暗雲

 



 GW六日目の木曜日。

 火曜日と水曜日の二日間で七層を攻略し、俺達は八層を探索していた。


「ファラビー2、レッドコング1、アイアンホーク1。許斐さんはファラビーを、灯里さんはアイアンホークをお願いします!」


「「了解!」」


 いつも通りに五十嵐さんが指示と挑発スキルを使用し、島田さんがバフスキルをかけ、俺と灯里が行動に移す。

 レッドコングと一体のファラビーは五十嵐が引き付けてくれたので、俺はもう一体のファラビーと対峙した。


「シュッシュ!」


「おっと」


 ファラビーはカンガルーに似ていて、その拳はボクシンググローブのように丸くて大きい。フットワークが素晴らしく、接近戦に強いモンスターだ。

 魔術を放っても簡単に避けられてしまう為、こちらも接近戦で応戦するしかない。だけど俺には加速がかけられているし、レベルも上がっているので一対一でも負けはしない。


 ファラビーのジャブを躱して剣を振ると、首を反らして躱されてしまった。だけど薄皮一枚は切れている。執拗にジャブを繰り返してくるファラビー。だけど俺は躱したりバックラーでパリィしているのでダメージはなかった。


(あんだけぶん殴られたんだ、もう慣れたぞ!)


 ファラビーは七層から出現するモンスターで、初めて戦った時はそれはもうタコ殴りにされた。プロのボクシング選手のような戦いは人間っぽくて、戸惑ってしまったのだ。何度もダウンしたし、倒しても顔はパンパンに腫れ上がってしまった。島田さんのプロテクションがなかったら一発KOだっただろう。

 だけどファラビーのおかげで、対人戦の戦い方が分かってきた。それには感謝している。


「シッ!」


「っぶね!」


 手の届く距離から半歩下がったファラビーが回し蹴りをしてくる。それを屈んでギリギリで回避した。このカンガルー、たまーに蹴り技もやってくるんだよなぁ。この蹴りは初見殺しだよ本当に。


 だけど蹴りをした後は大きな隙が出来る。俺は奴の脛を斬りつけ、悶え苦しんでいる間に胸に突き刺して屠った。新しいモンスターがいないかを確認し、五十嵐さんの援護に向かう。灯里はアイアンホークを倒してファラビーに攻撃している。なので俺はレッドコング目掛けて駆け出した。


「ファイア!」


「ガァァ!」


 火炎を放ち、レッドコングの注意が俺に向く。雄たけびを上げながら剛腕を振るってきた。

 真正面から受け止めるとパワー負けするので、バックステップで回避する。すると、レッドコングは怒ってドラミングを行う。その瞬間、奴の身体が真っ赤に染まっていった。


 レッドコングの体色は普通のゴリラのように黒いが、怒りが上限を超えると毛が赤く染まり攻撃力が上がってしまう。さらに炎耐性までつき炎系統の攻撃が半減されてしまうのだ。


「ゴア!」


「いいです! いいパンチです! 70点!」


 俺に振るってきたパンチを五十嵐さんが割って入ってガードする。その瞬間俺は横に逸れてパワースラッシュを繰り出し、レッドコングが再び俺に攻撃してくるがすぐに五十嵐さんが防御する。


 この二日間で俺達は連携も強めた。色々な戦い方を模索し、少しはパーティーらしくなったと思う。まあこれは階層主の為の練習なんだけど、やってみてよかったと思う。


「パワースラッシュ!」


「グハッ!」


 レッドコングにトドメを刺すと、魔石がドロップする。それを拾う前に灯里の方を見ると、丁度残りのファラビーを倒したようだ。どうやら、島田さんがデスサイスで援護していたいみたい。


 島田さんもこの二日間でかなりダンジョン病が改善されてきており、今のところ暴走することは無かった。なんか、ダブルジラフと戦った時に色々と吹っ切れたらしい。まだ中毒症状は残っているけど、それは一朝一夕で治るものじゃないから根気よく向き合っていくしかない。

 改めて魔石を拾い、四人で合流する。


「島田さんがいると助かります!」


「いや~、黙って見てるのもあれだしね~」


(むっ……っていかんいかん。何を嫉妬してるんだ俺は……)


 灯里が援護をしてくれた島田さんを褒めるので、心の中がもやっとしてしまった。

 全く俺ときたら。別に灯里と付き合ってるわけでもないのに、ていうか相手は島田さんなのに嫉妬してしまった。なんて女々しい男だろうか。

 うん……もっと心を大きく持とう。


「今の連携は良かったですね。相手が一体だけなら使えます」


「そうだね。でもやっぱり息を合わせるのは難しいよ。早く他の冒険者みたいにやれればいいんだけど」


「そこは数をこなしていくしかありません。よろしくお願いします」


「うん、よろしく」


「ねえねえ、お腹も空いたしお昼にしようよ!」


 五十嵐さんと戦闘の反省をしていたら、割り込むように灯里が提案してくる。

 収納空間からスマホを取り出して時間を確認すると、確かに昼食の時間だった。

 灯里の提案を採用して、俺達はご飯を食べることにした。


 灯里の手作り弁当を楽しんでいると、五十嵐さんもおずおずとお弁当を出してくる。どうやらチャレンジしたみたいだ。

 よかったらどうぞと言われたので、卵焼きをつまんでみる。


「うん……美味しいよ、いけるいける」


「そうですか……これしかまともな料理が作れなかったのでよかったです」


「そっか、頑張ってるんだね」


「せっかく灯里さんが教えてくれたので、続けていこうかなと」


「うん! また料理会やろうよ、楓さん!」


 楽しい昼食を終えた俺達は、探索を開始する。

 しかし、突然予定外の事が起きた。


「すごい雨だ!」


「矢が真っすぐ飛ばない!」


 モンスターと戦っている途中、大雨が降ってきたのだ。

 最初はぽつぽつだったのが、段々と雨粒が大きくなって豪雨になってしまう。雨に濡れて防具が重たいし、視界がぼやけてまともに戦えない。まあそれは戦っているモンスターも一緒なんだけど、俺達の方が断然不利な状況になっていた。


 灯里は矢を放っても雨に打たれて勢いが落ちてしまうし、俺は炎魔術が出せない。使用は出来るんだけど、威力が低すぎて意味がないのだ。小雨程度だったら大丈夫だけど、こんな大雨では火が掻き消されてしまう。


 なるべく戦闘を回避し、しょうがなく戦う場合は肉弾戦でなんとか倒し、必死こいて自動ドアを見つけ、俺達は現実世界に帰ってきたのだった。



 ◇◆◇



「いやー酷いもんでしたね」


「そうだね~、こういう所はちょっと嫌だよね~」


 ギルドに帰ってきた俺達は、備え付けてある乾燥機で防具を乾かしていた。俺達の他にも、多くの冒険者が「最悪だわ~」と愚痴を吐いている。


 ダンジョンから戻ってくると、身体は元の状態に戻っている。ただ、ダンジョン産の物は違うのだ。防具が濡れていたら、帰ってきても濡れてしまった状態のまま。

 もしこれが私服とかだったらダンジョンに入る前に戻っている状態になるから濡れていないのだが、ダンジョン産の防具はそうはいかず、こうやって一々乾かさなければならない。

 凄くありがたい事に、広い更衣室の中に乾燥付き洗濯機がいくつも備えられているため、島田さんと隣同士で乾かしている。


 雨の日の探索は難しい。特に大雨の日は探索はしない方がいいだろう。

 それでもダンジョンに入りたい人達はカッパを着たり、それか雨避けのバフスキルをつけているみたいだけど。


(そういえば、ダンジョンに入ってる日に雨になったのって初めてだなぁ)


 今までずっと晴れで、悪くても曇りだった。

 だけど今日はがっつし雨で、探索が非常に困難な事が分かった。もしこれが梅雨の時期になると、ちょっと対策を立てないとな~と呻ってしまう。


 防具を乾かし終えて、スタッフに装備を預けると、灯里達と合流した。

 それからエントランスに出て少し話していると、誰かに声をかけられた。


「あれ、楓じゃねえか」


「――ッ!?」


「あー本当だ」


「楓、元気してた?」


「誰この人?」


「うちらの元パーティーメンバー」


 声をかけてきたのは五十嵐さんの知り合いだったようだ。

 男性三人に女性二人。一人の女性以外はみんな知り合いっぽい。みんな若そうに見える。俺よりは年下だろう。久しぶりに会えて話したい事があるだろうと、邪魔しちゃ悪いと離れようと思ったが、五十嵐さんの表情が優れない。なんだか脅えているようにみえた。いや……これは罪悪感か?


「お前、まだ冒険者やってたのかよ」


「……はい」


「はん、あんな事しておいてよくまだ冒険者でいられるよな」


「ちょっと海斗、もうほじくり返さなくていいでしょ」


 海斗と呼ばれた男性が責めるように五十嵐さんに告げ、それを女性が窘めている。

 俺は彼女の前に立ち、彼等にこう言う。


「あの、もう行くから……話はまた今度にしてくれるかな」


「あん、なんだよテメエ。もしかしてこいつとパーティー組んでんの?」


「そうだけど、なにか?」


「はっ、やめとけやめとけ。こいつはもう壊れてんだよ。それにこいつといると殺されちまうぜ。俺達も殺されたからな」


「――ッ!?」


「そこら辺にしときなよ海斗」


「そーだよ。わざわざこっちから関わらなくたっていいじゃねーか」


「ほら行くよ」


「ちっ、わーったよ」


 なんだか分からないうちに、彼等は去ってしまった。

 俯く五十嵐さんに何を言えばいいか困惑していると、灯里が心配そうに尋ねる。


「楓さん、大丈夫?」


「すみません……今日は失礼します」


「あっ、楓さん!」


 灯里が手を伸ばすが、五十嵐さんは振り向く事もなく外に行ってしまった。


(五十嵐さん……)


 轟々と降り注ぐ大雨のように、俺達の心にも暗雲が立ち込めていたのだった。

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