第45話 罪

 



 高校の友達に勧められ、私はファンタジーの世界に嵌った。

 ドラゴ○クエスト、ファイナ○ファンタジーなどのゲームをやり尽くした後は、MMORPGのパソコンゲームにド嵌り。チャットで仲間とリアルタイムであーでもないこーでもないと話しながら、ダンジョンを攻略したりモンスターを倒すのは楽しくて、気付いたら徹夜してしまっていることなんてザラだった。


 仲間とアイテムを集めたり、十人以上ものユーザーでレイドバトルをしたり、ギルドを作ってランキング上位を目指したり、私の青春の全てはファンタジーの世界につぎ込んだといっても過言ではないだろう。


 大学でもファンタジーの熱は冷めず、私は大学の友人達とファンタジーゲームに興じていた。友人達はみんなゲーム好きで、初めて馬が合う関係だった。


 折角の大学生活なのにサークルにも入らず、講義が終わったらすぐに家に帰って、パソコンの前にスタンバり暇を潰しながらみんなを待つ。全員集まったらフィールドに出て、クエストなどをクリアしていく。

 本当に楽しい毎日だった。


 そんな中、2022年の春に、後に教科書に必ず載るであろう世界を震撼させる出来事が起きた。


 世界中のあらゆる塔がダンジョンになったのだ。


 最初は何かの冗談で、眉唾物だと思っていた。

 だが日が経つにつれ真実味が帯びていき、ダンジョンは本当に存在していることが分かった。


 それを確証づけたのがYouTube。誰が撮っているのか定かではないけど、各国の自衛隊がダンジョンに入ってスライムと戦っている動画が生配信されている。最初はそれさえもフェイク動画だと思われていたが、情報が拡散し、それはどうやら本当だという事が分かった。


 この衝撃的な事実に、世界は沸いた。そして私の心も躍り狂った。


 だってそうだろう? 大好きなファンタジーの世界が、このリアルワールドに存在しているのだから。

 行きたい!ダンジョンに行きたい!

 いつかダンジョンに行けることを願いながら、私はひたすらYouTubeにかじりついた。日本だけではなく、世界中のダンジョン動画を見る。あれだけ嵌っていたゲームも放ったらかして、ひたすらにダンジョンライブを見まくった。

 多分、私のようなオタクは沢山いただろう。それだけダンジョンは神秘で、私達に最大の娯楽を与えてくれたのだ。


 月日が経つと、外国では一般人にもダンジョンが開放された。

 それが羨ましくて、外国に移住しようかと思ったけど大学の友人達に止められてしまう。すぐに日本でも開放されるからと説得された。

 ダンジョンが出現してから一年後、やっと日本でもダンジョンが開放される。私は友人たちとその日に冒険者登録し、ダンジョンに入った。


 感動だった。

 一階層に足を踏み入れた時、私の心は震え、涙を流した。ダンジョンの世界は、私が夢見た世界のままだったのだ。

 ステータスを開いた時、スライムを倒した時、魔石がドロップした時、モンスターのアイテムや防具がドロップした時。何度も何度も感動を覚えた。


 それから私達はダンジョンに入り浸った。

 ダンジョンが開放されることが分かっていたから、私と友人たちはそれまでに講義をいれまくって卒業までの単位を取り切り、後顧の憂いもなく大学そっちのけでダンジョンを探索する。


 元々ダンジョンやファンタジーゲームが好きで、尚且つ最新情報も抜かりなく入手していた私達は、かなり早いペースで攻略を進めていた。

 スタートの時点で言えば、私達はトップクラスの冒険者パーティーだっただろう。


 楽しくて楽しくて仕方なかった。

 剣を振るえて、魔法を出せて、自分の身体が少しずつ強化されていく。自分が物語の主人公になったような全能感。

 モンスターに攻撃されれば痛いけど、それさえも“これはリアルだ”と実感できて嬉しかった。


 新しいモンスターが現れたらその都度話し合って作戦を立て、みんなで力を合わせて乗り越えていく。楽しすぎて、起きてる時も寝ている時もダンジョンを想っていた。

 その時は、自分がダンジョンに侵されているとは思わなかったのだ。


「ねえ、なんか最近の楓……恐いんだけど」


「え……そうですか?」


 異変を感じたのは、十八階層を探索している時だった。

 モンスターとの戦闘を終えた後、引き攣った顔をする友人から、不意にそんな事を言われたのだ。


 恐い? 私が?


 何がどう恐いのかわからなかったが、戦闘を続けていると私が狂気を孕んでいるように見えるらしい。自分ではそんな感覚はないが、他の友人も気まずそうにその通りだと言ってくる。

 何かの間違いだと思い、帰った後自分のダンジョンライブを確認した。


「これが……私……?」


 画面に映っている自分の姿に驚愕してしまう。

 二体のモンスターに攻められている時、私は苦しそうにするどころか狂ったように笑っているのだ。頬を赤く染め、まるで愛しい人とセックスするかのようにモンスターとの戦闘を楽しんでいる。とても常人には見えない恐ろしい姿だった。


 いつからそうだったのかは分からない。

 ただ知らず知らずのうちに、私は仲間が脅えるほどの狂人になっていたのだ。


 気をつけようと思っても、私の意思に関係なくそれはやってくる。

 戦っている間に気分が高まり、仲間の言葉を無視して暴走してしまうのだ。戦闘が終わると治まるのだが、その時はもう仲間達の私を見る目は化物を見る目だった。


 それでも、これまでの絆でなんとか関係は保っていたが、決定的な事が起きてしまう。

 二十階層の階層主と戦っている時、私はまた暴走してしまったのだ。そのせいでパーティーの連携が破綻し、仲間達は全員殺されてしまった。

 最後に残ったのは、自我を取り戻した私。

 自分のしでかした事を後悔しながら、初めて死を体験した。


 ギルドに帰った時、仲間の海斗に告げられる。


「楓、悪ぃがもうお前とはやってけねぇ。パーティーから外れてくれ」


「……はい」


「楓、自分で気づいてないかもしれないから言うけどよ――」


 ――お前、病気なんだよ。


 そう、私は病気だった。最近起こっているダンジョン病というやつだった。

 風邪ではなく精神的なもので、治すのは難しい。一番の解決策はダンジョンから離れることだった。


 だけど私には、そんなことができなかった。できるわけないじゃないか。好きで大好きで、待ち望んでいたダンジョンの世界。それを自分から手放すなんてできない。


 仲間のパーティーから外された私は、フリーの冒険者になった。

 一日限りならもし暴走したとしても後腐れもないし、詮索されることもない。一人で探索しても良かったが、私はタンクだったし一人では限界があるし、何より全く楽しくない。

 凄く注意すれば我慢できるし、問題は起きなかった。本当のたまにやらかしてしまったが。


 楽しくも満ち足りない日々を繰り返していると、私は大学を卒業して社会人になった。

 自動車会社で、そこそこの優良企業だ。就活を早く終わらせたくて、選り好みはしなかった。冒険者を副業として続けていられる所ならどこでも良かったのだ。


 入社して、仕事が始まる。

 元々私は能力が高い方だったので、成績は良い方だった。それと自分は容姿も良いらしく、同期や上司の男性によく声をかけられる。大学の時はメイクとか見た目に気をつけていなかったから全然モテたりはしなかったが、社会人として最低原の身だしなみをすると周りからは美人に見えるらしい。声をかけられたり呑みに誘われるのは、本当に迷惑でしかなかった。


 そんな中、会社全体で新人歓迎会が開かれる。同期や上司の誘いは全て断ってきたが、新人歓迎会は新人は全員強制参加らしいので、仕方なく参加した。


 色々な部署の先輩や上司や次々に「期待しているよ」「何か困ったことがあったら遠慮せず言ってほしい」と声をかけてくる。無下にもできないので丁寧に対応していると、話が長い上司にあたってしまう。


 しかもジロジロと下種な眼差しで無遠慮に見てくるし、肩や背中を叩いてくる。

 なんとか堪え、早く消えてくれないかなと願うも、中々離れてくれない。助けを求めようと周りに目をやるが、関わりたくないのか無視して通り過ぎていくばかりだった。


(本当に最悪……)


 社会って残酷だと思い、役職にいる人間はこんな低能な奴ばかりなのかと失望してしまう。

 上司の触手が、私の臀部に向かおうとした時だった。突然男性社員が声をかけてくる。


「あの、武左部長ですよね?」


「ん、そうだが……なんだね君は」


「私、製造部でプログラミングをしている許斐といいます。部長のことを尊敬していまして、以前からお話を伺いたいと思っていました。是非、ご教授をお願いしたいのですが……」


「むぅ~、今は彼女と話しているんだが、後ではダメなのかね」


「よろしければ今すぐにでもお聞きしたいです」


 許斐と名乗った男性は、強い口調で告げた。部下にそこまで言われて上司が黙ってはいられず「仕方ない」と言って、許斐さんは上司を連れ去ってしまう。


 その後すぐに他の同期や先輩から「大丈夫だった?」と心配されたが、今まで無視していたくせにどの面下げて言ってるんだと、内心で心底呆れた。


 新人歓迎会は終わり、私は帰宅し、家で飲みなおした。

 元々お酒は好きだが、酔うと悪酔いするので歓迎会では抑えていたのだ。ビールを呷りながら、私を助けてくれた許斐さんのことを思い出す。


「あんな人もいるんだ……」


 これは後で知ったことだけど、彼は本来ああいうことをする人間ではないらしい。

 部内では静かで、仲の良い同僚がいないどころか馬鹿にされており、自分から役職相手に胡麻をすることなんてできない人だ。


 という事は、許斐さんは私を助けるためにあの汚いおっさんに声をかけたのだ。恐いはずなのに、どれだけの勇気を振り絞ったのだろう。そして、困っている後輩を助ける優しさがある。


 少し気になった私は、わざわざ遠回りして製造部の廊下を歩いたりして、許斐さんの姿を探す。すれ違えば心が沸いた。まさか自分にこんな乙女な感情があるとは思ってもみなかった。


 声をかけようとも思ったが、何故か恥ずかしくてできなかった。私と同じで、許斐さんはお昼を食堂で取っているから、いつか声をかければいいかと思いつつ、結局遠くから眺めていることしかできなかった。


 入社してから一年後の事だった。

 突然許斐さんのお昼が、食堂の定食ではなく手作り弁当になったのだ。しかも、絶対女性が作ったやつ。


(もしかして……彼女?)


 急に焦りを抱いた私は、約一年越しに声をかける。

 するとやはり彼は私の事を覚えておらず、自己紹介から始まった。彼は弁当は自分で作ったといったが、目が泳いでいるので嘘だと分かる。ああ、この人は嘘をつけない人なんだとおかしくて、心の中で笑ってしまった。


 それからギルドから募集がきていて、了承して行ってみれば何故か許斐さんと女子高生の灯里さんがいて、一緒にダンジョンに行くことになった。

 新人冒険者の彼等を見ていると懐かしくなってしまい、彼等の楽しみを奪ってはいけないと、私はあまり助言はしなかった。


 二人がダンジョン被害者ということを知って、バーで許斐さんから仲間になってほしいと頼まれた時は、凄く嬉しかった。彼等の役に立ちたい。許してもらえるならば、私も一緒に楽しみたい。

 だけど私のダンジョン病の症状が出てしまい、もう終わりだと思ったけど、許斐さんと灯里さんは私を受け入れてくれた。本当に嬉しかった。


 ゴブリンキングを倒し、島田さんが仲間に加わって、良いパーティーだと、久しぶりに純粋に冒険を楽しんでいた時だった。


「はっ、やめとけやめとけ。こいつはもう壊れてんだよ。それにこいつといると殺されちまうぜ。俺達も殺されたからな」


 仲間だった彼等に会い、私の罪を許斐さん達に言われてしまった。

 顔を合わせられなくて、追及されたくなくて、私は彼等の前から逃げた。


「……やっぱり私は、許斐さん達と一緒に居ていい人間ではないんだな」


 窓に映る自分の顔を見ながら、そう呟いたのだった。

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