第43話 灯里の料理教室

 



「いやー今日は楽しかったです」


「島田さん、よければ俺達のパーティーに入ってくれませんか」


「えっ僕なんかでいいんですか……?」


「はい。俺達には島田さんが必要なんです」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 ダンジョン六層でダブルジラフを倒した後、俺達は自動ドアに入り現実世界に帰ってきた。

 魔石を換金したり装備を預けたりした後、ギルドの中にあるカフェで休憩する。話の途中で島田さんを勧誘すると、彼は快く引き受けてくれた。


 彼のダンジョン病は治っていない。また暴走してしまう事もあるだろう。だけど今の彼なら、仲間を傷つけたりはしないと思った。ダンジョン病もこれから少しずつ改善していけばいい。


 島田さんをパーティーに入れられたのは、戦力的にも大助かりだ。貴重なヒーラーな上、自衛も出来るなんて優良物件過ぎる。これで、俺達のパーティーは大分強化された。十層だって越えられる。


 連絡先を交換し、明日も一緒に探索する事を約束してから解散となった。島田さんと別れ、俺と灯里、それと五十嵐さんの三人はギルドを後にする。


 今日は約束していた、五十嵐さんが灯里に料理を教えてもらう日だった。

 帰る途中に近くのスーパーで食材を買い、俺のアパートに帰宅する。それからすぐに、二人は料理に取り掛かった。


「できない人は目分量とか勘でやっちゃダメです。そういうのは慣れてからじゃないと失敗しますから。ネットとかに書かれている量はできるだけ正確に行うことがポイントなんです」


「なるほど……分かりました」


 どうやら灯里はちゃんと五十嵐さんに料理を教えてるみたいだな。

 それにしても、五十嵐さんのエプロン姿を初めて見たけど、あんまり様になってないな。普段のスーツだからギャップを感じてしまう。まあ見慣れないってだけで、彼女は美人だから何を着ても綺麗なのに変わりないけど。


 それを言ったら、やっぱり灯里のエプロン姿は似合っていて、凄く可愛い。あんなお嫁さんがいたらな~と妄想してしまったけど、すぐに首を振って邪念を振り払う。

 女子高生の灯里に何を思ってんだ俺は……しっかりしろ二十六歳。


 因みに、俺も何か手伝おうかと言ったら二人に邪魔だから大人しくしていてと怒られてしまった。

 手持ち無沙汰だったので、スマホでダンジョンライブを視聴する。俺は結構雑食だけど、いつも見ている特定の冒険者パーティーもいる。


 その一つは日本で一番強く、最高階層に到達しているトップパーティーのアルバトロスだ。ダンジョンが一般人に開放された時からずっとトップでいて、全員がレベル70以上の上級冒険者。


 正直言うと、ダンジョンにいる彼等はもう人間をやめている。動きとかめちゃくちゃ速いし、攻撃とかはもう漫画のようだ。彼等の動画は見応えがあり、新しいモンスターや階層をいち早く見れるから視聴していて楽しい。

 GWの締め日でもある日曜日に階層主に挑むらしいから、それも楽しみだ。


 もう一人のお気に入り冒険者は、神木刹那かみきせつなというソロの冒険者だ。

 刹那は謎多き人物で、家族や知り合いが誰もおらず、素顔を知る者は誰一人としていない。

 それに加え、男性か女性かすら分かっていないのだ。イケメンの男性にも見えるし、美しい女性にも見える。兎に角顔が良い事だけは分かる。


 刹那は二刀流の剣士で、唯一ソロで四十階層をクリアしている冒険者。日本で一番強い冒険者は誰だと聞かれたら、真っ先に刹那の名が挙がるだろう。世界でも十本の指に入ると言われている。

 ミステリアスで強くて顔もいい刹那は、日本だけではなく世界中にファンがいる。勿論俺もファンの一人だ。できる事なら刹那のサインが欲しい。


 だが残念なことに、お気に入りのアルバトロスと刹那は現在ダンジョンに潜っていなかった。なのでYouTube閲覧急上昇の中から、面白そうな冒険者の生配信を見る。


(は~勉強になるな~)


 今視聴している冒険者パーティーは大体俺達と同じ構成だ。四人パーティーで職業もほぼ一緒。違いは弓術士ではなく魔術師なだけだ。

 彼等の立ち回りは洗練されていて淀みがない。次々と襲いかかってくるモンスターを楽に倒している。


 勿論個々のレベルが高いんだろうけど、見ていて思うのは連携がしっかりしていることかな。コンビネーションがいいからお互いの邪魔を一切していない。息が合っているというか、歯車が噛み合っているというか……兎に角凄かった。

 いつか俺達も彼等のようなパーティーになれるのだろうか。


「士郎さん、できましたよ!」


 ダンジョンライブに夢中になっていると、料理が完成したのか灯里が声をかけてくる。

 テーブルの上にはご飯にハンバーグにポテトサラダにお味噌汁。どれも美味しそうで、急にお腹が空いてきた。


「これ、五十嵐さんが作ったんですか?」


「ええ、まあ。全部灯里さんに教えてもらってですけど」


「何言ってるんですか、五十嵐さん頑張ったんですよ」


 五十嵐さんの手を見ると、指に絆創膏が貼ってある。大丈夫かと心配したけど、本当にちょっと切っただけのようだ。

 包丁も苦手って……意外にぶきっちょなのかな。


「さっそく食べようか」


 そう言うと、三人でテーブルを囲む。

 いただきますと言ってから、まずはハンバーグに手をつけた。


「うん、美味いよ五十嵐さん!」


「そ、そうですか? ちょっと焦がしてしまったんですけど……」


「平気平気、全然気にならないよ」


 そう告げると、五十嵐さんは安心したようにほっと息をつく。

 その他のポテトサラダや味噌汁なんかにも手をつけて、あっという間に完食してしまった。


「ごちそうさま、美味しかったよ」


「ありがとうございます……なんだかそう言っていただけると、嬉しいですね」


「士郎さんはいつも言葉にしてくれるから、作りがいがあるんだよねー」


「だって、本当に灯里の料理は美味しいんだよ」


「えへへ」


 本当の事を告げると、灯里はにへらと破顔する。

 俺達のやり取りを見て、五十嵐さんは「私も頑張ります」と意気込んだ。


「そうだ楓さん、今日泊まってってよ! ねえ士郎さん、いいでしょ?」


「五十嵐さんがいいなら、俺は構わないけど……」


「いえ、明日も早いので今日は帰らせていただきます」


「ええ~そんな~」


 残念がる灯里に「また今度お願いします」という五十嵐さん。こうして見ると二人って、なんだか姉妹みたいだった。

 それから食器を洗ってくれて、五十嵐さんは帰ることに。俺は近くまで彼女を送っていくことにした。

 二人で夜道を歩いていると、不意に五十嵐さんが問いかけてくる。


「許斐さん……」


「どうした?」


「今日、島田さんが暴走した時、身体を張って止めましたよね。恐くはなかったんですか?」


「恐い? う~ん、別に恐くはなかったよ。島田さんも好きでああなっているわけじゃないからね。根気よく呼びかければ、きっと元に戻ると信じていたし」


 そう言うと、五十嵐さんは顔を俯かせ黙ってしまう。

 暗い雰囲気になってしまって、それをどうにかしようと言葉を探すのだけど、今までそういう経験がないため何を言えばいいか分からず口を開けない。


 すると突然彼女は立ち止まり、こう言ってきた。


「許斐さん……もし私が暴走してしまったら……遠慮せず私を殺してください」


 突然そう告げた五十嵐さんの顔は、なんだか泣いてるように見えたのだった。

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