第39話 ヒーラー
「前方にオーク2、左方向にホーンラビット1にゴブリン1、右方向にスライム2。前は私が食い止めますので許斐さんは左を、灯里さんは右をお願いします。プロバケイション!」
「「了解!」」
「ソニック、プロテクション」
五十嵐さんから指示を貰い、島田さんからバフスキルをかけてもらった俺は、ホーンラビットとゴブリンへ駆け出す。勿論の事だが、四層より五層のモンスターの方がHPや攻撃力が高くなっていて、倒しにくくなっている。
昨日はそれが原因で倒すのに時間がかかってしまい、傷を負うこともあった。だけど昨日より調子が良い今なら、苦戦せずに倒せる。
殴りかかってきたゴブリンの拳をバックラーで
前を向いているホーンラビットの背中を剣で突き刺し、傷を負っているゴブリンを蹴飛ばして転ばせ、首筋に剣を突き立てる。ポリゴンとなって消滅していくゴブリンを横目に、再び飛びかかってくるホーンラビットを躱し様に剣を横一閃して斬り倒した。
よし、MPを使わないで倒したぞ。昨日ネットで調べて、アタッカーと魔法剣士の立ち回りを少し勉強した。アタッカーは比較的弱いモンスターには極力MPを使用せず己の力だけで倒し、強かったり倒しにくいモンスターには魔術やアーツを使うようにする。そうする事でMPを節約できるし、自分の戦闘技術も向上するからだ。
確かに昨日までの俺は、ゴブリンやホーンラビットに対してもすぐにファイアを使って楽に倒そうとしていた。だけどそれではコスパが悪すぎる。剣術で倒せるなら、なるべく剣術で倒そう。
まあ、そんな事が出来るのも島田さんのバフスキルのお蔭なんだけども。
目の前のモンスターを倒した俺は、五十嵐さんの盾を殴り続けるオークへ駆け出す。
「キッツ!いいですよ豚さん!!今のはキキました、30点あげましょう!ほら、もっといけるでしょう!?」
二体のオークから攻められているというのに、彼女は相変わらずドМを発揮していた。五十嵐さんの豹変ぶりに島田さんが「ええ……」とドン引きしている。あーあ、防護のバフをいらない理由がバレちゃったじゃないか。
俺と灯里は見慣れた光景だけど、初見の人はやっぱり驚くよな、アレは。
まあその事は今は置いておいて、オークに肉薄した俺は新しく習得したアーツを放つ。
「フレイムソード!」
「ブゴオオオオオ!?」
燃え盛る炎の剣で腹を斬り裂くと、オークは絶叫を上げた。
実はステータスを開いて、新しく【魔法剣1】を取得していた。これを取得すると、自分が取得している属性スキルに応じたアーツを放つ事が出来るのだ。例えば【雷魔術】を取得していたら「サンダーソード」を使え、【水属性】を取得していたら「アクアソード」を使える。そして俺の場合は【炎魔術】を取得しているから「フレイムソード」が使えるのだ。
このアーツの利点は高い威力の割りには消費MPが5とコスパが良く、さらにはオークとの相性もいい。燃える剣なら分厚い肉を容易く裂けるし、斬る際に付着してしまう皮脂も蒸発させられる。もっと早く使っていればと思いながら、再びフレイムソードを使ってトドメを刺した。
「フレイムアロー!」
「ブギャアアア」
灯里の火矢がオークの目に突き刺さり、力尽きて倒れてしまう。これでモンスターは全部倒したな。
新たなモンスターがポップしていないか確認してから、みんなで集まった。
「いやー皆さん強いですね、連携もバッチリでした。とてもパーティーを組んで一か月とは思えませんよ」
「そんな事ないですよ。島田さんのバフスキルがあるからいつも以上に戦えていますから」
「いや~、そう言っていただけると嬉しいですねぇ。そうだ、連戦しましたし回復しておきますね」
照れ臭そうに後頭部をかく島田さんがそう提案してくる。傷という傷は負っていないが、モンスターからの攻撃を防いだりしていて左腕が少し重くて痛いし、剣もずっと振っていると筋肉痛になってくる。お言葉に甘えてお願いすると、島田さんは回復スキルを発動した。
「エリアヒール」
発動キーとなる呪文を唱えると、彼を中心に緑色の円が四人を囲うように広がる。すると、自分の身体が淡く光って身体の疲れや怠さが消えていった。
凄い……回復スキルってこんな感じなのか。痛みも消えたし疲れも吹っ飛んだぞ。
「皆さん大きな傷はなかったので、ヒールではなくエリアヒールを使いました。ヒールより回復量は若干劣ってしまいますが、範囲内にいるパーティー全員を癒せるんです」
「凄い凄い!足と腕の重みが消えました!」
「ありがとうございます!これならまだまだ戦えそうです!」
「あはは、なんか嬉しいですね。当たり前の事しかやっていないのにこんな喜んでもらえるのって」
「それだけヒーラーは貴重ですからね。ヒーラーがいないパーティーほど、ヒーラーの貴重さがよく分かるんですよ」
「ああ、まだヒーラーと組んだ事が無かったんですね」
俺達の喜びように納得する島田さんに、「そうなんですよね」と答える。
体力も回復して元気になった俺達はその後も探索を続け、いい時間になってきたので自動ドアを探す。遠くに見つけた時、モンスターの大群と遭遇してしまった。
「ギガフレイム!くそ、数が多すぎる!」
突っ込んでくる二体のゴブリンを豪炎で蹴散らながら、悪態を吐く。そんな俺に、オークが剛腕を振ってきた。辛うじてバックラーで受け止めたが、腕が痺れてしまう。
しまった、まともに受け過ぎた。左腕が上がらない!
やばいやばいと慌てたその時、俺の身体が緑色に輝く。
「ヒール」
「ありがとうございます!」
島田さんのヒールのお蔭で、左腕と体力も回復した。これでまたモンスターとも存分に戦える。ヒールさまさまだ。
ってやばい、ロックボアとワイルドホースが五十嵐さんを無視して島田さんに突進している!!
距離も遠いし助けに行けない。ここから魔術も放っても届かないだろう。灯里もウルフやスライムに対応しているし、このままでは島田さんが殺されてしまう。
そう危惧した刹那――信じられない光景が飛び込んできた。
「フひ」
「ブゴ!?」
「ヒヒィン!?」
ロックボアとワイルドホースの身体から鮮血が舞い、地面に這いつくばる。モンスターの前には弧を描くように嗤っている島田さん。彼の手には、死神が使うような大きな鎌を持っていた。
一瞬の出来事だった。収納から
「ブゴオ!」
「危っぶなっ」
驚愕して余所見をしていたら、オークから攻撃されてしまう。ギリギリ躱し、火炎剣でオークを斬り倒すと、近くにいるモンスターの所へ行こうとする。だがその瞬間、身体がヒールに包まれた。何故怪我を負っていないのにヒールを使ったのだろうかと疑問を抱いていたら、近くにいたモンスターが島田さんの所に殺到する。
何で俺を無視して島田さんの所に行くんだ?
(そうか、
回復スキルを使うと、モンスターのタゲを取ってしまうと聞いたことがある。だからモンスターは俺を無視して島田さんを襲いに行っているんだ。
やばい、いくら島田さんでもあの数に襲われたらひとたまりもないだろう。そう焦って助太刀に向かうとするも、彼は手助けなんか必要ないほどモンスターを蹴散らしていく。
「ヒヒッヒヒヒヒ!!」
細目を薄く開き、不気味な哄笑を上げ、クルクルと器用にデスサイスを振り回して次々とモンスターを斬り殺していく。モンスターの鮮血を浴びて神官が真っ赤に染まるが、モンスターが死ぬとポリゴンとなって血も消える。だけどまた新しい血で服を染める。
その姿は神聖な神官ではなく、邪悪な殺人鬼のようだった。
あの穏やかで優しそうな島田さんが、こんな風に狂ってしまうなんて……。
驚愕で足が止まってしまうが、俺を襲うモンスターはもういない。一匹残らず島田さんに斬殺されてしまったからだ。
(あの人も……ダンジョン病なのか!?)
自分の唇に着いたモンスターの血を舌で舐めとる島田さんに、俺は恐怖を抱いたのだった。
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