第38話 バフスキル



 GW二日目の日曜日。

 灯里が作ってくれた朝ごはんを食べ、テレビを見ながらゆっくりした後、電車を乗り継いで東京タワーへ向かう。ギルドに到着すると、昨日に劣らないほど賑わっており、混雑していた。


 集合場所であるエントランスの待合室に行くと、既に五十嵐さんと島田さんが待っている。

 おはようございます、今日はよろしくお願いしますと四人で挨拶し、早速大部屋に向かう。


 装備を受け取り更衣室で着替えると、島田さんの格好が気になった。群青色をベースとした、金色の縦線が入った神官服。格好良いですねと褒めると、彼は照れながら「これ、妻の手作りなんですよ」と言ってくる。


 ダンジョン産の装備を作ったのか!?と驚いたけど、どうやらただのコスプレらしい。奥さんが元コスプレイヤーで、衣装を作るのが趣味で作ってもらったんだとか。意外と見た目を気にする冒険者はいて、服の中にダンジョン産の防具を着てその上から衣装を着ていたりするそう冒険者は少なくないようだ。

 どうりでYouTubeの冒険者達は、格好良い服を着ているなと感心する。陰でそういう努力をしていたんだな……。


 灯里と五十嵐さんと合流し、長蛇の列に並んで十分ほど待つと順番がくる。四人で自動ドアの前にいき、四層と頭に浮かばせながらみんなで自動ドアを潜り抜けた。


 やってきたダンジョン四層。

 午前中は四層でヒーラーがいる立ち回りを練習して、慣れてきたら午後から五層に挑戦することになっている。


「それではみなさん、傷ついても僕が治しますので思いっきり戦っちゃってください」


「はい、よろしくお願いします」


 探索を開始し、モンスターと遭遇する。

 五十嵐さんが前に出て挑発スキルを使うと、背後にいる島田さんもスキルを発動した。


「“加速ソニック”、“防護プロテクション”」


「おお!?」


 島田さんがスキルを発動した瞬間、俺の身体が青色とオレンジ色に淡く発光する。身体が軽く感じた。凄いな……これが付与バフスキルの恩恵なのか。

 自分の状態に驚きながら、モンスターに突っ込む。やばい、今までよりも断然速く動けるぞ!


「はぁ!!」


「ゲヒャ!?」


 ゴブリンに連続の斬撃を繰り出す。足が速くなっただけでなく、剣を振る速度も若干増している。あっという間にゴブリンを倒してしまった。バフスキルをしてもらうと、こんなに戦闘が楽になるのか。ドーピングってこんな感じなのかな、とふと思った。


「ふっ!」


「キュウウ……」


「……ッ」


 灯里も速射でホーンラビットとスライムを倒している。調子が良いみたいだ。それに対して五十嵐さんは微妙に不満気な表情を浮かべている。何か気に入らない事があったんだろうか?

 調子が良い俺と灯里は、魔術やアーツを使わずにモンスター達を全滅させた。一度集まり、俺と灯里が島田さんを褒めちぎる。


「凄いです島田さん!身体が軽く感じました!」


「私もです!いつもより調子が良くて、集中できました」


 バフスキルの力を体感した俺は、改めてヒーラーの有用性を理解できた。バフスキルだけでもお釣りが出るくらい役立つのに、回復も出来るんだもんな。そりゃ人気職なだけはあるよ。


「ははは、それは良かったです。でも僕はヒーラーとして普通の事しかしてませんから、そんなに褒めなくてもいいですよ」


 謙遜する島田さんに、五十嵐さんが浮かない顔で伝える。


「島田さん、申し訳ないのですが私にプロテクションは使わなくていいです」


「えっどうしてですか?何か気に入らない事とか……」


「その……防御力が上がってしまうと、全然気持ちよくなくなってしまうというか……まあ私事なので。バフは許斐さんと灯里さんに集中させてください」


「は、はぁ……分かりました」


 五十嵐さんの要求に、あまり意味が分かってないように頷く島田さん。

 俺は彼女を見ながら、全くこの人は……と呆れていた。隣を見ると、灯里もはぁとため息を吐いている。

 流石五十嵐さん……ぶれねぇなあ。


 それからもモンスターと戦い連携を確認していき、お昼頃になると結界石を使用して昼食を取ることにした。

 お昼ご飯は灯里の手作り弁当だ。ちゃんと五十嵐さんと島田さんの分も作ってきていて、抜かりない。だけど島田さんも奥さんの手作り弁当を持ってきていた。それを見て、五十嵐さんがず~んと落ち込んでしまう。


「皆さん凄いですね……私は料理スキルは皆無なので羨ましいです」


「じゃあGW中に一緒に料理しませんか?私が教えますよ」


「灯里さん……ありがとうございます。お言葉に甘えて教えていただきます」


 彼女達のやり取りを眺めていた島田さんが微笑ましそうに「仲が良いんですねぇ」と言いながら、続けて尋ねてくる。


「皆さんはパーティーを結成して長いんですか?」


「一か月前に灯里とパーティーを組んで、それからフリーの五十嵐さんに入ってもらったんです」


「へえ、そうだったんですか」


「島田さんは冒険者は長いんですか?」


「そうですね~、僕は一年前ぐらいにやり始めたかな。知り合いが居なかったから最初は一人でやって、レベルが上がってからはフリーになって色々な人達とパーティーを組んでいたよ」


「固定パーティーには入らなかったんですか?」


 灯里が尋ねると、島田さんはう~んと困った風に後頭部をかく。彼曰く、固定パーティーを組んでもすぐに解雇されてしまうようだ。何度かそれを繰り返して、面倒だからフリーでやっていくことにしたみたい。

 と、今度は五十嵐さんが質問する。


「失礼ですが、奥様は冒険者にならなかったのですか?」


「妻はファンタジーとか二次元は大好きなんですけど、運動音痴と戦うのが恐いから冒険者はならなかったなぁ。僕がダンジョンに行ってる間は、同人誌を描いていたり友達と聖地巡礼したりしていますよ。僕はダンジョンが楽しいから、妻に断ってフリーで冒険者をしているんです」


 そうだったのか。てか奥さん凄いな。元コスプレイヤーで衣装も作れる上に同人誌も描いているのか。話を聞いていると、夫婦仲が良さそうで少し羨ましい。俺は結婚願望とかはなかったけど、もし結婚するなら幸せな家庭を築きたいな。


「ん? どうしたんですか士郎さん。私の顔に何かついてます?」


「ごめん、なんでもないよ」


 どうやら俺は灯里のことをじっと見つめていたようだ。やっぱり、無意識の上に意識してしまっているんだろうか。特に今は、灯里と同居しているしな。

 いや、何を馬鹿な事を言っているんだ許斐士郎よ。お前は二十六歳で灯里の保護者だろーが。女子高生の彼女をそういう対象で“見てはいけない”だろう。

 うん、気をつけよう。


「ごちそうさま、今日も美味しかったよ」


「ごちそうさまです。灯里さんの料理は最高でした」


「えへへ、そんな褒められると照れるなぁ」


 昼休憩を終えた俺達は、階段を見つけて五層へと向かったのだった。

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