第40話 パーティー解消?

 



「うわーーーー!またやってしまったああ!ごめんなさいごめんなさい!」


「「…………」」


 人格が変わったように大量のモンスターを血祭に上げた島田さんは、土下座する勢いで謝ってくる。そんな彼の反応に俺と灯里はどう対応すればいいか困惑していると、深いため息を吐いた五十嵐さんが提案した。


「一先ずダンジョンから出ましょうか。話はその後です」


 確かにこんな所で悠長に話をしていたらまたモンスターに襲われるかもしれないし、五十嵐さんの言う通り一度現実世界に戻った方がいいだろう。未だに頭を下げている島田さんを連れ、俺達は自動ドアを潜って現実世界に帰った。



 ◇◆◇



 現実世界に戻った俺達は、私服に着替えて装備を預け、ギルド内にあるカフェテリアで休憩していた。ここでご飯を食べる訳ではなく島田さんの話を聞くだけなので、みんなコーヒーしか頼んでいない。

 裁判に立たされている罪人のように暗い顔を浮かべている彼に、改めて問いかけた。


「それで島田さん、さっきのはいったい……」


「簡単に言うと、ダンジョン病なんです。実は僕、モンスターを斬ると興奮してしまって我を忘れてしまう時があるんです……」


「じゃあ、さっきのも?」


「はい……ロックボアとワイルドホースの肉を斬った瞬間気持ち良くなってしまい、もっと……もっとと、気付いたらあの場面でした。怖がらせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 もう一度頭を下げて誠心誠意謝る島田さん。こんなに物腰が低く真摯な人が、あんな風に変わってしまうなんて未だに信じられないな。


 詳しく話を聞くと、最初はそんな風になる事はなかったんだけど、モンスターを斬っていくうちに肉を断つ感覚が気持ちよくなってしまい、やめられなくなってしまったそうだ。自分自身が恐くなってダンジョンを避けていたのだが、中毒症状みたいのが出て我慢できず再びダンジョンに戻ってきてしまったらしい。中毒症状を抑えるため、今は定期的にダンジョンに潜っているそうだ。


 彼の話を聞いて、ダンジョン病の恐ろしさを改めて実感した。ここまで精神を侵してしまうなんてヤバ過ぎるだろう。五十嵐さんもスイッチが入るとヤバいけど、それでもしっかりとした自我を持っている。だけど島田さんの場合は、一度スイッチが入ると止まらなくなってしまうらしい。

 他人事ではないと思った。俺と灯里も、五十嵐さんに注意されなければダンジョンの魔性に取り憑かれて彼のように重度のダンジョン病になってもおかしくはなかった。改めて、気をつけよう。


「あの~、やっぱりパーティーは解消ですよね?」


「えっ?」


「いや、ほら……こんな危ない奴とは組めないですよね?実は昨日もやらかしてしまって、パーティーの人から解雇を言い渡されてしまったんです」


 落ち込み気味に尋ねてくる彼に対し、俺と灯里は困惑して顔を見合わせる。

 確かにあの時の島田さんは狂気染みていた。でもそれまではバフスキルやヒールで凄く助けられたし、一緒に探索していても不快ではなかった。俺的には自分より年上の男性が居てくれて精神的にもゆとりが持てたし、彼の力がなかったら五層攻略も不可能だろう。


 ヤバい人なら五十嵐さんで慣れてるし、俺はまだパーティーでもいいと思うんだけど。その考えを伝える前に、険しい顔を浮かべる五十嵐さんが島田さんに問いかける。


「島田さん……パーティーの冒険者も斬っていますね」


「えっ!?」


「……はい」


 五十嵐さんに聞かれて、島田さんは白状したように首を縦に振る。まさか、モンスターだけではなく味方の人間も斬ってしまっているのか!?


「昨日、ヒーラーが一日でパーティー解消と聞いた時、疑問に思って貴方の過去のダンジョンライブ動画を拝見いたしました。確認したところ、一度だけパーティーのアタッカーの腕を斬り飛ばしています」


「ま、マジか……」


「故意ではなく事故だったので大袈裟にはなっていませんが、犯罪一歩手前です。ダンジョンでは常に動画が回っているので犯罪行為をすればすぐにバレてしまいますから、ダンジョンで犯罪しようとする冒険者はいません。だけど仲間内のフレンドリーファイアは起きてしまう事もあります。そうした場合はしょうがないと許されるでしょう。ただ島田さんの場合は精神に異常をきたしていて、このままでは捕まってしまう可能性もあります。これは同じダンジョン病者であり、多くのダンジョン病者を見てきた私からの意見ですが、島田さんはカウンセリングをした方がいいと思います」


「…………そう、ですよね。僕もそうした方が一番だと分かってはいるんです。ただ、そうするともうダンジョンには入れないと思って踏ん切りがつかなかったんです。元々は妻の影響でファンタジーが好きになって、ダンジョンの世界観も大好きだから、冒険者をやめるのが怖かった。でも……そろそろ潮時ですよね」


「島田さん……」


 そうだよな。みんな最初はダンジョンの世界に憧れて冒険者になったんだ。彼の場合は、たまたまモンスターを斬る感覚に心地良さを覚えてしまった、いわば被害者だ。五十嵐さんの言う通り、手遅れになる前にカウンセリングをした方がいいのかもしれない。

 けどそれでは、今までの島田さんの努力も全て無に帰してしまう。よく考えて、俺は口を開いた。


「病ってことは、治せるって事ですよね。なら島田さん、一緒にダンジョン病を克服していきませんか?」


「えっ?」


「モンスターを斬る感覚が楽しんでしまうのは仕方ないと思うんです。俺だって、たまにアドレナリンが出まくってモンスターと戦うのが楽しくなってしまう時がありますから。なのでせめて、自我を失わないようにしましょう。そうすれば、普通の冒険者としてやっていけますよ」


「い、いいんですか!?」


「はい。それに、今の俺達にはヒーラーとしての島田さんの力が必要ですから」


「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」


 島田さんは俺の手を強く握って、何度もお礼を告げてくる。年上の男性にこんなにへりくだられると困ってしまうな。すると、五十嵐さんが俺に問いかけてきた。


「いいんですか?もし彼が暴走した場合、一番危険に晒されるのはアタッカーの許斐さんなんですよ」


「う~ん、まあ大丈夫でしょ。俺、一度ホーンラビットに殺されてるし。五十嵐さんので慣れてるからもう慌てないと思うし、アタッカーの俺が剣で負ける訳にはいかないよ」


「許斐さんがいいなら……私はもう何も言いません」


「それならよかった。灯里はどうだ?」


「私は……ちょっと心配ですけど、島田さん悪い人じゃないし、もう少し一緒にパーティーでも大丈夫です」


「そっか、ありがとう。という事で島田さん、これからもよろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます」


 全員の意見もまとまったところで、明日またダンジョンに行く約束をして解散することになった。

 五十嵐さんはこの後一人でイベントに向かうみたいだけど、俺と灯里は今日は帰ることにした。昨日充分楽しんだし、祭りはまだ始まったばかりだからな。遊んでばっかじゃバテてしまう。


 帰る途中で牛丼を買い、家について食べる。

 風呂に入った後は灯里と一緒にリビングでテレビを見ながらくつろいでいた。やはりGWのニュースが多くて、とくにギルドのイベントなどが放送されている。もしかしてテレビに写っているかもしれないと、灯里と一緒に探したが残念ながら写ってなかった。

 そろそろ寝ようかという話になった時、真剣な顔を浮かべる灯里がこう言ってくる。


「士郎さん」


「ん、どうした?」


「もし、動画のように島田さんが士郎さんに斬りかかろうとした時は、私があの人を殺してでも止めますから」


「……」


「もう二度と、士郎さんは殺させません」


 覚悟を決めたような声音で宣言する灯里の頭に手を置き、「ありがとう」と言って、


「そんなに心配しないでよ。大丈夫さ、島田さんもなんとかなるって」


「ふふ、やっぱり士郎さんって優しいですよね。もう寝ますね、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 俺は自室のベッドに潜って、さっき灯里と一緒に見た島田さんのダンジョン動画を思い出す。動画の中の島田さんは気が狂ったように暴れていて、仲間の一人の腕を斬り飛ばしてしまったけど、あれは完全な事故だ。決して故意ではない。

 俺達が強くなるには、彼の力が必要だ。毒を食らわば皿まで、とまではいかないけど……島田さんは必要な存在だ。それに、ダンジョン病で苦しんでいる彼を助けたい。


(大丈夫、俺ならやれるさ)


 心の中で気合を入れた俺は、そのまま眠りについたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る