第36話第 五層

 


 五層にやってきたが、景色は今までと変わらない。

 だけどモンスターの種類は増えている。ダンジョンものではゴブリンとスライムに次ぐポピュラーな豚型モンスターのオークや、馬のワイルドホース、針状の毛で覆われているハリモグン。その他にも新しいモンスターが追加されていた。


「前方にオーク2、右方向にワイルドホース1、ウルフ2、左方向にハリモグン1」


「弾かれた!?」


 灯里が先制攻撃をハリモグンに仕掛けたが、放った矢は針の鎧に弾かれてしまう。あの針、相当硬いぞ。

 プロバケイションを発動する五十嵐さんの横を過ぎ去り、オークに接近する。近くで見るとやはり迫力があるな。身長は俺より小さいが、身体が大きく腹も出ているから自分よりも大きく見える。


「ブゴッ!」


「はああ!」


 オークのフックを避け、カウンターに斬撃を浴びせる。肉を裂くと鮮血が飛び散るが、オークは全く怯んでいない。浅かったか、それとも耐久力があるのか。ならこれならどうだと、左手を向け至近距離で火炎を放つ。

 ブヒイイイと悲鳴を上げるオークの腹は焦げているが、これでもまだ耐えている。トドメを刺そうと踏み込もうとしたその時、ワイルドホースとオークを抑えている五十嵐さんが「危ない!」と叫んだ。


 その声に反応して身を翻すと、飛びかかってきたハリモグンとすれ違う。

 危なかった……五十嵐さんが注意してくれなかったら直撃していたかもしれない。


「痛っつ」


 不意に左太ももに痛みが走り、何だと視線を向けると、太ももに針が刺さっていた。この針ってハリモグンの針か?躱しきれずに当たってしまったのだろうか。掠っただけで刺さるのかよ。

 今すぐ針を抜き取りたい衝動にかられるが、そんな暇を許してくれない。突進してくるオークを横にステップして回避するが、チクチクした痛みが動きと思考を低下させる。


 灯里はウルフを相手にしている。ここは自分の力で乗り切るしかないだろう。再び飛びかかってくるハリモグンに火炎を放って牽制し、今度はオークに左手を向ける。いつまでも時間はかけていられない。


「ギガフレイム!」


「ブヒャアア!!?」


 ファイアより威力のある豪炎を放つと、オークは絶叫を上げて消滅した。ハリモグンは未だに燃えていてもがき苦しんでいるが、接近して攻撃する事を恐れた俺はもう一度火炎を放ってトドメを刺す。

 すぐさま状況を確認すると、灯里は二体のウルフを倒しきってワイルドホースに攻撃していた。俺は残るオークに近寄り斬撃を繰り出す。


(なにか……切れ味が悪いぞ!?)


 さっきオークを斬った時よりも、肉を裂く時に抵抗があった。なんとか振り抜けたが、何故切れ味が落ちてるのか分からず困惑してしまう。刺さっている針のせいで回避力も落ちていたので、オークの拳打をくらってしまう。バックラーで受け止めはしたが、今までのモンスターの中で一番力があり身体が浮いてしまった。


「くっ、ギガフレイム!」


 状況を打開すべく豪炎を撃ち、弱っているところを剣で胸を突き刺す。なんとか倒した俺は五十嵐さんの方を確認すると、灯里がアーツのパワーアローでワイルドホースの頭を撃ち抜いていた。

 モンスターを倒しきった俺はほっと胸を撫でおろし、太ももに突き刺さっている針を引っこ抜く。


「痛てて……」


「大丈夫ですか!?」


「うん、少し痛いけど大丈夫だよ」


「これを塗ってください。その程度の怪我なら治ります」


「ありがとう」


 心配する灯里を安心させるように声をかけ、五十嵐さんから塗り薬を貰う。それを傷口に塗ると、針穴が一瞬で塞がり痛みが引いた。どうやらこの塗り薬は回復アイテムのようで、HPも回復するらしい。この塗り薬は一つ二千円とかだから、ポーションよりは回復量は劣るけど安いため多くの冒険者が使っている。


「やっぱり五層のモンスターは強いな。一体倒すだけで一苦労だよ」


「わかります……私もウルフを中々倒せなくて慌てちゃいました」


「それに、気のせいかもしれないけど剣の切れ味も落ちていたし」


 鋼鉄の剣を眺めながらそう言うと、五十嵐さんが「気のせいではありませんよ」と説明してくれる。


「剣の切れ味が落ちたのはオークの肉を斬ったからでしょう。皮脂が剣に付着してしまったんです。モンスターは倒すとポリゴンとなって消滅し血痕なども完全に消えますが、モンスターによっては身体の一部が残っていたりします。ハリモグンを倒しても針が刺さっていたままだったり」


「へえー、モンスターにはそういう仕様があったんだ」


「そういえば、そんな話聞いたことがあります」


 モンスターの仕様に感心してしまう俺と灯里。では脂のついた剣はどうすれば元に戻るのかと聞いたら、紙や布などで拭けばすぐに取れるらしい。

 早速収納からリュックサックを取り出しティッシュを出して剣を拭うと、あっさり油が取れてしまった。作業を終えると、五十嵐さんが難しい表情を浮かべて話をしてくる。


「正直に言いますと、今のパーティーで五層は厳しいです。許斐さんと灯里さんは適正レベルではありますが、モンスターの数も多いので対応が間にあってません。その負担を魔術やアーツで補ってはいますが、MPの消費が激しくなってしまいます。そうなってしまいますといざという時に使えなくなり死ぬ危険も増えてくるでしょう」


 そう言われると、五層に来てからギガフレイムやパワースラッシュを連発している気がする。ステータスを開いてMP残量を確認すると、残り僅かとなっていた。

 危ない危ない……五十嵐さんの言う通り、このまま戦闘していたらMPを使い切って殺される可能性があった。MP管理はちゃんとしなきゃな。


「ダンジョンを探索する場合、パーティーの人数は五人が最適と言われています。タンク1、アタッカー3、ヒーラー1の攻撃型パーティー。またはタンク2、アタッカー2、ヒーラー1の安定型パーティーなど、五人編成は優れています。最低でも四人は必要でしょう。階層の適正レベルより大幅にレベルが上だったら三人でもいけますが、そうでないなら四人にするべきです。私見ですが、このパーティーに必要なのは回復役ヒーラーです。怪我を負って一々回復アイテムを使うのはコスパが悪いですし、ヒーラーがいるだけで戦闘の安心感が違います」


「ヒーラーかぁ……」


 五十嵐さんの話を聞き、少し考えてみる。

 今まで三人でやってこられたのも、レベルが高く経験豊富な彼女がいたからこそだ。これが俺と灯里と同レベルの人だったら、きっと四層ですら通用していなかっただろう。

 五層のモンスターは四層よりさらに厄介で強くなっているし、怪我を負うリスクも増している。さっきのハリモグンの怪我だけでも戦闘に支障が出たし、これが骨折レベルとかだったら戦闘を継続していられないだろう。その度に高いポーションを使いたくもないし。


「灯里はどう思う?」


「私は……この三人でもいけると思ってた。だけど五層のモンスターは手強くて、後ろで矢を撃ってる私と違って前衛の士郎さんや楓さんは怪我をする頻度が高くなるよね。そう思ったら、やっぱり私もヒーラーが必要だと思う」


 冷静に分析して話す灯里。それを聞いて五十嵐さんも微笑んでいる。

 よし、これで方針は決まったな。


「今日は五層の探索を諦めて、四層に戻ろう。ダンジョンから戻ったら、フリーのヒーラーを募集しようか」


「はい!」


「それでいきましょう」


 方針を固めた俺達は、極力モンスターとの戦闘を避けつつ四層への下り階段を探し、四層へと戻る。

 昼休憩を取ってから、四層のモンスターと戦闘を繰り返し経験値を得ながら、ドロップした魔石やアイテムを拾い、日が沈んできた頃にダンジョンを後にしたのだった。

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