第32話ゴブリンキング
「プロバケイション!」
十歩ほど前に出た五十嵐さんが挑発を使う。すると、周りにいた多くのゴブリンが彼女に殺到する。彼女は囲まれないように移動する立ち回りをしつつ防御していると、大盾を光り輝かせた。
「シールドバッシュ!」
「「ゲラア!?」」
大盾の突きにより吹っ飛ばされた三体のゴブリンは、一撃で消滅した。その威力に驚愕してしまう。
シールドバッシュは盾役でも使える
「ふっ!」
だけど、全部のタゲを取れる訳ではない。俺と灯里に襲ってくるゴブリンもいて、灯里は矢を放っていた。打ち漏らしたゴブリンを俺が相手をし、なるべく早く殺す。
五十嵐さんがいて本当に良かった。彼女も攻撃に参加してくれることで、あっという間にゴブリンの数が減っていく。だけどそんな彼女を邪魔に思ったのか、愉しそうな顔で静観していたゴブリンキングが跳ねた。
「ゲララララッ!!」
「ぐっ!」
特大ジャンプし、上から錆びた鉈を振り下ろす。大盾で受け止める五十嵐さんは、苦悶の表情を浮かべた。
「ゲララッゲララララ!!」
「「ゲヒャ!」」
ゴブリンキングが俺と灯里を指して何か言っていると、残っているゴブリンが五十嵐さんを無視して一斉に俺達の方へ駆け出してくる。それはまるで、上司が部下に指示しているような光景だった。
信じられない……モンスターに意思があるのか?いや、百歩譲ってあったとしても、あんな理知的な行動を取れるのか?
モンスターの統率行動に驚いてしまうが、そんな場合ではない。五体のゴブリンが、俺と灯里に向かって突撃してくる。
「ファイア!」
「フレイムアロー!」
俺と灯里は同時に火炎攻撃を撃ち込む。火炎はゴブリンたちを巻き込み、火矢は一体の腕に刺さった。だけど一体も倒せていない。
灯里が急所を外すなんて珍しいと横目で確認すると、手先がカタカタと震えていた。
それを見て、彼女は恐怖に支配されてしまっている事が分かる。無理もない、突然規格外の化物が現れて、大群のゴブリンに迫られているのだから。
死んでしまうかもしれないという恐怖は、自分の意思に反して抗えない。
そんな灯里とは逆に、俺は意外と落ち着いていた。多分、一度死を体験したからだろう。ゴブリンが恐くないと言えば嘘になるけど、身体が動かなくなるという事はなかった。
そんな事より、灯里を死なせてしまう事のほうが百倍怖い。
「灯里、動けるか!?」
「う、うん!」
「下がりながらとにかく矢を撃ってくれ!」
灯里に指示を出すと、突進してくる二体のゴブリンに対し俺もバックラーを掲げて突進した。衝突すると、二体のゴブリンが後ろにひっくり返る。俺が押し勝ったのは、レベルが上がり攻撃力が上がっていたからだ。こういう風な力技は今までやってこなかったけど、興奮しているのか身体が勝手に動いた。案外いけるもんだなと思いながら、倒れているゴブリンにトドメを刺す。
『レベルが上がりました』
「ギャア!」
「ぐっ」
側面から腰にタックルを喰らい、俺とゴブリンが揉みくちゃに転がる。後ろから「士郎さん!」と灯里が心配そうな声を上げるのが聞こえ、「退けよ!」とゴブリンの腕を掴んで荒っぽく投げ飛ばした。
灯里へ二体のゴブリンが接近しているのを見て、慌てて立ち上がる。後退しながら矢を放っているが当たらず、追いついたゴブリンが灯里にタックルした。
「きゃあ!!」
「ゲヒャ!」
倒れ込んだ灯里にのしかかり、殴打しようと腕を振り上げた。
殴られる恐怖に身体が硬直し、反撃できない。
「灯里に手を出してんじゃねえよ!!」
間に合わないと察した俺は咄嗟に剣を投げる。【剣術3】のお蔭なのか、剣はクルクル回転しながらゴブリンの背中に突き刺さった。すると灯里はゴブリンの股を蹴り上げ、悶絶するゴブリンから抜け出して背中の筒から矢を取り出し直接喉に突き刺した。
さらに襲ってくるもう一体のゴブリンを鋭い眼差しで見据え、顎を蹴り上げて身体を浮かせると、「はっ!」と正拳突きを腹に叩き込む。くの字になって咳き込むゴブリンの背後に回り、首を絞めてそのまま骨を折った。
す……すげえ……。
何だ今の洗練された体術は……まるで格闘漫画を見ているような気分だったぞ。
そういえば灯里、色々と鍛えたって言ってたけど、体術も習ってたのかな。
「大丈夫か!?怪我は!?」
「大丈夫です。それより士郎さん、ありがとうございました。士郎さんが助けてくれなかったら、何も出来ず殴られてました。でももう大丈夫です、目は覚めました。恐怖で後れを取ることはありません」
「そ、それならよかった」
灯里の目は力強く、それでいて鋭く、まるで
俺としてはゴブリンより今の灯里の方が恐いよ……。
女子高生に脅える情けない俺は投げた剣を拾い、灯里も落としてしまった弓矢を拾う。
周囲を確認すると、生き残っているゴブリンはいなかった。
一先ず安全を確保したのち、五十嵐さんの様子を窺う。
「ゴラアアアアアッ!!」
「アハハハハハハ!!いイ!!イいですよ!素晴らし攻撃です!!120点あげますよ!!あーキッツ!!でもこれがイイんです!!この痛みが、この苦痛が!最っ高に気持ちいい!!もっと下さい、さあもっと!!」
(うわぁ……すげーハイになってるよあの人……)
ゴブリンキングと互角の戦いを繰り広げている五十嵐さんは、大量の汗を垂らしながら狂ったように叫んでいた。恍惚とした表情を浮かべていて、危険な薬でもやっているんじゃないかと疑ってしまうぐらいハイになっている。
自分のことをダンジョン病と言っていたが、確かにあれはヤバい。ああなる前に、注意してもらえてよかった。もしかしたら俺も灯里も、あんな風に戦闘狂になっていたかもしれない。
それにしても五十嵐さん凄いな。あんな怪物相手と対等に戦えるなんて、どんだけ強いんだよ。
だけど、防御しているだけじゃ勝てない。彼女の鎧は至る所が凹んでいて、攻撃を受けてしまった事が見て分かる。このままではじり貧で、体力が尽きた瞬間に殺されてしまう。
――どうにかしないと。
そう考えていたのは、灯里も同じだった。
「士郎さん、私達も!」
「ああ、いこう!」
正直に言えば、あんな怪物に立ち向かったところでどうにか出来るとは思ってない。だけど、このまま五十嵐さんを見捨てて逃げるのだって絶対に出来なかった。
震える足をガンと叩き、勇気を振り絞って駆け出した。
「パワースラッシュ!!」
「ゲラッ!?」
五十嵐さんに夢中になっているゴブリンキングの背中に斬撃を浴びせる。ダメージは与えたが、効いているのだろうか?渾身の一撃がたったの1とか2とかだったら恨むぞ。戦いの邪魔をしてきた俺に振り返るが、その瞬間側頭部に矢が当たった。矢は刺さらなかったが、ゴブリンキングはうざったそうに頭を振って遠くにいる灯里を睨む。
「許斐さん、灯里さん!?まだいたんですか!?私の事はいいですから早く逃げてください!」
「そんな事できる訳ないだろ!仲間を見捨てることなんて、俺達は絶対にしない!」
「許斐さん……」
「ゲララララアアア!!」
ゴブリンキングが吠える。
目の前で咆哮を受けた俺は、身体が硬直してしまう。心臓にナイフを突き立てられたかのように、恐怖がぶり返してきた。
そんな……どうなってんだこれ!?全然身体が動かないぞ!?
やばいやばいやばい!
隙だらけの俺に、ゴブリンキングが鉈を掘り下ろしてくる。
「シールドバッシュ!」
「ゲラッ」
脳天をかち割られる前に、五十嵐さんが大盾で小鬼王の身体を押し飛ばした。
あ……危なかった。五十嵐さんが助けてくれなかったら確実に死んでいた。
「プロバケイション!ファイティングスピリット!」
彼女が何かのスキルを発動した瞬間、心を蝕んでいた恐怖が柔らいだ。
その事に安堵していると、ゴブリンキングに注意を払いながら教えてくれる。
「心を強く持ってください。最上種の中には『威嚇』スキルを持っていて、レベル差があると怯んでしまいます。今私が戦意高揚スキルを発動したので多少和らいでますが、少しでも恐怖を抱くとまた怯んでしまいます」
「分かった」
「それと、奴の攻撃はまともに受けては駄目です。私のレベルと防具だからなんとかなっていますが、許斐さんだと一撃でも致命傷になりますから」
「……なんとか頑張るよ」
「……勝ちましょう。私達なら出来ます」
怖気づく俺を元気づけようと、五十嵐さんが勇気を与えてくれる。
ははっ、マジでこの人歳誤魔化してないよな。とても俺の後輩とは思えないぞ。頼もしすぎる!
「灯里さん!沢山撃っては駄目です!タゲを取らないよう、許斐さんのサポートをしてください!」
遠くで弓を構えている灯里に指示すると、五十嵐さんは自分からゴブリンキングに迫った。
最初の余裕そうだった顔を怒りに変貌させ、本気で殺しにきたゴブリンキングが突撃する。
相撲のように激突すると、反動で二人は身体を逸らした。
俺もすぐさま接近し、足首目掛けてパワースラッシュを放つ。それが効いたのか、ゴブリンキングはガクッと膝を崩した。
だがすぐ踏ん張ると、俺の頭目掛けて鉈を斜めに振るってくる。身体を後ろに倒すことで紙一重で躱したが、前髪がハラハラと舞い散った。
危なかった……【気配探知1】と【回避1】がなかったら絶対に避けられなかった。だが安心している場合でもない。体勢が崩れている俺に追撃を仕掛けてくる。
「フレイムアロー!」
「プロバケイション!」
頭部に火矢を受け、挑発を受けたゴブリンキングは俺への攻撃を中断して五十嵐さんに敵意を向ける。
一度距離を取って呼吸を整えてから、また攻撃を仕掛ける。それを何度も繰り返しているが、ゴブリンキングが倒れる様子はない。ダメージは与えられているが、やはり俺と灯里の攻撃力では決定打にならないのだろう。
そして最初に音を上げたのは、俺だった。
体力の消耗で、攻撃する時に踏ん張れずよろけてしまう。そんな俺に、ゴブリンキングが裏拳を放ってきた。
「ゲラアアア!!」
「あがっ!!」
「「士郎さん!!」」
咄嗟に左腕のバックラーで受け止めたが、凄まじい衝撃に吹っ飛ばされ、無様に地面を転がった。
(痛っっったああああああああああああああ!!!)
余りの痛さに心の中で泣き叫んだ。
バックラーはひしゃげ、ポリゴンとなって消滅してしまった。左腕は曲がっちゃいけない方向に曲がっていて、あばらも何本か折れてるだろう。【物理耐性2】を取得していなかったら、痛みで意識を失っていただろう。最悪ショック死していたかもしれない。取っておいて本当に良かった。
(って、喜んでる場合じゃない!)
俺が吹っ飛ばされた事で、五十嵐さんと灯里が激怒して猛攻している。
少しの間はいいが、あれでは体力の消耗が早くなってしまう。それに連続攻撃している灯里に、敵意が向いてしまうかもしれなかった。
早く戦線復帰しなければならない。だけど左腕が使い物にならない俺が出たところで邪魔になってしまう。
(何かないか……何か!!)
ゴブリンキングに有効打を与えられる方法。それを考えていると、俺はふと閃いた。
一縷の望みを抱きながら自分のステータスを確認すると、予感は当たっていた。俺は右手で操作すると、悲鳴を上げる身体に鞭を打って立ち上がる。
剣はもういらない。いや、もう振ることはできない。だから剣を置いて、忍びながらゴブリンキングの背後に接近した。右手を向けると、魔術を発動する。
「ギガフレイム!!」
「ゲヒャアア!?」
俺の右手から離れた特大の火球が、ゴブリンキングの背中に着弾する。奴は絶叫を上げ、背中が焼け焦げた。
効いてる、効いてるぞ!
初めての手応えに喜んでいると、怒声を迸らせながら突進してくる。ヤバい!と真横に身を投げ出してギリギリ躱す。危なかった、今のを喰らっていたら本当に死んでいた。
だけどゴブリンキングは再び突っ込んでくる。動けない俺を守るように五十嵐さんが立ち塞がった。
受け止めるが、じりじりと押されている。鉈はもう持っておらず、怒りに身を任せた獣の攻撃だ。
「フレイムアロー!」
横から飛来した火矢が小鬼王の頭に直撃し、頭部を揺らす。意識を逸らされた間に五十嵐さんがシールドバッシュを放ち、ゴブリンキングの身体を僅かに浮かせた。その最大の好機に俺は懐に飛び込み、右手を奴の腹につける。
そして――、
「ギガフレイム!!」
「ゴアアッ!!」
ゼロ距離で豪炎を叩き込んだ。ゴブリンキングは白目を剥き、口から煙を吐きながら背後に倒れる。
(良かったよ!自分が発動した魔術が自分にダメージを与えない仕様で!)
至近距離で放てば、俺も豪炎に巻き込まれてしまう。だけどダンジョンの仕様で、自分が発動した魔術に本人がダメージを受けることはない。
豪炎を直撃させたのに、ゴブリンキングはまだ死んでいない。頭を押さえながら立ち上がろうとする。そうさせまいと、灯里が普通の矢をこめかみに当てた。彼女のファインプレーを褒め称えながら、俺は奴の身体にのしかかり右手で顔を覆う。
ゴブリンキングは、初めて顔を恐怖に染めた。
これで正真正銘最後の攻撃だ。残りMPもジャストで、次弾は撃てない。
頼むから死んでくれと願いながら、魔術を発動した。
「ギガフレイム!」
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
顔面に豪炎をぶちかますと、ゴブリンキングは絶叫を上げた。
その後だらんと手足を下げると、指先からポリゴンとなって消滅していく。
完全に消滅したのを見届けると、俺はこの言葉を放った。
「はぁ……はぁ……か、勝った」
その言葉を口にした瞬間全身の力が抜け、倒れそうになる。
そんな俺を、横から支えるように灯里が抱き締めてくれたのだった。
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