第31話異常種

 


「ゲヒャア!」


「くっ」


 ゴブリンが横から棍棒を振り落としてくるのをバックラーで防ぐ。直後に正面から飛びかかってきたフォーモンキーを剣で薙ぎ払うと、囲まれないように距離を取った。

 やはり四層のモンスターは三層よりも手強い。それに二対一だと完全に後手に回されてしまう。一体を倒す時間がかかり過ぎている。


 追いかけてくるゴブリンに火炎を放ちながら、現状を打破するためにパワースラッシュを発動しフォーモンキーを一撃で屠った。

 よし、これで一対一の状況に持ち込むことが出来る。今度は俺が攻める番だ。炎に包まれ藻掻いているゴブリンに肉薄し、心臓を目掛けて突き刺す。金切り声を上げながらポリゴンになっていく小鬼を横目に、モンスターを引き付けている五十嵐さんに視線を向ける。


 彼女は二体のモンスターを相手にしていた。その後ろにいるスライムを、灯里が火矢で優先的に屠っている。

 何でスライムを優先しているのかといえば、タンクにとってスライムは天敵だからだ。物理攻撃を持たず身体に引っ付いてくるスライムは、一度とりつかれてしまうと中々引き剥がせない。タンクにとって相性最悪なのだ。だからスライムがいたら、弓術士の灯里が先に駆除している。


 状況を確認した俺は、すぐに駆けだした。

 五十嵐さんにしつこく攻撃しているゴブリンに、横から斬りかかる。一撃では殺せずゴブリンも反撃してくるが、【剣術3】になった俺は剣で受け流したりして、無傷で屠った。そのまま最後のゴブリンも倒し、戦闘は終了となる。


「ふぅ~、お疲れ様です」


「なんとかなったね」


「やっぱり四層は数が多いねー」


 少し疲れたので、俺達は休憩を取った。

 俺達の荷物を五十嵐さんが【収納】空間から取り出して、チョコを食べたり水筒から飲み物を出してごくごくと飲む。戦闘後の飲み物って凄い美味しいんだよな。

 不意に、五十嵐さんが怪訝そうな表情で口を開く。


「少し気になることがあります」


「えっ、なんですか?」


「ゴブリンの数が多い気がします。偶然かもしれませんが、偶然にしても多い」


「そーいえばそうかも」


 五十嵐さんの疑問に、灯里が同意する。

 俺もなんとなく思っていた事だ。四層に来てから何度か戦闘に至っているが、遭遇するモンスターの八割はゴブリンで、またかよ!と会う度に心の中で愚痴を吐いていた。俺達より遥かに経験者の五十嵐さんにこういう事もあるのかと問いかけると、ない事も無いと返ってきた。


「モンスターが出現ポップするのは、完全にランダムです。数も種類もそうです。ですので、同じモンスターが連続でポップする事もあるでしょう。ですが今日は、それにしてもゴブリンに偏り過ぎています」


「 “偶然ではない”パターンってあるのか?」


「ありますけど……こんな低層では聞いたことも――」


「ねえ、あれ見て!」


 五十嵐さんの話を遮り、灯里が大声で遠くを指す。指先を追って視線を向けると、何かがこちらに向かってきた。

 あれは……人だ、冒険者だ。一人の冒険者が、必死の形相で何かから逃げるようにこちらに向かって走ってくる。


「はぁ……はぁ……よかっ、よかった!助けてくれ、俺を――」


 直後の光景に、俺は驚愕した。

 俺達に助けを求めようと手を伸ばしていた冒険者の身体が、真っ二つに斬り裂かれたからだ。


「「――っ!?」」


 凄惨な光景に、喉をひきつらせる。

 冒険者の身体が消え、ポリゴンとなって消滅していく背後に、緑色の怪物が悠然と立っていた。

 身長は俺と同じくらいだけど、腕も胴も太く全身が鋼のような筋肉で、身長よりも大きく見える。骨の首飾りと腰布を身に着け、右手には錆びたなたを握っていた。

 顔は醜悪でゴブリンに似ているが、四角く成長した大人のような形。


(なんだ……アレは!?)


 突然現れた凶悪なモンスターに狼狽していると、五十嵐さんが苦虫を噛み潰したような顔で話す。


「最悪ですっ……あれはゴブリンキングです」


「そんなっ!?ゴブリンキングって確かゴブリンの最上種ですよね!?なんで四層なんかにいるんですか!?」


 怪物の正体がゴブリンキングだと知った灯里が、驚愕しながら問いかける。

 それは尤もな疑問だった。俺もゴブリンキングの存在は知っているし、YouTubeで何度か見たこともあった。


 モンスターには上位種が存在する。

 スライムだったらポイズンスライムやパラライズスライム。

 ゴブリンだったらゴブリンファイターやゴブリンメイジなど、モンスターが進化した姿を上位種と呼んでいた。

 そして上位種の中でも最終段階まで進化したモンスターは、最上種と呼ばれている。最上種のモンスターは名前にキングがつき、その個体の強さは他を圧倒しているのだ。


 だが、ゴブリンの最上種であるゴブリンキングはこんな低層に出現するモンスターではない。十五層以上から稀に出てくるモンスターで、四層で出現するようなモンスターではない筈だ。


 その情報は勿論五十嵐さんも知っている。だけど彼女も、ここに小鬼の王が出現した理由が分からず、ぎりりと歯ぎしりをしていた。


「ダンジョンでは極稀に、異常種イレギュラーと呼ばれるモンスターが生まれる事があります。あれのようにキングモンスターだったり、未発見のモンスターだったりと、災害のようなモンスターです。出現する階層もバラバラですが、こんな低層に現れるなんて今まで聞いた事もない」


「か、勝てるの?」


「無理です。イレギュラーは特別強い個体で、中級以上の冒険者パーティーでなければ太刀打ちできません。なので今すぐ逃げましょう。最悪、私が囮になって時間を稼ぎます」


「そんな事できるか!そうだ、だったら結界石を使おう!時間が経てばどっかに行くかもしれない!」


 五十嵐さんの提案を蹴りながら、別の案を出す。しかし彼女は首を横に振って、


「残念ですがイレギュラーに結界石は通用しません。なので一刻も早く逃げてください」


 そう言って、五十嵐さんは俺達を逃がそうとする。

 だがその瞬間、ゴブリンキングは空に向けて劈くような雄たけびを上げた。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!」


(耳がっ!)


 結構離れているのにもかかわらず、耳元で叫ばれているほどの声量だ。たまらず両手で耳を塞いでいると、五十嵐さんはさらに顔を歪ませた。


「しまった、仲間を呼ばれた!」


「「ゲヒャヒャヒャ!!」」


 刹那、わらわらと大量のゴブリンが現れた。

 パッと見ただけでも十体以上はいて、俺達は囲まれてしまう。これでは逃げる事が出来ない。

 どんどん悪くなる状況に混乱していると、ふぅ~~と深呼吸をした五十嵐さんが声をかけてくる。


「灯里さんはその場でゴブリンを射っていてください。許斐さんは何が何でも灯里さんを守ってください。私は、全力でお二人を守ります」


 その横顔は、何かを覚悟したように力強かった。

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