第26話ダンジョン病

 



 四層のモンスターは、三層までのモンスターより遥かにレベルが上がっている。

 攻撃力や耐久性などの全体の能力値も上がっているし、本当に生き物のようで戦いにくい。生きているから当たり前なんだけど、今までより行動パターンが多くなっているんだ。もし職業やスキルの補正がなかったら、一方的に殺されてしまうだろう。

 それに俺と灯里だけだったら絶対に無理だった。五十嵐さんという経験者がいるから、俺達もなんとか戦えているのだ。


「五十嵐さん、ありがとうございます。俺達だけじゃ四層は絶対無理でした」


「そうですね……この辺りから、三人もしくは四人パーティーが必須になってきます。レベルも10ぐらいは必要ですから、許斐さん達にはまだ早かった気がします」


「で、でも四層だとレベルも上がりやすいし、強くなってる気がします!」


 灯里の言う通り、俺もそれは実感していた。

 三層で安全に倒して経験値を得られるのもいいけど、“なんだか物足りなくなってしまう”。逆に四層でギリギリの戦いをして勝てると、自分がどんどん強くなっていく気がするのだ。実際に、戦えば戦うほどモンスターに適応している気がする。

 そんな風なことを伝えると、五十嵐さんは顔を歪ませた。


「いけない兆候ですね。お二人はダンジョン病になりつつあります」


「ダンジョン病……?聞いたことないな」


「冒険者達が勝手にそう名付けているだけで、実際にある訳ではありません。簡単に説明しますと、ランナーズハイのようなものです。モンスターとの戦いで気分が高揚し、もっとギリギリの戦いを求めるようになってしまいます」


「それって、いけない事なんですか?」


「駄目です。モンスターとの死闘は他では味わいないほどのスリルがあります。中毒と一緒で、ダンジョンに依存してしまうのです。そうなった場合、日常生活では満足出来ずに錯乱してしまう事があるんです。戦争を体験した兵士が、また戦いを求めてしまうような事って聞いたことありませんか?」


 俺はないけど、灯里はあるようだ。もしかしてそういう知識をどこかで知ったのかもしれない。


「ダンジョン病は人間の精神を崩壊させます。精神異常をきたし、日常生活で犯罪を起こした冒険者も少なくありません。だから、お二人はそうなる前に自制してほしいんです。今そうなっているって自覚はありますよね?」


「そう……だな。確かにモンスターとの戦いを楽しいと思ってた。本当は安全に戦わなくちゃいけないのに、いつの間にかギリギリで勝つのが快感になっていた気がする」


「私もです……自分は凄いって、モンスターなんか簡単に倒せるって……」


「自覚さえしていれば大丈夫です。という事で、今日の探索は終わらせて自動ドアを探しましょうか」


 五十嵐さんの提案に、俺と灯里は素直に頷く。

 正直、自分が恐くなった。俺は今まで人を傷つけたりとか、喧嘩さえしてこなかった。だけどダンジョンでモンスターと戦い続けていくうちに、徐々に殺すのが当たり前になっていったんだ。


 見た目が人間に近いゴブリンでさえ、一瞬も躊躇ためらわず殺した。相手はモンスターなんだから別にいいじゃんと言われたらそれまでなのだが、自分の中の倫理観が狂っている気がする。

 冷静に考えてみればギリギリの戦いをしたいって、戦闘狂じゃないか。五十嵐さんに注意されなかったら、犯罪を起こした冒険者のような事態になっていたかもしれない。


(気をつけないとな……)


 俺達の目的は大切な家族を救うことだ。決して、ダンジョンにスリルを求める訳じゃない。

 自分を戒めていると、帰る為の自動ドアを見つける。

 だがその時、突然多くのモンスターに囲まれてしまった。


(多すぎる!!)



 一、二、三……少なくとも七体以上はいる。

 こんなに多くのモンスターと戦ったことはなく、俺と灯里は動揺してしまった。嬲り殺される……そんな想像が脳裏を過った。

 身体が恐怖に縛られ思考が停止する中、五十嵐さんが大きな声を上げる。


「“大丈夫です!私が絶対二人を死なせません!”」


「――っ!?」


 彼女の声に思考が回復する。恐怖で萎えていた弱気が吹っ飛んだ。

 なんだろうこの感覚……不思議と力が湧いてくる!


「プロバケイション!!星野さんはスライムを優先!許斐さんは灯里さんを守ってください」


「「はい!!」」


 挑発スキルにより、モンスターが一斉に五十嵐さんに猛進する。五体以上の突撃を受けた彼女は流石に踏みとどまれず、ほんの少し後退してしまった。


「あはははは!キッツ!50点!!」


 全てのモンスターが五十嵐さんに向かった訳ではない。プロバケイションの効果が及ばなかったフォーモンキーとゴブリンが彼女を無視して襲い掛かってくる。灯里はスライムを倒すために矢を放っている。絶対に後ろに通す訳にはいかない!


「ファイア!ファイア!ファイア!」


 火炎を連発して放つ。だが、二匹のモンスターは死なずにそのまま突っ込んでくる。けど顔や皮膚は焼け爛れて動きが遅い。これなら二対一でもやれる。

 集中を限界まで研ぎ澄まし、ゴブリンの身体に斬撃を浴びせた。ポリゴンになって消滅するのを横目に、四本の腕で殴り掛かってくるフォーモンキーから距離を取る。躱した後は俺から飛び込んで、剣を喉に突き刺した。

 キイイイイイイ!と金切り声を上げ、四手猿は死んでいく。


「くうううううう!!今のタックルは中々良かったですよ!けどまだイケる!60点!ってあああ、そっちに行っちゃ駄目です、プロバケイション!!」


(五十嵐さんはどうしちゃったんだ!?)


 いつも冷静沈着な彼女が、モンスターに攻撃されて何故か奇声を上げている。それもなんだか悶えている感じで、表情が生き生きとしていた。あんな姿、今まで見たことがなくて驚いてしまう。

 って、ぼーっとしてる場合じゃない!早く助けに行かないと!


「スライム全部倒しました!」


「その場でゴブリンに攻撃して敵視タゲを取って!来たら許斐さんが殺してください!」


 言われた通り灯里が矢を放つと、腕に刺さったゴブリンが怒りながらこちらに襲いかかってくる。それを俺が一対一で倒し、その後は同じことの繰り返しで徐々に数を減らしていく。

 そして五十嵐さんが受け持つモンスターが三体になると、俺も前に出て戦いに加わった。

 灯里に支援してもらいながら、残りのモンスターを倒しきった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 連戦で息が整えない。一度にこんな数のモンスターと戦ったのは初めてで、疲労感が半端なかった。

 だけど誰も怪我をしなくてよかった。あれだけモンスターか猛攻を受けていた五十嵐さんも、額に汗をかいているだけで疲れた様子も見せず凛と立っている。

 ははは……凄えなこの人。


「ふぅ……終わりみたいですね。レベルも上がったみたいですけど、今は早く帰りましょう。もう一度来たら、流石にお二人が死んでしまいます」


「分かった」


「はい」


 確かにこんな状態でまた襲ってきたらひとたまりもないだろう。

 会話もせず、俺達は自動ドアに入ってダンジョンを後にしたのだった。


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