第25話スキルとゴブリン

 



 朝目覚めたら灯里の姿はなく、朝食の準備をしていた。

 おはようと言ったらおはようございますと返ってきて、そのやり取りがなんだかぎこちなく、昨日赤裸々に話したからか微妙な雰囲気で、逃げるように洗面所に向かう。

 顔を洗い、髭を剃り、歯を磨いてからリビングに戻ると、テーブルにご飯が用意されていた。

 二人で食べていると気まずい雰囲気も解かれ、いつも通りに会話をする。


 それからゆっくりした後、二人で買い物に行って、帰ってからダンジョンの準備をして、少し早めの昼食を取ってから、俺達はギルドに向かった。



 ◇◆◇



「許斐さん、星野さん、こんにちは。待たせてしまったでしょうか」


「こんにちは!全然待ってないから大丈夫です、ねっ士郎さん」


「そうだな、俺達もさっき来たところだし」


 五十嵐さんとの待ち合わせは十三時。だけど俺と灯里は早めにギルドに訪れていた。五十嵐さんが来たのは待ち合わせ時間より十五分も早いのに、何故か申し訳なさそうにしている。

 まあこの人、きっちりしてるもんな。気にしなくていいよと伝えると、五十嵐さんは俺達をじっと見つめて黙ってしまう。


「どうしたんだ?」


「いえ……なんだか二人の距離が昨日より近いような……」


 不意にそう言われて、ドキっと動揺してしまう。

 確かに今の俺と灯里は昨日のことで少し分かり合えた気がするけど、それをパッと見ただけで見抜けるものなのか?五十嵐さんって本当に優秀なんだなこの人。上司になったらきっと凄いんだろうなーと思っていると、灯里が誤魔化すように口を開いた。


「き、気のせいですよ!早く行きましょう!」


「そうですね、時間も惜しいですし行きましょうか」


 五十嵐さんもそれ以上突っ込まず、俺達はエントランスから正面の通路を歩き、広場に出る。装備の受け取り場所から服や装備を受け取り、着替えてから合流。列に並んで、順番が来るとスタッフについていき、二人の自衛隊が守っている自動ドアの前にたどり着く。


「行こう」


「「はい」」


 俺達は一緒に、漆黒の空間に足を踏み入れた。



 ◇◆◇



 スタートは三層からで、今日の目標はレベルを上げつつ四層に行くことだった。

 探索を始めると、すぐに三体のモンスターと遭遇する。


「プロバケイション!許斐さんはウルフを!星野さんはスライムを!」


「「了解!」」


 五十嵐さんの指示に従い、俺は彼女に突進するウルフにファイアを放つ。スキルレベルを一つ上げたからか、火炎の威力も上がっていた。挑発スキルによって五十嵐さんしか見ていないウルフに火炎が直撃する。


 炎に焼かれて悲鳴を上げるウルフに接近し「はっ!」と気合の声を上げながら胴体を真っ二つに斬り裂いた。火炎でダメージを与えていたとはいえ、まさか一撃で屠れるとは……これも剣技のレベルを上げた恩恵なのかもしれない。


 周囲を確認すると、灯里がスライムを火矢で倒していた。灯里も新たなスキルを得たから、属性攻撃のような技を覚えたのかもしれない。それにしても、なんだか昨日よりやけに周りを認識できるな。これが【気配探知1】の効果なのだろうか。


 感動と疑問を抱きつつ、五十嵐さんに攻撃しているホーンラビットに迫る。

 彼女の盾は、ホーンラビットの角攻撃を受けても傷一つついていない。それが防御力のお蔭なのか盾の性能なのか定かではないが、少しだけ羨ましいと思ってしまった。

 接近する俺にホーンラビットが気付いたが、その時には刺突を繰り出していた。剣先でホーンラビットの胸を突き刺すと、ポリゴンになって消滅する。

 戦闘を終え、周りに追加のモンスターがいないか確認したあと五十嵐さんは俺達を褒めてくる。


「お二人とも、昨日より動きが断然良いですね」


「やっぱりそう?実は俺も戦ってる最中に実感したんだよね」


「私も、昨日より身体が軽いし凄く集中できたよ」


「スキルの力って凄いですね。私はフリーですので、他人の成長をじっくり見たことがありませんでしたが、お二人の成長速度には目を見張ります」


 自分でも思ったけど、外から見る五十嵐さんもそう感じるほど変わっているのか。スキルって不思議だよな……なんで機械というかゲームのような機能で、人体にこれほどまでの影響を促すことが出来るのだろうか。ここまではっきりしていると、ちょっと不気味すら感じてしまう。


 それから俺達は三層のモンスターを倒しつつ、四層への階段を発見した。

 その手前で少し休憩してから、階段を上って光に包まれ、四層にたどり着く。


 四層の景色は今までとあまり変わらない。

 ただ、地面に草が少なく土になっていることぐらいだろう。木々や岩も健在だ。

 ただ、この層にはあのモンスターが出てくる。


「ゲヒャヒャ!」


「うわ!生のゴブリンですよ士郎さん!気持ち悪いです!」


「そうだね……リアルだと恐いな」


 今やファンタジー作品で出現するモンスターといったらスライムの次に名前が挙がるゴブリン。小学生くらいの体躯で、頭が異様に大きく身体は細い。体色が緑で、顔もおぞましく醜いモンスターだ。


 二次元の作品では、よく女性を攫って生殖行動したり人間を虐めて愉しんだりするが、ダンジョンのゴブリンはそういった事は一切しない。知能も低くずる賢いこともしてこなく、蹴ったり殴ったりしてくるだけだ。

 だけど顔が醜いだけに、のしかかられて撲殺されてしまった冒険者が、トラウマになってそのまま引退してしまう事も少なくないみたい。


 気持ちは分かる。あんな気持ち悪いモンスターに目の前で殺されでもしたら、一生もんのトラウマになる。YouTubeで画面越しに見る分には平気だったが、こうしてリアルで見ると鳥肌が立つぐらい気持ち悪い化物だった。


「許斐さんはウルフ!星野さんはスカイバードを!」


 挑発プロバケイションを使った五十嵐さんの指示に、俺と灯里はすぐに行動に移す。

 灯里は弓矢を上空に構え射るが、スカイバードに当たらなかった。自分を襲ってきた敵に狙いを定めたスカイバードが、クルクルとドリルのように回転しながら灯里に襲いかかる。


 あんなのまともに当たったら身体に穴が空いてしまう。だけど灯里は慌てることなく左手から火炎を放出して目くらましをした後、横に大きくステップして回避した。ガラ空きの背中に二射目を放つと、矢が突き刺さった空鳥は地面に落下して転がった。飛べなくなったスカイバードを三射目で屠る。


 その間俺はウルフと戦っていた。中々接近せず、俺の周りをぐるぐる回って攻撃のタイミングを計っているように思えた。その行動は初めてで、三層までのウルフにはなかった。スカイバードもそうだったが、攻撃パターンが追加されている気がする。思考能力が上がったというべきか。


 こっちから攻めようとするも、俊敏なウルフに中々近づけない。ならばと火炎を放つも、察知されて直撃にならず大したダメージになっていない。

 これまでのウルフよりも、明らかに強くなっている。いや、これが本来の獣の戦いなのかもしれない。ただ無鉄砲に突進したり噛みついたりと設定されたロボットみたいな動きではなく、意思のようなものを感じ取れた。


(やりにくい!)


「ガァ!」


「くっ!」


 ジグザグの軌道で接近してきたウルフが噛みついてくるに対し、反射的に左腕のバックラーで防ぐ。ガキンと、歯と鉄がぶつかり金属音が鳴り響いた。ウルフはすぐに離れようとするが、そうはさせない。

 前に踏み込んで剣を振るい、身体を斬り裂く。キャンと悲鳴を上げるウルフに近距離で火炎を叩き込むと、ウルフはポリゴンと消滅した。

 なんとか倒せたが、かなり時間を使ってしまった。早く五十嵐さんに加勢しなければと振り向いてみたら、彼女は二体のゴブリンの攻撃を防いでいた。


「ゲヒャ!ゲヒャヒャ!」


「ゲヒヒ!!」


「なんですかその弱いパンチは!?もっと腰を入れなさい!!これじゃあ全然気持ちよくありません!マイナスですよマイナス!」


「ゲヒャヒャ……」


「ゲ……ゲヒ?」


 二匹のゴブリンが果敢に攻めるも、五十嵐さんの大盾はビクともしない。自分達の攻撃が通じず首を傾げるゴブリンに、俺と灯里が不意打ちを喰らわせる。灯里は矢を頭に、俺は剣で首を刎ねた。

 クリーンヒットしたのか、一撃でゴブリンを屠る。

 戦闘が終わったのを確認してから、俺は五十嵐さんに尋ねた。


「すみません、時間がかかっちゃってすぐに助けにいけませんでした。怪我とかないですか?」


「問題ありません。1ダメージすら負ってないですから」


 それはよかったと安堵する。あれだけ攻められたのにノーダメージって、どれだけ堅いんだよ。まあ、身体を守るような立ち回りも凄かったけど。やっぱり五十嵐さんって凄いよな。


「そういえば五十嵐さん、さっき何か言ってませんでした?遠くだからよく聞こえなかったんですけど、マイナスだとかなんだか」


 灯里が質問するが、五十嵐さんはずれた眼鏡を直しながらクールに答える。



「なんでもありません、気のせいです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る