第24話昔話

 



 五十嵐さんと明日も一緒に行く約束をした後、俺達はそのまま帰宅した。

 途中まで一緒に帰ろうと思ったのだが、五十嵐さんはこの近くに住んでいるらしいので、その場で解散となった。もしかして、冒険者用の高級マンションとかに住んでいるのかもしれない。プライベートなので詮索はしなかったけど。


 駅についた後は、二人で前に訪れたファミレスでご飯を食べる。

 一日中ダンジョンにいて疲れてたし、そんな灯里にご飯を作ってもらうのも大変なので俺から提案したのだ。灯里は「私なら平気ですよ!」とか言っていたけど、デザートのビッグサイズのパフェを幸せそうに食べているのを見て、ファミレスにして正解だったなと思った。


 家について、ゆっくりして、風呂に入って、二人でソファーでくつろいでいると、不意に灯里が問いかけてくる。


「で、五十嵐さんと士郎さんってどんな関係なんですか?」


「ごふっ!ごほっごほ、むせた……」


「へー、それだけ焦るってことはやっぱり怪しい関係だったんですね」


 むすっとしながらジト目で睨みつけてくる灯里に、慌てて釈明する。


「だ、ダンジョンでも言ったけど、同じ会社で働いているだけなんだ。今まで関わったことも無かったし」


「でも、一緒にご飯食べたって言ってましたけど?」


「それは、俺がいつも食べている食堂で、五十嵐さんがたまたま目の前に座っただけだよ。その時に少し会話はしたけど、最近弁当ですねってぐらいだったし。会話したのもその日だけで、部署も違うから全く関わってないし」


「怪しい……必死なのがまた怪しいです」


 うっ、そう言われるとそうだったかもしれない……こんな風に疑われるなんて初めてだから、慣れてなくて動揺してしまい、早口気味で言ってしまった。

 ん?でもおかしいよな、何で俺が疑われるんだ?

 首をひねっていると、灯里は大きなため息を吐いて、


「まぁ、士郎さんが誰と仲良くなろうが私には関係ありませんけど……」


「だ、だから誤解だって言ってるじゃないか……」


「えへへ、冗談です。なんか悔しかったから、ちょっとからかっちゃいました。そうですよね……私の知らない士郎さんもいるんですよね」


 ぺろっと舌を出しながら、子供のように無邪気で、だけどどこか切ない表情を浮かべる。

 俺は灯里の事を何も知らないし、灯里も俺のことを何も知らない。ダンジョン被害者という共通点があり、しかも同居までしているのにも関わらず、互いの事を知ろうとはしなかった。

 それは多分、無意識のうちに避けていたのだろう。

 自分を曝け出す勇気をまだ持ち合わせていなかったんだ。

 何かを言った方がいいのに言葉が見つからずにいると、灯里は「そうだ」と言って尋ねてくる。


「士郎さんの昔話を聞いても良いですか?」


「俺の?俺の昔なんて聞いたって面白くないぞ」


「なんでもいいんですよ。士郎さんの事なら、なんでもいいんです」


 そう言って微笑む灯里。

 勇気を出して踏み込んでくれた彼女に対し、大人の俺が尻込みしているわけにはいかないよな。

 本当に大したことないからなと前置きして、俺は記憶を掘り返しながら喋りだす。


「子供の時から両親は俺に対して無関心でさ、必要最低限のことしかしてくれなかった。遊園地に遊びに行ったり、旅行に行ったりもしなかったな。家に居ても気まずくて居心地が悪かったから、いつも誰かの家に遊びに行ってたよ」


「へぇ、ちょっと意外です。士郎さんは家でゲームとかしてる大人しい子だと思ってました。でも、なんで両親は冷たかったんですかね……何か理由とかあったんですか?」


 その問いに、俺は首を横に振った。

 その疑問は、子供の時に何度も抱いている。何故、父さんと母さんは自分に構ってくれないのだろうかと。

 最初はこれが普通だと思っていたが、友達の家に遊びに行った時に実感するのだ。仲睦まじい親子のやり取りを見て、「これが普通で、俺の家は普通ではない」のだと。

 それに気付いて、一度だけ我儘を言ったことがある。それに対して両親は、とても面倒臭そうな顔で「よそはよそ、うちはうち」と言ったのを、今でも覚えている。

 だけど両親は共働きで忙しかったし、その後は俺から何かを求めることはなかった。子供ながらに“そういう空気”を感じ取っていたのだ。


「辛かった……ですね」


「辛かったのかは分からない。まあご飯は作ってくれたし、お小遣いも普通にくれたし、酷い親ではなかったよ。ただ、必要最低限しか接触しなかっただけなんだ。でもそんな時、夕菜が生まれた」


 九歳離れた妹は、本当に可愛かった。

 そんな夕菜に対し、両親は今まで見たことがない笑顔を振りまき、愛情を与えた。その事に嫉妬していないと言えば嘘になるけど、そんなものは夕菜の可愛さに吹っ飛んだ。夕菜が少し大きくなった頃に両親がまた働き出して、妹の面倒を見るのは兄の役目になる。

 俺は夕菜を兎に角可愛がった。


「あの時の夕菜は天使だったよ。お兄ちゃんお兄ちゃんって、俺のことを探すんだ。でも夕菜の面倒を見るようになって、彼女に振られちゃったけど」


「えっ!?士郎さん彼女いたんですか!?」


「中二の頃に告白されたから、試しに付き合ったんだよ。ほら、その頃って周りが付き合ったから俺も私もってなるだろ?まあ、一、二ヶ月ぐらいで終わったんだけど。メールのやり取りだけで、手さえ繋がらなかったな」


「へぇ……そうだったんですか」


 高校に入ってからも、俺は夕菜の面倒ばかり見ていた。

 だけど夕菜が中学に上がった頃から、凄く冷たくなった。

 別に俺が何かやらかした訳ではない。突然、態度がガラリと変わったのだ。最初は反抗期なのかなと思っていたけど、両親にはそのままだし、俺だけ態度が違うのだ。


 キモい、ウザイ、死んで。

 あれだけ可愛かった夕菜に暴言を吐かれて、凄く辛かった。理由も聞いたけど何も話してくれなかった。ただ、突然嫌われてしまったのだ。

 唯一の居場所だった“夕菜の兄”がなくなり、俺は家の中で孤独を感じる。これが一人のままだったらそんな事もなかっただろう。だけど目の前で仲良しこよしの親子の光景を見せられて、俺は耐えられなかったのだ。だから、大学卒業と同時に逃げるように東京に一人暮らししたのだ。


「士郎さんの話は本当だと思います。ただ、今でも信じられないんです。夕菜が私といた時は、ずっと士郎さんのことを自慢していましたから」


「灯里を疑いはしないよ。俺は夕菜を救い出して、直接本人から聞くから」


「……そうですね。私も気になります」


「じゃあ今度は灯里の話を聞かせてくれよ」


「えっ私ですか?」


「そりゃそうだろ~。俺も自分のこと話したんだし、自分だけ言わないってのはズルいぞ」


 ジト目でそう告げると、灯里は「分かりましたよ」と笑顔で話しだす。


「私も小さい頃は、男の子と混じってよく外で遊んでいました。周りからもガキ大将扱いされてましたもん」


「へぇ~、それこそ意外だな」


「だけど、中学に上がってから急に私への目線とか変わっちゃって戸惑いました。自分で言うのもあれですけど、結構モテて、何度か告白とかされてました。まあ、付き合うとか面倒だったんで全部断りましたけど」


 そうだろうな~。こんだけ可愛い女の子が近くにいるなら、周りの男子はほっとかなよな。

 俺だって、もし同じクラスに灯里がいたら好きになっていたかもしれないし。

 でもそうか、灯里は誰とも付き合ってなかったのか……。

 あれ、何で俺は安心しているんだろ……あーやだやだ、二十六歳のおっさんの嫉妬とか気持ち悪いな。


「でも、モテだしたら仲が良かった女の子とかも男子に媚び売ってるとか言って離れちゃって、友達がいなくなっちゃました」


「こええ……中学生ってそんな感じなんだ」


「中学の女の子って、結構残酷ですよ。落ち込んでいたそんな時、声をかけてくれたのが夕菜でした。夕菜も可愛かったから、周りから疎まれていて、ハブられ者同士仲良くしよって」


(夕菜って……ハブられてたのか……)


「それから二人でいる事が多くなって、凄く楽しかったです。親友って、こんな感じなのかなって思いました。だけど三年前のあの日、ダンジョンに両親を奪われて、私は愛媛の方に引き取られました。そこからは、前に話していた通りいつか両親を助け出すために兎に角自分を鍛えました」


 大変だったんだな。

 言葉にすると軽く聞こえるので口には出さないけど、中学の頃から灯里はそれほど楽しくはなかったのだろう。それに加えダンジョンに両親を奪われてしまった。

 中学高校と一番楽しい時期が辛い思い出になってしまい、同情してしまう。そんな俺の顔色を察したのか、夕菜は明るい声で口を開く。


「でも、こうして夕菜のお兄さんの士郎さんと会えて、私は今凄く恵まれてます」


「……俺もそうだよ。こんなこと言っていいのかは分からないけど、多分今が人生で一番充実している」


 こっ恥ずかしい本音を告げると、灯里は「えへへ……」と照れた風に微笑んだ。


 それから俺達は、色んなことを話した。

 誕生日や血液型。好きな色や嫌いな食べ物。好みの女優や俳優や、面白い映画やマンガ。

 自分のことを沢山話して、気になることをいっぱい聞く。

 盛り上がって、気づけば次の日になって、そろそろ寝ようかとなり、今日は一緒に寝てもいいですかと灯里が言ってきたので、しょうがないからいいよと言って。


 ベッドの中でも話して、流石に疲れたのか、俺達は静かに眠りについたのだった。


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