第23話結界石

 



 三層にやってきた俺達は、すぐにモンスターとエンカウントした。


「プロバケイション!星野さんはスカイバードをお願いします!許斐さんはロックボアを!」


「「はい!」」


 五十嵐さんの指示に、俺と灯里が大きく返事をする。

 灯里はすぐさま弓矢を構え、飛んでいるスカイバードに照準を合わせる。俺は五十嵐さんが引き付けているロックボア目掛けてダッシュした。


「んんん!キッツ!」


 二匹のロックボアが、五十嵐さんに突進する。彼女は大盾を翳して、真正面から受け止めた。

 凄いな……一匹でも体当たりされたら吹っ飛ばされる威力なのに、二匹同時でも耐えている。なにか嬌声のような声が聞こえた気がしたけど、多分俺の気のせいだよな。


 タンクに夢中になっているロックボアに肉薄し、剣を振り下ろす。ロックボアは悲鳴を上げるが、一撃では仕留めきれなかった。怒る石猪は、五十嵐さんからターゲットを俺に変えて突撃してくる。

 横っとびしてギリギリ躱すと、クルっと回ってもう一度俺に向かってこようとする――前に、矢が脳天に突き刺さった。


「ナイス!」


「士郎さん!その辺にホーンラビットがいました!」


「星野さんはこちらのロックボアを!許斐さんはホーンラビットをお願いします!」


 ロックボアを屠った灯里が、俺に声をかけてくる。それを聞いた五十嵐さんが全体の指示を下した。言われた通りに灯里は移動しながらロックボアを攻撃できる位置につき、俺は周囲を警戒する。

 すると、五メートルほど先に白い生物を見つける。ネットで白い悪魔と呼ばれているホーンラビット。そして、俺を殺したモンスター。


「ふぅ……ふぅ……大丈夫、やれる!」


 ホーンラビットを見た瞬間、殺された記憶がぶり返り冷や汗が噴き出る。心臓もドクンドクンと激しく鼓動していた。

 トラウマがないと言えば嘘になる。ホーンラビットを見るだけでこんなに動揺してしまっているのだから、恐怖はあるのだろう。だけどそんな弱気な事を言っていられない。こんな所で立ち止まる訳にはいかないんだ。

 灯里の両親を救うためにも、妹の夕菜を救うためにも、俺は早く強くならなきゃならないんだ。


 覚悟を決めろ。


「キュー!」


「ファイア!」


 飛びかかってきたホーンラビットに火炎を放ちながら、軌道から逸れるように横にステップ。俺がいた場所を通過したホーンラビットは、燃える毛を打ち消そうと地面をのたうち回る。俺はすぐに駆け寄り、左手で角兎の首を掌握して、胸元に剣を突き刺した。


「ッ……!」


「はぁ……はぁ……はぁ」


 ホーンラビットはビクッと痙攣し、そのままポリゴンとなって消滅した。トラウマを倒した俺は、解放感を抱きながら灯里達を見やる。すると、丁度灯里の放った矢がロックボアのこめかみに突き刺さり倒したところだった。

 即座に周囲を確認した五十嵐さんが、「大丈夫そうですね」と言って構えを解いた。


『レベルアップしました』


 おお、ホーンラビットを倒したことでレベルが上がったようだ。確認してみたいけど、まずは二人の所に向かおう。すると、灯里が心配そうに駆け寄ってきた。


「士郎さん、大丈夫でしたか!?怪我とかしなかったですか!?」


「ああ、大丈夫だよ。このとおり、なんともなかった」


「はぁ~~~~~、良かったぁ」


 両手を広げて無事なことを証明すると、灯里は心底ほっとしたように息を吐いた。

 それだけ俺を心配してくれたことが嬉しくて、つい灯里の頭の上に手を置いてしまった。

 あれ……この後どうすればいいんだ?撫でたりすればいいのだろうか?でもそれ、淫行とかにならないか?

 次のモーションにいけず固まっていると、五十嵐さんが呆れた風に聞いてくる。


「たかがホーンラビットと戦うぐらいで、大袈裟すぎませんか?それだったら、この先やっていけませんよ」


「――ッ!」


「実はこの前、俺がホーンラビットに殺されたんだ。だから灯里は心配してくれたんだよ」


 今にも灯里が喰いかかろうとする前に俺がそう説明すると、五十嵐さんは「そうでしたか……」と申し訳なさそうに頭を下げる。


「配慮が足りませんでした、ごめんなさい」


「いやいや、謝らなくていいって。五十嵐さんはこっちの事情とか知らなかったんだからさ。それより今回も助かったよ。五十嵐さんが指示してくれるお蔭で、淀みなく動けた気がする」


 暗い話題を逸らそうと、五十嵐さんの指揮能力を褒める。

 これはお世辞でもなんでもない。実際、五十嵐さんが刻々と変わる状況に対応しながら指示をくれるから、俺達は迷いなくモンスターと戦えるのだ。考えなくていいという事は、それだけ目の前のモンスターに集中できるということだ。


 それに、指揮官ぶりがかなり様になっている。

 俺は今まで一度も誰かを率いたり指示したことがなかったから、そういうのが苦手だ。灯里といた時は年長者が俺だから指示とかしてたけど、五十嵐さんのようにハキハキできなかった。

 多分、現実でもそういうリーダー的な役目を担ってきたんだろう。だからあんなに格好よく指揮がこなせるのだ。


「ごめんなさい、出過ぎたことをしました。つい癖でやってしまうんですよね」


「そんな事ないって、めちゃくちゃ助かったよ」


「ですが、冒険者の中には嫌がる人が多いです。“タンクは黙って盾になってろ”とか、“女が指揮してんじゃねえ”と言う冒険者も、組んできた中にはいましたから」


「そんな暴言吐く人もいるんだな……。でも、できればこのまま五十嵐さんに指揮してほしい。その方が、凄く戦いやすいんだ。灯里もそう思わないか?」


「そうですね……五十嵐さんが指揮してくれた方が戦いやすい……です」


 俺と灯里がそう言うと、五十嵐さんは鉄の仮面を少しだけ崩した。


「分かりました。お二人がそれでいいと言うなら、このまま私が指揮を執りましょう」


 よし、そうと決まったら探索開始だ。

 と思っていたら、ぐぅ~~と可愛い音が鳴り響く。音が聞こえた方に目を向けると、顔を赤く染めた灯里がお腹を押さえていた。犯人はお前か……。なんか本格的に灯里が腹ペコキャラになってきたな。


「そろそろ時間か、休憩してお昼にしようか」


「うう、どうして私のお腹鳴っちゃうんだよぉ」


「お二人は結界石を持っていますか?なければ私のを使いますけど」


「ごめん、俺達は持ってないや。というか五十嵐さん持ってるの?あれって数百万もするよね」


「そうですね。ですが一度買ってしまえば永久的に使えますし、フリーの冒険者の人は持っていないと危険です。組んだ冒険者の中で一度だけ、私だけ結界石の中に入れてもらえなかったこともありましたから」


「そ、そうなんだ……」


 彼女って、結構過酷な経験してるよな。レベルも27だっていうし、一体いつから冒険者になったんだろうか?

 そんな疑問を抱いていると、五十嵐さんは【収納】スキルの亜空間から結界石を取り出し、使用した。すると石から波動のようなベールが俺達を包む。


「これで直径十メートルほどは魔物は近づいてきません。結界石の使用時間は一時間なので、今のうちにご飯を食べましょう」


 俺達は昼食の準備に取り掛かった。

 リュックからシートやら水筒やら弁当箱を取り出す。勿論弁当は灯里の手作りで、今日はサンドイッチがメインだ。うん、凄く美味しそう。

 俺達が準備をしている間、五十嵐さんはその辺の岩に腰かけ、収納スキルの中から何かを取り出して飲んでいる。

 えっもしかしてそれがご飯?


「五十嵐さん、それってなに?」


「見てわかるように、十秒でチャージできる栄養ゼリーですが」


「それがご飯なの?」


「そうですね。冒険者の中にはお昼休憩無しとかもザラなので、ゼリーを大量に仕舞いこんでいます」


 マジかこの人……本当に現代の人間か?実は傭兵とかじゃないよな?

 ドン引きしていると、灯里が声をかける。


「五十嵐さんもこっちに来て食べましょうよ。今日は三人分作ってきましたから」


「えっ、私もご一緒していいんですか?」


「作ってきちゃいましたし食べてもらわないと困ります。ほら早く」


 灯里が急かすと、五十嵐さんはこちらに寄ってくる。

 というか灯里、三人分作ってきてたんだな。多分、俺達だけ食べるのも申し訳なくて気を使ったんだと思うんだけど、そういう優しい所が灯里の良いところだよな。

 三人で囲ってサンドイッチやおかずを食べる。

 うん、やっぱり美味いな。それを口にすると、五十嵐さんも驚いたまま話す。


「本当に美味しいです。私は料理が出来ないので、星野さんが羨ましいです」


「えへへ、そんな事ないですよ」


 五十嵐さんにベタ褒めされて、灯里が嬉しそうに照れる。

 良かった、お互い少しは気を許したみたいだな。その後も美味しいと言いつつ、弁当箱はあっという間に空になった。ちょっとだけ休憩して、再び探索を再開する。


 五十嵐さんが加わったことで、三層でも問題なく戦える。

 人間って不思議なもので、余裕が出来ると命のやり取りをしている戦いが楽しくなってくるのだ。おかしな話だよな。この前死んだばかりだというのに戦いが楽しいだなんて。

 でも五十嵐さん曰く、その気持ちが危険な冒険者を続ける最大の理由らしい。

 本来味わえない生死をかけたスリルに、仲間同士で噛みあった時の爽快感。勿論モンスターや景色も要因の一つだけど、戦いこそが冒険者の求めるものだそうだ。


 まだそこまでには至っていなし別に求めていないけど、いずれそうなる時が来るのだろうか?


 そんな事を考えていると、約束の時間である5時に近づいてきたので、俺達は自動ドアを探し、帰ることにした。

 無事に自動を見つけると、俺は帰る前にこう告げる。


「帰る前にステータス確認していいですか?多分2レベルぐらい上がったんですよね」


「あっ私も上がりました」


「分かりました」


 五十嵐さんに了承を得た俺達は、同時に「「ステータスオープン」」と唱えた。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 許斐 士郎 コノミ シロウ 26歳 男 

 レベル:6

 職業:剣士

 SP:80

 HP:145/180 MP:40/80

 攻撃力:200

 耐久力:150

 敏 捷:160

 知 力:145

 精神力:180

 幸 運:150


 スキル:【体力増加1】【物理耐性1】【炎魔術1】【剣術1】【回避1】

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 使用可能なSP 80


 取得可能スキル 消費SP

【筋力増加1】 10

【体力増加2】 20

【炎魔術2】  20

【物理耐性2】 20

【剣技2】   20

【気配探知1】 10

【回避2】   20

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 おっ、レベルは1じゃなくて3も上がってたのか。アナウンスを聞き逃したのかもしれないな。

 能力値は全体的に上がっていて、精神力が一番上がってるな。後は取得可能スキルも増えたことか。

 色々と迷ったけど、俺は新たに【炎魔術2】【剣技2】【気配探知1】を取得した。


 灯里はどうやらレベルが2しか上がっていなかったらしい。

 ステータス確認を終えた俺達は、ダンジョンを後にした。



 ◇◆◇



 現世に帰ってきた俺達は、広場で着替え、数個の魔石を換金し分配した後、帰ることにした。

 その際、俺は五十嵐さんにお願いをする。


「五十嵐さんにお願いがあるんです」


「はい、なんでしょう?」


「出来れば明日も一緒に冒険してくれないだろうか。図々しいことは分かってる。けど、五十嵐さんの力が必要なんだ!」


 頭を下げて頼み込む。

 我儘なお願いなのは百も承知だ。レベル27の五十嵐さんが、俺達に付き合うメリットなんて何一つない。だけど今日一緒にダンジョンで入って分かったことがある。この人がいれば俺達は早く強くなれるし、戦いも安全だ。レベルが上がったとしても、俺と灯里の二人だけはまだ三層は難しいだろう。

 卑怯な考えなのは分かってる。だけど、俺達の家族を救うには彼女の力が必要なんだ。


「五十嵐さん、私からもお願いします!明日も一緒にダンジョンに行ってくれませんか!」


 俺と同様、灯里も頭を下げて頼む。最初はあんなに警戒していたのにな。それは打ち解けたからだけではなく、やはり灯里も五十嵐さんの力が欲しいと思ったんだろう。

 俺達の懇願に、五十嵐さんは「頭を上げてください」と言って、


「そんなにお願いされたら、引き受けるしかないでしょう。ただ、午前中は用事がありますので午後からでいいなら、一緒にいきましょう」


「ありがとう!!」


「ありがとうございます!!」


 五十嵐さんと約束した俺達は、二人で喜んだのだった。



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