第27話戦士の憩い
ダンジョンから戻った後、魔石を換金して装備を預け、私服に着替えた。
エントランスで時計を確認すると、もう十八時になっていた。解散しようとしたが、灯里がギルドでご飯を食べてみたいと言い出す。
すると五十嵐さんが「お勧めのお店がある」と提案してきたので、一緒に向かうことになった。
五十嵐さんも誘おうと思っていたので、彼女も同行してくれてちょっと嬉しい。でも少し意外だ。誰かと食事するタイプには見えなかったし、誘っても断られると思っていたからな。
ギルドの二階に行くと、飲食店がある。
名前は『戦士の憩い』で、入店する際に冒険者証を提示した。どうやらこの店は冒険者だけしか入れないみたいだ。
店内は広く、カウンター席と多くのテーブル席がある。壁やテーブルや食器が全て木製で、ファンタジー風の雰囲気が醸し出されていた。お客も大人しい人なんていなくて、騒ぐように酒を飲んでいる。誰も咎めようとしないどころか、いけいけー!と周りが盛り立てていた。
こんな騒々しい飲食店は現代に存在せず、本当に異世界の酒場に来たような感覚だった。
「うわぁ!なんだか凄いですね!」
「ああ、ちょっとワクワクしちゃうな」
「ふふ、二人ともこちらです」
物珍しさにキョロキョロしている俺達に、五十嵐さんが笑顔で促す。一番奥の目立たなそうなテーブル席を確保し、早速メニューを開いた。
ロックボアの丸焼きやスカイバードのから揚げ、トレントのサラダにブラックカウ定食。ダンジョンのモンスターを彷彿とさせる料理ばかりだ。勿論本物ではないだろうけど、こういう所も細かくて粋がいい。
灯里はロックボアの丸焼き。俺はブラックカウ定食。五十嵐さんはライトニングバードのカルボナーラを選んだ。
「お二人はお酒はどうしますか?」
「あっ私飲めないです」
「俺も弱いからやめとこうかな」
「そうですか。では私も今日は控えます」
「俺達に合わせなくていいよ。五十嵐さんはギルドから近いって言ってたし、遠慮せず飲んでよ」
「そうですか……ではお言葉に甘えて一杯だけ頂きましょう」
店員さんを呼ぶと、冒険者風のコスをした女性がやってきた。肌の露出度も高く目がつられそうになるが、二人の視線を感じてなんとか自重する。ビールがやってきたところで、俺達はグラスをキンと重ねて乾杯した。
ごくごくごくと凄い勢いでビールを呷る五十嵐さん。イイ飲みっぷりだなぁ。
「かーーーーーー!やっぱダンジョン後のビールは最高ですね」
「結構飲む方なんですか?」
灯里が質問すると、五十嵐さんは「そうですね」と言ってから店員さんに追加を頼む。
おいおい……確かこの人一杯だけって言ってたよな。変わり身が早すぎないか……まあいいんだけど。
「家でも毎日一缶は必ず飲みますね。週末はダンジョンの後に一人で居酒屋で飲んだりしています」
「へぇ、なんか格好いいですね。大人って感じがします」
「いえ、ただの酒好きというだけです。星野さんはこういう大人になっては駄目ですよ」
「ここにもよく来るのか?」
「余り来ないですね。当たりのパーティーに誘われた時、たまに来るくらいです。その時に情報交換などをしているんです」
へぇ、冒険者同士の付き合いみたいなのがあるのか。
なんかちょっと憧れてしまうな。でも俺は自分から誘える方じゃないし、多分無理だろうなぁ。
それから俺達は、ダンジョンの話題で盛り上がる。
メインは五十嵐さんで、聞き役は俺と灯里だ。彼女の冒険譚は面白いし、知らないことがあったらつい質問してしまう。嫌な冒険者パーティーと組んだ時や、他の冒険者にちょっかいをかけられた愚痴なども沢山出る。
やっぱり、ダンジョンの中では他の冒険者とも出くわすんだろうな。俺と灯里はまだ出会ってないけど、それは低階層だからで、五層以降からちらほらと見かけるようになるらしい。ナンパもあるみたいで、灯里は可愛いから気をつけないとな。
やがて料理が運ばれ、俺達は味わいながら食べていく。
味はそこまで変わらないけど、兎に角サイズが大きかった。ロックボアの丸焼きは漫画肉だし、ブラックカウ定食の牛肉はチャーシューの如く分厚い。ライトニングバードのカルボナーラは二人前はあったぞ。でも不思議なことに、食べきれないという事はなくぺろりと食べてしまった。
満腹感に浸りながらゆっくりしていると、突然五十嵐さんが謝ってくる。
「ダンジョンでは見苦しいものを見せてしまい、すみませんでした」
「えっと、もしかして最後のやつですか?」
灯里が恐る恐る尋ねると、彼女は「はい」と肯定する。
あーあれかー。まあ確かに凄かったといえば凄かったよな。普段クールな彼女が、モンスターから攻撃を浴びる度に嬌声染みた大声をあげるんだもの。
あの時は俺も興奮していてそんなに気にしなかったけど、思い出してみればちょっと尋常な状態じゃなかった。それこそ、違法ドラッグを使ったみたいに狂っていた気がする。
ダンジョンでのことを思い出していると、五十嵐さんは唐突にぶっこんできた。
「私、実はМなんです」
「「……」」
「私、実はМなんです」
「いやいや、ちゃんと聞こえてるから!」
「ちょっと引いてただけです!」
俺と灯里が必死に告げると、五十嵐さんは「そうですか」と安心した風に息を吐いた。
えっ安心するとこそこなの?
っていうか、突然性癖を暴露された俺達はどう答えれば正解なんだ?
二の句が継げないでいると、彼女が先に口を開く。
「元々Мだった訳ではありません。ダンジョンでモンスターから攻撃を受け続けているうちに、痛みが快感に感じるようになったんです」
「そうなんですか?」
「はい。モンスターからの殺してやろうという攻撃意思、そして純粋な暴力。それらを受けることに、快感を受けてしまいます。普段は自制していますが、戦闘で興奮してくると出てしまうんですよね」
「もしかして、女性なのにタンクをしているのって……」
「お察しの通り、モンスターから一番攻撃を受けるからです」
ええ…………マジかこの人。
おかしいとは思ってたんだよな。ゲームではなく、リアルで盾役をするのはキツ過ぎる。モンスターに襲われる恐怖にしても、攻撃時の痛覚にしても。俺だったら絶対やりたくない。一度死んだ経験があるからこそ、強くそう思う。
そんな過酷な役を女性がするのは何か理由があるとは思っていたけど、まさかМが理由だったとは。
驚いていると、五十嵐さんは真剣な表情で話す。
「私が打ち明けたのは、これも一種のダンジョン病だからです。日常では得られない
「私と士郎さんも、ダンジョン病になりかけてたって事ですよね……」
「はい。マージンを取らずギリギリの戦いを求めていましたから、かなり危険な状態でした。お二人が何故そんなに早く強くなりたいのかは聞きませんが、時間をかけて強くなった方が賢明です。兎と亀の話ではありませんが、急いだところで潰れます。
五十嵐さんの言葉には、確信めいた根拠のようなものが含まれていた。
きっと、その目で見てきたんだろう。俺達みたいに強さを追い求めて、ダンジョン病にかかった人やトラウマで引退した冒険者たちを。
モンスターと戦ってる時、楽しくないと言えば嘘になる。
剣を振るって、魔法を使って倒す。レベルが上がり、自分が強くなった実感を得る。ゲームの世界に入り込んだ気がして、最初はあれだけ恐かったのにいつの間にか戦闘することが楽しくなっていた。
だけど、自分の命も忘れて戦うのはやっちゃいけない事だよな……。
二人で落ち込んでいると、五十嵐さんは子供を諭すような表情で最後にこう言った。
「別に楽しむなとは言いません。ただ、心に留めておいてほしいんです。ダンジョンは人を簡単に狂わせる、魔物だということを」
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