第17話初死
次の日の日曜日。
俺と灯里は朝食を取った後、二日連続でギルドに訪れた。
装備を受け取り、着替え、列に並ぶ。順番が来るとスタッフについていき、自動ドアの前に着いた。
「何度も言うようだけど、二層からだよ」
「大丈夫です!そんなに心配なら手を繋ぎますか?」
「いや、遠慮しておくよ」
昨日と違うことは、ダンジョンに入る際、頭で『二層』と考えながら入ること。
何故かというと、ダンジョンは更新した階層から始められるからだ。一々一層から入り、階段を探す手間を省ける。そうするには、ダンジョンに入る際に行ったことのある階層を頭に浮かべなければならない。
俺は頭の中で(二層……)と考えながら、漆黒の空間に飛び込んだ。
「どうやら成功したようだな……」
「そ、そうですね……」
俺と灯里は、無事二層からスタートする事に成功した。だけど灯里はまたダンジョン酔いで調子がよくなさそうだ。
彼女の背中を
「ウルフ……一匹か。俺がやる、灯里は待機しててくれ」
「すみません、士郎さん」
謝る灯里を守るように五歩前に出て、剣を正眼に構える。
ウルフはじりじりとにじり寄りながら、バッと飛びついてきた。そのタイミングで俺も剣を振り下ろしたが、ウルフの方が僅かに速い。剣の根本と牙がかち合い、俺とウルフは衝撃で後ろによろめいた。
「ファイア!」
「キャン!」
左手を向け、至近距離で火炎を放出する。ウルフは回避して直撃は免れたけど、少しだけダメージを負っている。畳み掛けるならここしかない。
足を前に踏み出して、今度は俺から攻勢に出る。動きが遅くなったウルフに斬撃を浴びせると、片足を斬り飛ばした。それでも尚果敢に立ち向かってくるウルフにトドメを刺すと、悲鳴を上げる間もなく消滅した。
「ふぅ……なんとか無傷で勝ったか」
深呼吸して、心を落ち着かせる。
自分にしては上出来な戦いだったんじゃないだろうか。炎魔術も上手く使えたし、剣筋も悪くなかった。そう思ったのは戦いを見ていた灯里も同じで、笑顔で近寄ってくる。
「凄い凄い!映画のワンシーンみたいだったですよ!なんかこう、すっごく魔法剣士っぽかったです!」
「えっそうかな?」
「そうですそうです!格好良かったです!!」
女子高生から掛け値なしに褒められて、喜ばない二十六歳がいるだろうか。それもこんな美少女からだと、嬉しさも倍増だ。特に俺はこれまでの人生で褒められたことなんてあまりなかったから、なんかこう凄く嬉しかった。
でも、あまりデレデレして灯里に気持ち悪がられたくもないし、顔だけでも引き締めておこう。
「【剣術1】スキルのおかげだよ。でもそう思うと、スキルの力って凄いよな。少し前までただの一般人だったのに、指導して貰わなくても練習とかしなくても、こんなに動けるんだからさ」
「それは凄く分かります。私もスキルがなかったら、とても動き回ってるウルフとかスカイバードに当てられないですから」
本当にスキルの力って凄いよな。【剣術1】でさえ剣士のような動きが出来るんだ。【剣術2】や【剣術3】にレベルを上げたら、一体どうなってしまうのか自分でも想像できない。まあ、このスキル効果もダンジョンの中だけで、現世に戻れば一般人に戻ってしまうんだけども。
スキルの凄さを再確認した俺と灯里は、三層の階段を目指して探索を開始する。
モンスターを倒しながら進んでいると、レベルが4に上がった。さらに嬉しいことに、三層への階段も見つかる。
「よし、行こうか」
「はい!」
俺と灯里は、一緒に三層へと向かったのだった。
◇◆◇
三層の風景も、二層と変わらず草原のままだった。
違うところがあるとすれば、モンスターの種類が増え、一度に遭遇する数も多くなっている。
「ごめん、そっち行った!」
「こっちは大丈夫です!士郎さんは前を!」
俺と戦っていたウルフが、俺を無視して後方にいる灯里に向かってしまう。だけどまだ前にには二匹のモンスターがいる。外見が中型犬ぐらいの猪のロックボアと、兎に大きな角が生えているホーンラビットだ。
二匹とも素早い。ロックボアは一直線にしか突っ込んでこないが、ホーンラビットは上と左右にぴょんぴょん跳ねて中々動きを捉えきれない。
「フゴゴ!」
「ッ――ファイア!」
真正面から向かってくる石猪に火炎を浴びせるが、知ったことかと言わんばかりに火炎の中を突っ切ってくる。受け止めると絶対に吹っ飛ばされることが分かっていたので、身体を逸らして紙一重で避ける。【回避1】を取得してなかったら、絶対に当たっていた。
安堵するのも束の間、接近していたホーンラビットが鋭利な角を向けながら跳ねてくる。左腕に装着しているバックラーで防御するも、鉄の部分がへっこんでしまった。
なんて貫通力だ。たまたま斜めに受けたからこの程度で済んだが、正面から受け止めていたらバックラーが貫かれたかもしれない。
「くそ、ファイア!」
ホーンラビットに向けて火炎を放つ。運よく直撃してくれて、角兎の白い毛並みが真っ黒に焦げる。動きも止まった。ぐるっと回ってきたロックボアが、再び突進してくる。良い案が浮かんだ俺は、後ろにホーンラビットが来るような位置に移動した。
当たる直前に横っ飛びして回避すると、ロックボアは動けないホーンラビットに突撃した。
「キュイイ!!」
突撃を喰らった角兎は可愛い悲鳴を上げて消滅した。後ろを確認すると、すでに灯里がウルフを倒していて、矢をロックボアに向けていた。
矢を放つと、走っている最中のロックボアの足に突き刺さる。足を射られたことで、石猪は横から倒れた。灯里が作ってくれた絶好の好機を無駄にする訳にはいかないと、俺はダッシュで接近する。
「はっ!」
気合を入れて、のたうち回っているロックボアの胸に剣を突き立てた。ロックボアは短い悲鳴を上げると、ポリゴンとなって消滅する。モンスターがいた下には、魔石が転がっていた。その魔石に目をくれず、俺は周囲を確認する。
ふぅ……どうやら追加のモンスターはいないみたいだな。
魔石を拾うと、灯里のもとへ歩く。
「お疲れ。灯里がアシストしてくれなかったら危なかった、ありがとう」
「そんな、私がウルフをもっと早く倒せていたら楽に倒せたのに……ごめんなさい」
「そんなことないって。それにしても、いきなり難易度上がった気がしないか?今のも結構ギリギリだったんだけど」
「そうですね。正直に言うと集団戦闘を舐めてました。今までは二対一や二対二で、私達が有利な戦いでしたけど、相手の方が数が多くなると戦うのが凄く難しいです」
灯里の言う通りだった。
敵の数が多くなると、意識が分散されてしまい戦いづらくなる。同時にくる攻撃を凌ぐのは大変だし、片方に攻撃を仕掛ければもう片方がやってくる。いくらスキルによって技術が上がったとしても、すぐにどうこう出来るものじゃない。こっちが一撃で倒せるように強くなるか、多対一の戦いに慣れるしかなかった。
たった一層上がっただけで、ここまで戦いのレベルが上がるとは思ってもみなかった。
正直に言えば、今の俺と灯里ではレベルが釣り合っていない。このまま戦っていると、いずれ殺されてしまうだろう。もう少し地道にレベルを上げてスキルを取得するか、もう一人仲間にするしかない。
「このまま戦うのは無理だ……自動ドアか二層への階段を探そう」
「そう……ですね……」
下を向く灯里。彼女の考えはなんとなく分かる。早く強くなって、早く上層に上って両親を助けたい。そんな焦りを抱いているのだろう。今まではかなり順調に進んでいたから焦りは生まれなかったが、行き止まりをくらった今、初めて不安に感じているんだと思う。
だけど今の俺では灯里を守りきることは出来ないし、このまま無理して戦って死ぬのは明らかだ。俺自身死ぬのは恐いし、灯里を死なせたくもない。
だから俺は心を鬼にして、灯里に告げた。
「今までが順調過ぎたんだ。少しぐらい立ち止まったって大丈夫だよ。さあ、行こう」
「……はい」
納得していないであろう灯里を連れて、俺達は出来る限りモンスターの戦闘を避けて扉を探す。すると、案外早く自動ドアを見つけた。
二人で自動ドアを行こうとしたその時、灯里の足が止まった。
「士郎さん、やっぱり私……」
「――危ない!」
「え――」
振り向くと、顔を上げて申し訳なさそうな顔を浮かべる灯里。その後ろには、ホーンラビットが角を向けてジャンプしていた。俺は咄嗟に灯里を突き飛ばし、バックラーを構える。しかしホーンラビットの角はバックラーをいとも容易く貫通し、そのまま俺の胸を穿った。
「ごはッ!」
「士郎さん!!」
衝撃に耐えきれず背中から倒れる。
背中の衝撃。胸を貫かれた。口から血が出てくる。息が出来ない。凄く痛い。思考がごちゃごちゃになって、何がどうなってるのか分からなくなる。
俺の胸はいったいどうなっているのだろうか。俺の身体はどうなっているのだろうか。
――灯里は無事なのだろうか。
(あ……やばい……これ……)
「士郎さん!士郎さん!」
掠れていく視界に、涙を浮かべる灯里が移る。口を開いているが、何を喋っているか聞き取れない。ダメだ……このままじゃ灯里まで死んでしまう。
「おれ……いいから……じ……ドアで……かえ――」
俺のことはいいから自動ドアで帰ってくれ。
そう言った後、意識は闇に包まれ、俺はダンジョンで初めて死んだのだった。
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