第16話二階層

 


 ダンジョンの中で昼食を取ることにした。

 リュックからレジャーシートを広げ、水筒の形をした弁当箱を取り出す。味噌汁とかも保温できる、四段弁当のアレだ。弁当は灯里が作ってくれて、全部が美味しい。

 穏やかな草原のど真ん中でご飯を食べていると、まるでピクニックに来た気分を味わえる。そんな風な感想を灯里も抱いたのか、デザートの兎型りんごをしゃりしゃり食べながらこう言ってきた。


「なんだか平和ですね。ここがダンジョンの中とは思えないです」


「俺もそう思うよ。何も知らなければ、絶好のピクニックスポットだ」


 だけど、ここは紛れもなくダンジョンの中だ。

 比較的モンスターがいない一層だからこんなゆっくりしていられるが、上階に上がるごとにモンスターの数も増え、まったりなんてしていられないだろう。じゃあ上階ではどうやって休憩するのかといえば、モンスターを近づけさせない結界のようなアイテムを使用するのだ。ギルドの魔道具店にも置いてあったが、五十万ぐらいしてとても買えなかった。


「ごちそうさま。凄く美味しかったよ」


「そう言ってもらえて嬉しいです」


 完食した俺達は、レジャーシートや弁当箱をリュックに仕舞って背負う。荷物は多少減ったけど、それでも重かった。早く【収納1】スキルが欲しい。これは俗に言うアイテムボックスというもので、亜空間的なものに物質を仕舞っておくことができるスキルだ。レベル10になると全ての冒険者が取得できるようになる。まあ、スキル消費は100ポイントとかなりお高いんだけど。

 収納のスキルレベルを上げると、収納できる量や大きさも増える。装備やアイテムをギルドに預けず、自分の収納スキルに仕舞っておく冒険者もいる。それほど、【収納】スキルは便利なのだ。


 探索を再開する。

 すると、階段と思しきモノを発見した。


「二層に続く階段……なんでしょうか」


「多分ね……行ってみよう」


「はい」


 草原の風景には不釣り合いな光る階段。十メートルぐらい昇ると先が無くなっているが、あそこまで登ればダンジョンに入った時のように二層に自動転送されるっぽい。俺達は一段一段ゆっくり上がり、最上段まで登り切った。その瞬間視界が光に包まれ、気付いたら別の景色に映り変わっていた


「ここが二層……」


「あんまり変わってないですね」


「そうだな」


 二層もまた、一層と変わらず草原のままだった。ただ、一層よりは木や岩が増えている感じがする。まあこれは動画を見ていたから分かってはいたけど。

 そんな風にぼけーっとしていると、俺達の目の前にウルフが現れた。いや……一匹だけじゃない、二匹いる!


「士郎さん!」


「うん!」


 俺は剣を、灯里は弓をすぐさま構える。二匹のウルフは唸りながら、こちらの様子を窺っていた。

 先手を打ったのは灯里だ。放った矢が、狼の足に当たる。【弓術1】と【命中1】を取得した灯里の矢は、さきほどまでよりも威力と命中精度が上がっているように思えた。

 矢が刺さったウルフはその場でのたうち回り、もう一匹のウルフはこちらに突っ込んでくる。そのウルフに向けて、俺は右手を掲げた。


「ファイア!」


「キャン!」


 右手から放たれた火炎がウルフを襲う。真正面から喰らったウルフの毛に炎が燃え映っていた。熱つさで悶えているウルフに接近し、剣を振り上げる。


(あっ……こうか)


 新しく取得した【剣術1】スキルのお蔭か、身体をどう扱えばいいのか、どこを狙えばいいのか頭に浮かんでくる。そのまま身を任せるように剣を振り下ろし、ウルフの首を刎ねた。

 凄い……これがスキルの力なのか。素人の俺でも、簡単にウルフを倒すことが出来たぞ。

 って感心している場合じゃない。ウルフはもう一匹いるんだから……と振り返ったら、既に二射目を放っていた灯里の手によって倒されていた。

 全く、頼りになる女子高生だよ。


「ん、なんだこれ?」


 安堵していると、足下に回りが黒くて中心が淡く光っている野球ボール程度の石を発見する。


「これってもしかして……」


「魔石がドロップしたんですか!?」


「そうみたいだ」


 多分、ウルフを倒した時にドロップしたのだろう。モンスターを倒すと、たまにアイテムがドロップする。魔石だったり、剣や防具などの装備がそのままの状態でドロップするのだ。狩人ゲームのように、素材みたいなアイテムは出てこない。因みにステータスの幸運値が高ければ高いほど、ドロップする確率も上がるそうだ。


 魔石を渡すと、灯里は色々な角度からじっくり観察していた。


「へー、これが魔石の実物なんですねぇ」


「それがお金になるっていうんだから、凄い世の中になったもんだよな」


 俺が今言ったように、魔石はお金になる。これぐらいの魔石でも、一つ数千円はするだろう。魔石はギルドに持ち帰り、換金することが出来るのだ。質がよかったり大きかったりすると、一個だけで数万から数十万するらしい。上位冒険者の中には、魔石の収入だけで暮らしている人も多いそうだ。

 夢があるよなぁ。


「綺麗ですね」


「そうだな。こういうのを見ると、ここは地球とは違う世界ってことが分かるよ。これは俺のリュックの方で保管しておくよ」


「お願いします!私だと失くしちゃいそうですから」


 二層についてばかりでの戦闘を終えた俺達は、さらに探索を続ける。

 風景は一層とほとんど変わらず、モンスターもスライムとウルフばかりだ。だけど二層では、新たなモンスターが出現する。


「クワー!」


「あれがスカイバードか」


「空飛んでますね」


 鳥型モンスターのスカイバード。外見はスズメを小型犬ぐらい大きくしたものだ。基本的な攻撃方法は飛びながら突撃すること。空を飛んでいるので、俺では攻撃が届かない。ファイアも恐らく当たらないだろう。動きが速いし。

 どうしようかと悩んでいたら、灯里が進言してくる。


「私、射ってみていいですか」


「当てられるのか?」


「分かりません。けど、試しにやってみようと思います」


 灯里は頼もしい事を言うと、弓矢を上空に向けた。飛び回るスカイバードに狙いを定め、強く引き絞った矢をひゅんと放った。矢はやや弧を描きながら飛んでいき、スカイバードの翼を打ち抜く。飛行できなくなったスカイバードは地面に落下すると、ピクピクンと痙攣している。


「……」


「当たっちゃいました」


「凄いな。あんな遠くにいても当てられるんだ」


「【弓術1】と【命中1】のスキルがなかったら絶対無理でしたけどね」


「そういえば、その弓矢も一応斬撃系の武器になるんだよな?ちょっと刺してみたら」


 そう提案すると、灯里は「ええ……」と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。気持ちは分かるが、いざとなったら武器になるかもしれないし、試しておくにこした事はないだろう。

 俺達は今にも死にそうなスカイバードに歩み寄る。灯里は筒の中から矢を取って、逆手で握って突き刺した。


「グエ……」


 か細い悲鳴を上げると、スカイバードはポリゴンになって消滅する。


「ちゃんと攻撃できるみたいだな」


「そうですね……でも、あんまりしたくないかもです」


 それから俺達は、モンスターとの戦闘を繰り返しながら探索を続けた。三層に続く階段は見つけられなかったけど、帰る為の自動ドアは発見した。


「今日はもう帰ろうか」


「そうですね。日も落ちてきましたし」


 灯里につられ、来た時より下がっている太陽に目を向ける。空は夕焼けに染まっていた。

 不思議な事に、ダンジョンの中は外の天候と連動している。例えば東京で雨が降っていたらダンジョンの中でも雨が降っていたり、東京が真夏の暑さだったらダンジョンの中も真夏のように暑くなってしまう。そして外が夜になれば、ダンジョンの中も夜になるのだ。全く一緒という訳でもないが、基本的に外の環境と連動するようになっている。本当に、ダンジョンは謎だらけだ。


 そして、ダンジョンにはもう一つ不思議なことがある。

 俺はリュックからスマホを取り出し、画面を開いた。時刻は17:15分と表示され、右上にある電波が一本立っている。

 そうなのだ……ダンジョンの中は圏外ではなく、電波が通っているのだ。ダンジョンの中だけで電話やメールを送れるだけじゃない。“ダンジョンの外にいる人とも連絡出来るし、なんならネットも開ける”。このファンタジー世界に、電波が通っているのだ。

 なんで電波が通っているのかは判明されていない。政府も分かっておらず、ネットの考察廚でさえもお手上げだった。なんならファンタジー世界に電波なんか通すんじゃねえよとブチギレてるし。


 俺と灯里は一緒に扉に入り、二度目の出口に戻る。

 やっぱり身体が重怠くなるし、灯里も少し気持ち悪そうだった。広場に戻り、装具一式をギルドに預け、私服に着替える。少し休んでから広場にある換金所で魔石を換金すると、千五百円になった。結局魔石がドロップしたのは一回だけだったし、初心者の冒険者じゃとても魔石で生計は立てられないな。


 冒険者証を機械に通してから、俺達はギルドを後にして、そのまま帰宅したのだった。

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