第15話ウルフ
次の日の土曜部。
俺と灯里は、昨日買ったリュックを背負い、朝早くからギルドに訪れていた。
エントランスから真っ直ぐの通路を歩き、広い大部屋に出る。装備受け取り場所で冒険者証を提示し、昨日買った剣とバックラー、それに服や靴を受け取る。それらを持って更衣室で着替え、灯里と集合して列に並んだ。
俺達の番となり、冒険者証を機械に通してからスタッフについていくと、自動ドアの前にたどり着いた。
「では、よい冒険を」
俺と灯里は、開いた自動ドアの先にある漆黒の空間へ一緒に入る。
因みに、今回も灯里は手を握ってきた。
◇◆◇
「うぅ……二回目ですけど、まだこの感覚は慣れないです」
「そうか? 俺はもう平気かも」
意識が一瞬飛び、気付いたらダンジョンの中。だけど灯里は気持ち悪そうに下を向いている。この感覚が乗り物酔いみたいで苦手だという人は結構いる。後、単純に自分の身体がどうなっているのか分からず恐怖を抱く人も。俺はわりかし大丈夫な方だ。
「いけそうか?」
「もう大丈夫です、行きましょう」
俺と灯里は、早速草原を探索する。
今日の目的はモンスターを倒してレベルを上げながら、階段を見つけて二層に行くことだ。
心地良い風を浴びながら歩いていると、スライムと遭遇する。
「俺からやるよ」
「気を付けてください」
剣を強く握り締めながら、慎重にスライムに近づく。ここまで近づいたのは初めてだ。いつ跳びついてくるか分からない。
と警戒していたら、スライムがジャンプして跳びついてきた。
「うわ!?」
驚いて情けない声を上げながらも、紙一重で躱した。その後すぐに、剣でスライムを斬る。なんだかゼリーを切っている感覚だった。真っ二つになった身体がすぐに戻ってるけど、これはダメージが入っているのだろうか?ネットの情報では、スライムは物理攻撃無効みたいな能力はなかったけど。
「あっ倒した」
疑問を抱きながらも連続で斬り続けていると、スライムの身体はポリゴンとなって消滅する。ちゃんとダメージは与えていたようで、ふぅーと安堵の息を吐きだす。
「やりましたね」
「凄い格好悪かったけどな」
「そんな事ないですよ。動画見てても、最初はみんなあんな感じでしたよ」
子供がチャンバラしているようにしか見えなかっただろうけど、灯里はサムズアップしながら褒めてくれる。彼女の優しさに励まされた。
そんな事をしていると、またもやスライムがやってきた。灯里は「今度は私の番ですね」と言って、弓を構えた。
(綺麗だ……)
弓を構える所作が美しくて、つい見惚れてしまった。
優しい目が、獲物を狩るハンターの如く鋭利になっている。集中しているのが凄く分かった。
弓引いた矢を離すと、ひゅんと風を切りながら矢が飛来する。逸れることなく、矢は寸分違わずスライムに突き刺さった。
「当たった!」
「まだです」
嬉しがることなく、灯里はすぐに筒の中から矢を取り出し再び放つ。その矢も突き刺さると、スライムはポリゴンとなって霧散した。たった二発で倒してしまった。やっぱり弓は威力があるんだな。
灯里はふぅーと肩をなで下ろすと、足下にある枝を拾って矢に変換する。これが弓術士の能力だ。
「凄いな灯里……なんかベテランのハンターみたいだったよ」
「えへへ。実は私、おじいちゃんの友達の猟師に狩りを教えてもらったことがあるんです。山にいる野兎や猪を弓矢で狩ってました」
(本物の
照れ臭そうに説明する灯里に驚愕する。
ダンジョンに入るために色々鍛えたって言ってたけど、そんな危なそうな事までやっていたとは。それも命あるものを殺していて尚且つトラウマにならなかったのも、かなり素質があるんじゃないのか?
ダンジョンの中は全てがリアルだ。生きているモンスターを殺すのに抵抗がある人も多い。それが嫌で、すぐに冒険者を辞める人もいるし。だけど灯里の場合、既に動物を殺しているから、そこのところは大丈夫だろう。
もしかして灯里って、凄腕の冒険者になれるんじゃないか?
家事全般できて、武術も習っていて、狩りもできる女子高生。
ハイスペックな灯里に驚きながら、俺達は探索を続けていく。
◇◆◇
「ワンッ!グルルルルッ」
「士郎さん……」
「ああ、ウルフだ……気をつけよう」
スライムを倒していると、初めて見るモンスターと遭遇した。
名前はウルフで、見た目は灰色の毛並みの中型犬だ。このモンスターは主に二層から出てくるけど、一層にもたまに出現する。
俺達を警戒しているのか、ウルフは唸り声を上げて威嚇してくる。こうして動物に威嚇されるのは生まれて初めてで、俺は腰が引けていた。
(こ、恐いな……)
恐怖で身体が竦んでしまう。だってそうだろう。鋭く尖った牙と爪に、俺を殺そうとする殺意の目。もし攻撃されたらどれだけ痛いんだろうと思うと、足が前に出ない。
しかし、そんな俺をウルフは待ってはくれなかった。地を蹴ると、物凄い勢いで向かってくる。
(速っ!?)
そのスピードに驚いてしまう。想像の三倍は速かった。接近され、ウルフは俺の首目掛けてジャンプしてくる。首を噛み千切ろうと思っているのだろう。恐怖心で避けることも出来ず、左腕の装着しているバックラーで咄嗟にガードした。
「ぐぅ!」
「ガァ!」
「う――うああああああ!?」
勢いに負けて、押し倒されてしまう。
噛み殺さんと口を開けてくるウルフに、俺は絶叫を上げてしまう。すると、横から矢が飛んできて、ウルフの胴体に突き刺さった。
「キャン!」
ウルフは悲鳴を上げながら俺の上から退いて離れる。
荒い呼吸を繰り返しながら、慌てて立ち上がった。矢が刺さったままのウルフは、まだ倒れる様子がない。隙を探るように歩いている。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか、士郎さん」
弓矢を構えながら問いかけてくる灯里に「なんとかね……灯里のおかげだ、ありがとう」とお礼を伝える。そして俺も剣と盾を構えた。
「来ます!」
「グアッ!」
ウルフが突進してきたと同時に、灯里が矢を放つ。しかし矢は紙一重で躱されてしまい、ウルフはそのままこちらに走ってくる。俺は灯里を守るように位置を移動し、ウルフを待ち構える。突っ込んできたウルフにバックラーを突き出し、受け止めた。跳ね飛ばされそうになる身体をなんとかこらえて、右手に持っている剣でウルフの眉間を突く。
サクッと、まるで果物にナイフを突き刺すような切れ味でウルフの頭部を貫通した。
息絶えたウルフは、俺の目の前でポリゴンになって消滅していく。
「はぁ……はぁ……やった、倒した」
「やりましたね士郎さん!」
どさっと地面に尻もちをつく俺に、灯里が明るい顔で近寄ってくる。
「たまたまだよ。もう死にたくない一心というか……無我夢中だったんだ」
そう言いながら、俺は自分の両手を見つめる。
ウルフを殺した両手は、ガタガタと震えていた。蟻とか蚊などの昆虫を除いて、今まで一度も生物を殺めたことがなかった。こんな生々しい感触を味わったことなどない。
殺すか殺されるか。そんな命のやり取りだって経験したことがなかった。
ダンジョンにいる生物が本物なのか偽物なのかは定かではない。
だけど俺は、ウルフをこの手で殺した今日この日を、忘れることはないだろう。
『レベルアップしました』
機械染みた声が頭に聞こえてくる。
ウルフを倒したことでレベルアップが上がったのだろう。どうやら灯里もレベルが上がったみたいだ。俺達は揃ってステータスを確認する。
「「ステータスオープン」」
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許斐 士郎 コノミ シロウ 26歳 男 レベル:3
職業:剣士
SP:40
HP:120/150 MP:65/65
攻撃力:180
耐久力:115
敏 捷:135
知 力:135
精神力:145
幸 運:115
スキル:【体力増加1】【物理耐性1】【炎魔術1】
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使用可能なSP 40
取得可能スキル 消費SP
【筋力増加1】 10
【体力増加2】 20
【物理耐性2】 20
【剣技1】 10
【気配探知1】 10
【回避1】 10
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全体的に少しずつ能力が上がっていて、【体力増加2】と【物理耐性2】、それと【回避1】が増えている。
SPも増えたし、ここらで新しいスキルを取得してもいいかもしれない。俺はSPを使用し、【剣術1】と【回避1】を取得した。
そのことを灯里に伝えると、どうやら彼女もスキルを取得したようだった。
「私も【弓術1】と【命中1】を取得しました。ウルフに避けられちゃったの、ちょっと悔しかったんですよね」
レベルも上がったしスキルも取得したし、二層を目指すか。
行動に移そうとした瞬間、灯里のお腹がぐうううと鳴った。彼女は恥ずかそうに頭をかきながら、
「あはは、お腹空いちゃいました。先にご飯食べてもいいですか?」
「そうだな……そうしようか」
灯里って、見た目に似合わず意外と腹ぺこキャラなんだよな……。
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