第13話感謝

 


 三年前のあの日、私の大切なものが奪われた。


「お父さん!お母さん!」


 中学三年生になる前の春休み。

 私――星野灯里は、両親と東京タワーに訪れていた。どうしてスカイツリーではなく東京タワーに行ったのか、そんな理由は忘れてしまった。多分、お父さんの気まぐれとかだったと思う。

 朝から行って、赤い階段を上って、展望台で風景を眺めて、お昼ご飯を食べて、じゃあ帰ろっかとなって、私だけ出入口の自動ドアから出た。中々出てこないお父さんとお母さんに「早くぅー」と振り返って催促したその時、自動ドアが静かに閉じた。


「何で、何で開かないの!?」


 一向に自動ドアが開かず、中からお父さんとお母さんが出てくる気配はない。周りの人達も色々不審に思っていろいろしたが、出口という出口が全て塞がれてしまっていた。

 その後すぐに警察や救急車や自衛隊の人達が沢山やってきたけど、その日一日自動ドアが開くことは無かった。


 一週間経っても、自動ドアが開くことはなかった。

 その間私は警察にお世話になって、両親が救出されるのをじっと待つ。だけど、両親は助け出されることはなかった。

 どれだけ強引に開けようとしてもビクともせず、最終手段で破壊することになったのだが、何をしても東京タワーには傷一つつかない。

 為す術がないまま無情にも時は進み、政府はこんな事を発表した。


 扉は開いた。しかし、中は異世界だった。


 何を言っているんだと思った。自分達では何も出来なくて、とうとう頭がおかしくなったのか。

 しかしそれは本当で、日本だけではなく世界中のあらゆる塔の中がそうなってしまったらしい。Twitterのトレンドで“ダンジョン”というワードがトレンドになり、異世界の中はダンジョンと呼ばれるようになった。

 ダンジョンの中にいた人は見つからず、私の両親が戻ってくることは二度となかった。


 私は、愛媛県にいるお母さんのおじいちゃんおばあちゃんの家に引き取られた。

 目の前で両親を奪われてしまった私は、心にぽっかり穴が空いたように死んでいた。世間がダンジョンブームに盛り上がっている中、私はただただ悲しみに暮れていたのだ。

 おじいちゃんとおばあちゃんを悲しませてはいけないと表面上では笑顔を取り繕っていたけど、一人になるとあの日のことを思い出して泣いてばかりだった。


 あの日から一年が経ち、私は高校生になった。

 世間は未だにダンジョンの熱が収まらず、一般人も入れるようになった。そんな時、私はあるニュースを見る。


『行方不明者発見。外傷なく生存』


 そのニュースは、悲しみに暮れていた私に希望を与えた。

 世界中で、ダンジョンに囚われていた行方不明者が次々と見つかっている。ダンジョンのボスを倒した時や、宝箱のようなものを開けると現れるらしい。それも、無傷のまま生存しているのだ。

 その情報を知った時、私は決断した。

 冒険者になろう。政府の捜索なんて待ってられない。冒険者になって、自分の力でお父さんとお母さんを取り戻そう。

 しかし、冒険者になるには十八歳以上という年齢制限がある。今の私では冒険者になれない。だから二年後の誕生日を迎えた時に、すぐにダンジョンにいけるよう準備することにした。


 バイトを始めてお金を貯め。

 おじいちゃんの知り合いの先生に武術を習い。

 一人で生きていけるよう家事全般を出来るようにして。

 日々配信されるYouTubeのダンジョンライブを見てダンジョンの知識を蓄えた。


 だけど、私は分かっていた。

 ただの女子高生が、たった一人で東京に行ってどうにか出来る訳ないって。

 だから、協力者を探すことにした。そして出来るなら、協力者は自分と同じ目的がある人がいい。


「あれ……この人って……」


 ダンジョン省のHPで、ダンジョンの被害にあった人達のリストを見ていた時、知っている名前を見つけた。


 許斐夕菜。


 中学で仲の良かった友達だ。

 まさか夕菜がダンジョンに取り込まれているとは思わなかった。両親のことで頭が一杯で、こんな身近にダンジョンに取り込まれている人がいるとは思いもしなかったのだ。


「夕菜もそうだったんだ……あれ、待って……確か夕菜ってお兄さんいたよね」


 夕菜と一緒に居た時、彼女はよく兄のことを話していた。

 かっこよくて優しくて頼りになる、九歳上の頼れる兄だと。時間がいればお兄さんの自慢話をしていて、聞き飽きたぐらいだ。

 もしかしたら、お兄さんも夕菜を救い出すために冒険者になっているかもしれない。

 協力者はこの人しかいない。もっと大きく言えば、運命だとさえ思った。

 一応駄目だった時のために他の候補も立てておいたけど、私の頭の中で協力者はお兄さんしかいなかった。


 二年が経ち、私は十八歳になった。

 何度も冒険者になることを反対してきたおじいちゃんとおばあちゃんを押し切り、私は愛媛を出て東京に向かった。


 三年ぶりの東京。ここに来ると、どうしてもあの日のことを思いだす。

 少しだけ東京タワーに足を運ぼうとしたけど、我慢してやめた。あそこに行くのは、ダンジョンに行く日と決めていた。


 お兄さんの住んでいる場所は、彼の両親から教えてもらっている。

 自宅にいると思って電話したのだが、本人は今東京で住んでいるらしい。憔悴している夕菜の母親からお兄さんの住所を教えてもらった。


「ここか……」


 夕方に到着した。チャイムを鳴らしたが、出てこない。まだ仕事に行っているんだろうか。

 お兄さんが来るまで、私はドアの前で待つことにした。

 帰ってくる気配は全然なく、寒くなってきたので身体を縮こませていると、いつの間にか眠ってしまっていた。


 肩を揺さぶられて起きると、よれたスーツに身を包んだ、優しそうな顔立ちの青年が心配そうに立っていた。

 この人が許斐士郎さんだ。そう確信した私はすぐに立ち上がり、お兄さんに懇願した。



「お願いがあります、私とダンジョンに行ってください!」


 お兄さんは困惑していたけど、くしゃみをした私を心配して家の中にいれてくれて、すぐにあったかい牛乳を用意してくれた。夕菜の言っていたとおり、優しい人だった。

 だけど、私の思っていた感じではなかった。お兄さんは冒険者でもなく、夕菜から嫌われていると言っていた。

 どうなっているのだろう。夕菜は私に嘘をついていたのだろうか。いや、あの笑顔は本物だった。嘘をついているとは到底思えない。私は夕菜を信じた。

 だから、お兄さんにもう一度頼んだのだ。


「お願いします!私と一緒に、ダンジョンに行ってください!頼れる人は、許斐さんしかいないんです!」


 その場で返事は貰えず、時間が欲しいと言われた。

 お兄さんのベッドを貸してもらえることになり、私はベッドに横になった。だけど寝ようとは思わなかった。もし襲われたら、反撃するために。そしたら、私は家を出ようと思っていた。協力者の件も変えなければならない。

 そんな私の不安は、全くの杞憂に終わった。


 リビングに行くと、お兄さんはソファーで爆睡していた。なんの警戒もなく、規則正しい寝息を立てている。そんな彼を見て、少しだけ自分が恥ずかしくなった。


 次の日、朝から近くのファミレスに行って、ご飯を食べた後。

 お兄さんは私にこう言った。


「ダンジョンの件だけど、俺も行くことにしたよ」


 聞き間違いかと思ったけど、本当だった。

 凄く嬉しかった。その時私は、心底安堵したと思う。

 それからおじいちゃんとおばあちゃんと電話して、同居させてほしいという私の無理なお願いを聞いてくれた。

 この人で良かった。

 夕菜の言っていたことは、やっぱり間違っていなかったんだと思った。


 それから買い物して、帰ってご飯を食べて、寝た。

 私がソファーで寝るといったら、ベッドが届くまでこっちを使っていいと言われた。


「士郎さんの匂い……」


 お兄さんの匂いに包まれながら、多分私は、三年ぶりにぐっすり寝たのだった。


 次の日。

 ダンジョンに行って、冒険者の登録をした。

 ほとんど士郎さん任せで、私はなにもできなかった。多分、一人で来ても何をすればいいかわからず途方に暮れていただろう。士郎さんは凄く頼りになって、大人って感じがした。


 それから二人でダンジョンに入った。入る時に怖くて無意識に手を繋いでしまったけど、まさかあのシーンが動画のサムネ画像になるとは思わず、少しだけ恥ずかしかった。

 ダンジョンの中は壮大で、見たことない景色に私は目を奪われてしまった。その後はスキルの確認と取得をして、スライムと戦った。


 ダンジョンから出た時、疲労感が凄かった。お兄さんは平気そうだったけど、今にも寝そうになってしまう。

 ご飯を食べてゆっくりしてから、帰った。


 次の日、士郎さんは朝早く仕事に向かった。

 その間、私は家事をした後、この辺りの散策と買い物をしたりしていた。

 すると、士郎さんからラインで『ごめん、今日は遅くなる』とメッセージが送られてくる。


「了解致しました。お仕事頑張ってくださいっと……そっか、今日は遅くなるのか」


 家で一人になるのは、少しだけ寂しかった。

 士郎さんに協力者を断られたり、同居を断わられたりした場合、一人暮らしを予定していた。だけど、こうしてみると一人暮らしは無理だったと思う。家には両親やおじいちゃんおばあちゃんがいたから一人になったことはなかったけど、もし一人で狭いアパートに暮らすことになっていたらどうなっていただろうと、ふと怖くなった。

 そう思うと、こんな赤の他人である私と同居するのを許してくれた士郎さんには感謝しかない。押しかけて迷惑をかけた私を受け入れてくれて、本当に感謝している。

 だけど、お世話になりっぱなしはダメだ。少しでも、力になることをしよう。

 そう思って、私は夕食に取り掛かったのだ。


 九時を過ぎた頃、士郎さんが帰ってきた。


「ただいま」「おかえりなさい」。そのやり取りが夫婦っぽくて、少しだけ照れ臭くなってしまった。


 二人でご飯を食べて、今日あったことを話して、お風呂に入って、士郎さんのベッドに入った。

 今日でこのベッドで寝れなくなると思うと、少しだけ寂しくなる。けど、いつまでも士郎さんをソファーで寝させるわけにはいかないし、仕方ないよね。

 私はスマホのタイマーを六時に設定して、その夜もぐっすり眠ったのだった。

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