第12話同居生活
――ピピピピッピピピピッ
週の五回は聞いている、スマホのアラームによって目を覚ました。
この音を聞くだけで、“今日も仕事だ”という嫌な気分を朝から抱いてしまう。
スマホの画面を確認すると、時刻は6:45を表示している。朝食やら仕度などを合わせて、余裕を持って会社に到着できる時間だ。
今日は月曜日。
サラリーマンにとって、一番げんなりしてしまう日といっても過言ではないだろう。楽しい休日を終えて、また五日間もしくは六日間会社に行き仕事をしなければならないと思うと、億劫でしかない。
月曜日なんて滅びてしまえばいい。毎週月曜日が来る度にそう思っているサラリーマンは、決して少なくないはずだ。
いつもと同じ、最低最悪な月曜日。
けど今日は、いつもとは違う月曜日だった。
「あっおはようございます」
「おはよう」
キッチンから朝日よりも明るく眩しい笑顔で挨拶してきたのは、同居人の星野灯里。
十八歳になったばかりの現役女子高生だ。今は休学し、俺の部屋で同居している。
何故そんな展開になったかと言われれば、灯里は自分と同じ“ダンジョン被害者”である俺を頼って、愛媛から東京にやってきたからだった。
灯里は両親を、俺は妹の夕菜をダンジョンに取り込まれてしまっている。三人を救い出すために、俺と灯里は協力者となったのだ。
(身体……痛いな……)
身体を起こすと、アチコチが固まっている。自分のベッドは灯里に貸してあげているから、俺はリビングのソファーで寝ていた。年下の女の子をソファーで寝させる訳にはいかないからな。
二日前にベッドを買って配達を頼んだから、何事もなければ明日来るはずだ。それまでの我慢である。
「早いね、まさか起きてるとは思わなかったよ。もしかして、朝食を作ってくれたのか?」
「勿論ですよ、私は家事全般をするって約束しましたから!それに私、朝は強いんです。もう出来たので、今準備しますね」
「ありがとう。俺は顔洗ってくるよ」
「はーい」
立ち上がり、洗面台へ向かう。その際に皿を持った灯里とすれ違ったが、彼女は可愛らしい花柄のエプロンをかけていた。それがなんだか新妻っぽくて、俺はつい目で追って見惚れてしまう。
(って、いかんいかん。なにが新妻だよ、相手は女子高生だぞ。こうして同居しているのも許可を貰ったからなんだ。世間的にはアウトなんだぞ)
ジャブジャブと顔を洗い、降って湧いた邪まな考えを洗い流す。
確かに灯里は可愛い。テレビに出ているタレントなんか目じゃないくらい整ってる。顔だけではなく、大人に変わりつつある身体も魅力的だ。
正直に言えば、彼女を一人の女性として見てしまいそうな時もある。しかし、俺は二十六歳の大人で、彼女は十八歳、女子高生の子供だ。絶対に、そういう関係になってはいけない。“思ってはいけない”。
――ウイイイイイイイン。
二万円した電動髭剃り機で、ぽつぽつと生え始めている髭を剃る。最初の頃はケチって安い髭剃り機を使っていたのだが、すぐに壊れるし剃り心地も悪いので、思い切って高いのを買った。一年以上経っても壊れないし、剃り心地も安いのとは段違い。もっと早く買っておけばと後悔したのを思い出す。
タオルで顔を拭いてから、自室に戻った。
自分の部屋の筈なのに、何故だか甘い香りがほんのりと漂ってくる。多分、灯里の匂いだろう。少ししかいない筈なのに、もう匂いを上書きされてしまった。
そんな馬鹿なことを考えながら、スーツに着替える。リビングに戻ると、テーブルには朝ごはんが用意されていた。
ご飯に味噌汁、目玉焼きにウインナーとサラダ。定番な朝ごはんだけど、こんなしっかりした朝ごはんを見るのは何年ぶりだろうか。
「美味しそうだ」
「士郎さんは朝はご飯派とパン派、どっち派ですか?今日はご飯にしちゃいましたけど」
「ほとんど食べないかな。会社に行く途中でコンビニで買うコーヒーとチョコバーくらい」
「ええ!?ダメですよそんなんじゃ!朝ごはんは一日の始まりなんです!食べないと身体が元気にならないんですよ!」
「でもほら、ご飯作るのって面倒だしさ……」
「なら今後は私がしっかり作りますのでちゃんと食べてくださいね!」
むっとした顔で説教をする灯里に、二十六歳のおっさんはたじたじになりながら話題を逸らす。
「そ、そういえば、灯里はどっち派なんだ?」
「私はどっちも好きですけど、どっちかというとご飯ですかね。おじいちゃんの家の時はずっとご飯でしたから」
「じゃあ、朝はご飯で頼むよ。いいかな」
「了解しました!」
それから俺達は「いただきます」と言って、ご飯を食べていく。
数年ぶりのしっかりとした朝ごはん。懐かしさを感じつつ、幸せを噛み締めるように食べる。あったかいご飯と味噌汁って、こんなに美味しかったっけ……。
黙々と食べている俺が気になったのか、灯里が心配そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
「美味しくないですか?」
「うまいよ。うますぎて、言葉が出なかったんだ」
「なんだ、それなら良かったです」
ほっと安堵の息を吐く彼女に、今度は俺から問いかける。
「俺が仕事に行っている間、灯里はどうするんだ?ダンジョンに行くのか?」
「とりあえず家事をしたり、この辺を散策したり、足りない物を買ったりしようと思ってますよ」
「そっか」
「安心してください。ダンジョンに行く時は士郎さんと一緒ですから」
笑顔でそう言う灯里に、心配していたことがバレていてきまりが悪くなる。
完食して「ごちそうさまでした」と言うと、俺は鞄を持って玄関に向かった。靴を履くと、ついてきた灯里の顔を見ながら告げる。
「じゃあ……行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい!」
踵を返そうとすると、灯里が「あっちょっと待ってください」と言うので待つと、彼女は俺のネクタイをきゅっと締めた。
「これでばっちしです!」
「……ありがとう」
お礼の言葉を言って、顔が赤くなる前に家を出た。
「はぁ~~~~~~~~~」
扉に寄りかかりながら、深いため息を吐く。
今のはやばかった。本当にやばかった。可愛すぎるだろマジで。あんなの卑怯だろ。惚れちゃうって……。
駄目だ駄目だ駄目だ。何を考えているんだ許斐士郎よ。灯里の爺さんとも約束したじゃないか。灯里には絶対に手を出さないって。
でも、いきなりあんな事されたらさ、抱きしめたくなっちゃうじゃないか。
「はぁ……あんな可愛い女の子との同居生活、やっていけるのか?」
同居生活三日目にして、俺は自分の考えが甘かったと反省したのだった。
◇◆◇
今日はなんだか調子がいい。
全然眠くならないし、頭もぼーっとしていない。これも、灯里が作ってくれた朝ごはんを食べたおかげかもしれないな。
いつもより良いペースで仕事を片付けていると、不意に肩を叩かれる。
「おう許斐君、月曜日だというのに仕事が早いな」
「ど、どうも」
声をかけてきたのは上司の倉島さんだった。
別に無能でも嫌いな上司でもないけど、苦手ではある。ガタイもよくてTHE体育系の見た目に張りのある声。大学生の頃から苦手なタイプの人間だ。
それに彼は、自分の仕事や大変な仕事を俺に押し付けたりしてくる。時間がかかってしまっても残業代はちゃんと貰えるので文句はないが、なんで俺ばっかりと愚痴ることはあった。勿論心の中だけだけど。
「そんな君に朗報がある。実はこれもやってほしいんだ」
「これを……ですか」
書類を受け取る。その内容は、けっこう面倒なものだった。
「やってもらえるかな」
「……はい」
そう答えるしかないだろう。
倉島さんは上司で、俺は部下。上司に出来ないと言える部下なんていない。
はぁ……これでまた、同僚にまたイエスマンだとか馬鹿にされるんだろうな。
「君ならそう言ってくれると思ったよ。では頼んだぞ」
俺の背中を叩いて、倉島さんは踵を返した。
今日は残業せずに帰ろうと思っていたのだが、この分じゃ今日も遅くなりそうだな。
(灯里に連絡しておかなくちゃ)
交換していたラインのメッセージで灯里に『ごめん、今日は遅くなる』と送る。
するとすぐに、『了解致しました。お仕事頑張ってください!』と返信がきた。
「なんか、これだけで元気が出るな」
落ち込んでいたのに、たった一つのメッセージでやる気が出るとは。
自分はこうも単純な男だったのかと、メッセージを眺めながらそう思ったのだった。
◇◆◇
時刻は二十一時半。
今日も遅くまで残業してしまった。
「ただいまー」
そう言ってドアを開けると、とととっと灯里がやってくる。
「おかえりなさい。ご飯とお風呂、どっちにします?」
“それとも私ですか?”そう続くと思っていたけど、流石にそれはないか。
「じゃあ、ご飯をお願いしていいかな」
「了解です!すぐ準備しますね!」
笑顔でおかえりって言ってもらえて、手作りの美味しいご飯が食べられる。
全身の疲れが一気に吹っ飛び、幸せってこんな感じなのかなと、ふと思ったのだった。
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