第6話買い物

 



 星野さんの祖父との電話を終えた俺は、店内に戻ってスマホを返した。

 受け取った彼女は恐る恐る問いかけてくる。


「おじいちゃん、なんて言ってました?」


「かなり怒ってたけど、とりあえず一時的に住まうことは許可してもらったよ」


「やった!ありがとうございます!」


「あくまでも一時的だからね。こっちの生活に慣れたら、一人暮らしをしてもらう予定だから。それと、後でもう一度電話しろって」


「分かりました」


 嬉しそうに頷く星野さん。


 彼女の祖父とは色々な事を話した。

 まず、祖父は俺のことを知っていた。どうやら東京に出る際、俺のことを頼ると言って出てきたそうだ。それから、孫娘が勝手なことをして迷惑をかけて申し訳ないと、何度も謝られた。

 祖父や祖母も、星野さんが冒険者になることは何度も引き留めたらしい。だが彼女の意志は固く、全く聞き入れてもらえなかった。勝手に家を出ていくことも、薄々感づいていたみたいだ。


 その上で、もし許してもらえるなら俺の所に居させてほしいと頼まれた。東京で生活するなら、一人でいるより信頼できる人の所にいるのが安心できるだろうと。出来る限り、援助はするからと。

 そして最後に、もし大事な孫娘に手を出したら殺すからその時は覚悟しておけよと脅し気味に念押しされた。星野さんは可愛いかもしれないが、九歳も離れた女子高生だ。それも、夕菜と友達でもある。間違いは絶対に起こさないと、祖父に固く誓った。


 保護者の同意を得られたのは大きい。これで、即逮捕ということにはならないだろう。正直に話して良かったと、胸をなでおろした。


「じゃあ、買い物に行こうか」


「ダンジョンに行かないんですか?」


「逸る気持ちも分かるけど、まずは星野さんの私物や家具を買おう。消える訳じゃないんだ、ダンジョンは明日にしよう」


「分かりました!」


「言っておくけど、自分の物は自分で買うんだよ。おじいさんにも、甘やかすなって言われてるから。ここは俺がおごるけど」


「勿論ですよ!じゃあ、お言葉に甘えてごちそうになります!」



 ◇◆◇



 ファミレスを出た俺達は、近くのショッピングモールにやってきていた。

 ここなら家具店や服屋、他にも小物類とかも揃っている。


「これ可愛いな、でも高いなー」


 女の子の買い物は長いっていうけど、本当にその通りだった。

 星野さんは色々吟味しながら購入している。あまり貯金を崩したくないのか、出来るだけ安く、それでいて見た目もよくコスパがいいのを選んでいる。


 あらかた必要な物を買い終わったころには、夕方になっていた。

 そして俺の両手には、パンパンに詰められた買い物袋。こんな時、車が欲しいと思うんだよなぁ。ベッドやタンスなどの大物系は配達にしたけど、それでもかなりの量がある。沢山歩いた上でこんな大荷物を持って帰ると思うと、少しだけ気が滅入る。そんなおっさんとは違って、星野さんはまだまだ元気そうだった。若いっていいなぁ。


「すみません、調子に乗って買い過ぎちゃいました。大丈夫ですか?」


「これでも男だから、大丈夫だよ」


 ぷるぷると震えた両手で言われても、説得力はないよな。



 ◇◆◇



 俺と星野さんはゆっくり歩いて、やっと帰路についた。

 荷物を置いて肩を回していると、申し訳なさそうに尋ねてくる。


「肩、揉みましょうか?」


「俺の事はいいから、買ってきた物の整理をしちゃいなよ」


「分かりました、すぐに終わらせます」


 そう言うと、星野さんはガサゴソと買い物袋を漁って整理する。それを横目に、俺はソファーに横になった。


(疲れたな~)


 俺はウィンドウショッピングとかしないし、欲しいのがあったら即決するタイプだ。だからこんなに長い時間お店を回ったのも初めてで、両足がパンパンになっていた。世の男性は、彼女のショッピングに付き合ってると思うと凄いなと感心してしまう。


 慣れないことで疲れてしまったのだろう。

 うとうとして、いつの間にか眠ってしまっていた。良い匂いが漂ってきてふと目を覚ます。起き上がりながら星野さんを探すと、キッチンで料理を作っていた。

 この良い匂いは、星野さんの料理だったのか。


「起きました?すみません、キッチン勝手に使っちゃってます」


「気にしなくていいよ。今日からここに住むんだから、遠慮なく使ってよ」


「えへへ、ありがとうございます。後もう少しで出来るので、もうちょっと待っててください」


「俺も手伝うよ」


 はにかむ星野さんにそう言うが、「大丈夫ですから、そこに居てください!」と頑なに言われてしまったので、大人しく待っていることにした。

 完成したのか、星野さんはどんどん皿を持ってくる。


「おお、カレーか!」


 良い匂いの正体はカレーだった。この匂いを嗅いでいるだけで、お腹が空いてくる。

 他にもサラダや餃子が出てきた。めちゃくちゃ美味しそう。


「カレーやサラダはそんなに手間もかからないんで、今日はこれにしました。餃子は冷凍です」


「全然いいよ、凄く美味しそうだ」


 準備を終えた俺達は向かい合って座わり手を合わせる。


「「いただきます」」


 温かいカレーに、シャキシャキのサラダ、熱々の餃子。

 そのどれもが美味しくて、手に持つスプーンや箸が止まらなかった。


「ごめん、おかわりってある?」


「ありますよ、じゃんじゃん食べてください!」


「ありがとう」


 あっという間にカレーの器を空にしてしまった俺は、おかわりを所望する。おかわりすることを読んでいたのか、ごはんもカレーも多めに作っていたらしい。器を貰った俺は、どんどん食べていく。


「ふぅ~、食った食った。ごちそうさま、凄く美味しかった」


「お世辞なんて言わなくていいですよ」


「お世辞なんかじゃないよ。こんなに美味しいご飯、久しぶりに食べたんだ」


 マジで美味かった。

 それに、九年ぶりに誰かと食卓を囲って食べたのも、凄く楽しかった。

 謙遜する彼女に心の底から本音を告げると、「えへへ」と照れ臭そうに微笑んで、


「それなら良かったです。昨日振る舞えなかった料理スキルを見せれました!」


「料理の腕を磨いたって話は、嘘じゃなかったんだね」


「当たり前です!もしかして信じてなかったんですか!」


「ごめん、星野さんを疑ってわけじゃないんだ」


「灯里でいいですよ」


「えっ?」


「名前で呼んでください。許斐さんは大人で年上なんだから、私のことは呼び捨てでいいんです。というか、さん付けで呼ばれるとむず痒いんです」


 突然そんな事を言ってきた星野さんに、面喰らってしまった。

 年下だけど、他人だから一応さん付けで呼んでいたが……そうか、これから協力者になるんだし、名前でもいいか。


「分かった。じゃあ灯里、俺のことも名前で呼んでくれ」


「ええ!?そんなこと出来ないですよ!」


「協力者になるんだから、遠慮はなくそう」


「じ、じゃあ……士郎さん」


「なんだかむず痒いな」


「ほらー!やっぱり名字でいいじゃないですか!」


「大丈夫、すぐ慣れるから」


 それから俺達は二人で食器を洗い、風呂を沸かして順番に入った。

 ゆっくりして、そろそろ寝ようかという時、俺は灯里に問いかける。


「なあ灯里、思うんだけどさ。本当にいいのか?」


「えっ何がですか?」


「俺と一緒に暮らすことだよ。出会ったばかりの男と暮らすのは恐くないのか?襲われたりするかもしれないとか思わないのか?勿論俺は灯里に対してそんな事はしないし、お爺さんにもキツく言われている。だけど、そういう可能性もあると、少しも考えなかったのか?」


 考えないはずはないと思うんだ。

 男と女が一緒に生活する。間違いが起きないとは限らない。身体を求められるかもしれない。実際にそういう事が起こっているから、世間の目も厳しいんだ。

 なのに、灯里は自分から住まわせてくださいと言った。彼女はどれだけ、危機感を持っているのだろうか。それが知りたかった。


「ぶっちゃけますと、昨日の夜は寝てなかったんです」


「そ……そうなのか?」


「はい。もし許斐さん……士郎さんに襲われたら、すぐ逃げられるように。もし士郎さんが襲ってきたら、協力者も諦めて、一人暮らしをする予定でした。でも、士郎さんは襲ってこなかったし、夕菜が言ってた通り優しい人だった」


「……そうだったのか」


「ごめんなさい、試すような真似をして。それに士郎さんの善意につけこんで、転がり込もうとしたことも謝ります」


 深く頭を下げて謝ってくる灯里。

 そう言われて、俺としてはほっとしていた。今時の女子高生は貞操観念緩すぎないかと不安にも思ったぐらいだ。灯里がちゃんと考えているようで安心した。


「それを聞けて安心したよ。でも、もし俺が無理矢理襲ったとしたらどうしてたんだ?」


「それならご心配なく。この二年間で、色々な武術とか習いましたので、そこらの野郎共には負けない自信があります」


「あ……そうですか」


 にっこりと、下半身が縮むような恐い笑みを浮かべる灯里。

 襲うつもりは全くなかったけど、襲わなくてよかったと心の底から安堵した。

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