第5話電話
「ん……んん」
朝日が顔に当たり、眩しさに目を覚ます。
両手を上げて背中を伸ばすと、身体のふしぶしが固い上に痛い。覚醒しきっていない頭で「なんでだろう」と不思議に思いながら大きな欠伸をしていると、目の前から澄んだ声が聞こえてくる。
「おはようございます、許斐さん」
「おはよ~……うわぁぁぁぁああああああ!?」
驚いて悲鳴を上げてしまった。
だって仕方ないだろう。朝起きたら、目の前に超絶美少女がいるんだから。
肩まであるサラサラなセミロングの黒髪は、しっとり濡れている。目は大きく、睫毛も長くて艶やかで。鼻は高く唇は小さくて、幼いながらも、徐々に大人な顔つきになっているような端正な顔。
ロンTに包まれた胸はプリントされている文字を歪ませるほど大きく、ジーンズのショートパンツからはみ出た生足は健康的で色っぽい。プロポーション抜群の身体つきだった。
誰がどう見ても美少女が、なんで俺の目に前にいるのだろうか?
ここは俺の家?まさかまだ夢の中にいるのか?
困惑していると、目の前にいる美少女は「ぷふっ」と可愛らしく笑いながら、
「もしかして寝ぼけてるんですか?私ですよ、星野灯里です」
「星野さん……」
その名前を聞いて、やっと頭が回り出す。
突然やってきて、一緒にダンジョンに行きませんかと誘ってきた女子高生の星野さん。
そういえば昨日、俺は彼女のことを仕方なく家に泊めたんだった。だけど、こんなに可愛かったか?
確かに昨日は帽子を深めに被って厚着をしていたから、それほどしっかり外見を見たわけではないけども。まさかこんな美少女だとは思いもしなかった。テレビに出ているタレントより断然可愛いぞ。
星野さんのビフォーアフターに驚いていると、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、ごめんなさい。断りもなく使うのはダメって分かるんですけど、どうしても寝汗が気持ち悪くて、勝手にシャワー借りちゃいました。それとタオルも……。起こそうとは思ったんですけど、許斐さんぐっすり寝てるから起こし辛くて……」
ああ、それで髪がしっとりしていて、ラフな格好をしているのか。
ぐっすり寝ていた……か。今は何時だよと近くに置いてあったスマホを見ると、九時になっていた。
げっ……そんなに寝ていたのか俺。いくら今日が休日でも、九時間は寝すぎだろう。こんなに長い時間寝たのも随分久々だ。
「俺もシャワー浴びてきていい?」
「はい!どうぞお構いなく!」
一言告げてから、浴室に向かう。
洗面所にある鏡に自分が映った。ぼさぼさの髪に、うっすらと髭が生えた冴えない顔。くたびれたYシャツにヨレヨレのネクタイ。中年太りしてないからまだマシだけど、随分だらしない姿だと、自分で自分が嫌になった。
着ている服をポイポイと脱ぎ捨て、真っ裸で風呂場に入る。
「ん……なんだか良い匂いがする」
浴室に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。
なんでだろうと首を傾げていると、そういえば星野さんがシャワーを浴びた後だと思い出した。あの美少女がここでシャワーを浴びたのだと想像すると、下半身に血が集まってくる。その妄想と熱を冷ますために、冷たいシャワーを頭からぶっかけた。
浴室から出ると、生え初めの髭を剃る。ドライヤーで頭を乾かした後、下着と私服を着てリビングに戻った。
星野さんはソファーではなく地べたに座りながら、スマホを見ている。俺に気がつくと、突然頭を下げてきた。
「すみませんでした」
「えっと、なにが?」
「夜遅くまでお邪魔した上に、そのまま泊めてもらっちゃって。お蔭で――ぐぅぅぅ」
彼女が話している際に、お腹から気持ちのいい音が鳴り響く。星野さんは顔を真っ赤に染めて、隠すように両手でお腹を隠した。
昨日もこんなやりとりをしたな。それが可笑しくて笑いながら、俺は彼女に提案する。
「とりあえず、朝ご飯食べに行こうか。荷物は……とりあえずそのままでいいよ」
◇◆◇
腹ぺこの星野さんを連れ、アパートから徒歩五分ほどにあるファミレスにやってきた。
まだ九時なので、モーニングしかやっていない。俺はサンドイッチとコーヒーを。星野さんはフレンチトーストとコーヒーを頼んだ。
熱々のハニートーストに蜂蜜をたっぷりかけて食べる星野さんは、とても幸せそうだった。よっぽどお腹が空いていたのか、おかわりを頼み、ぺろりと平らげてしまった。見てるだけでお腹一杯になる。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
「それは良かったよ。それで星野さん、ダンジョンのことなんだけど」
「はい」
本題に入ると、彼女は姿勢を正し、真剣な表情を浮かべる。
そんな星野さんにつられて俺も姿勢を正すと、しっかりと自分の考えを伝える。
「ダンジョンの件だけど、俺も行くことにしたよ」
「本当ですか!?」
嬉しそうに声を上げると、周りで食べていたお客が何事だと視線を向けてくる。俺は周りのお客に頭を下げて謝ると、彼女を注意した。
「しー、少し落ち着こうか」
「すみません、つい嬉しくて……」
しょんぼりと反省している星野さんに、俺は続けて話す。
「一晩色々と考えてみたんだ。夕菜のこと、夕菜の友達である星野さんのことを。正直に言うと、俺は夕菜のことなんてどうでもいいと思ってた。中学に上がると、あいつは俺のことが嫌いになって、顔を合わせば死んでとか言ってたからな」
「そんな……夕菜がそんな事言うはずありません。だって、いつもお兄さんの許斐さんのこと……」
「学校では違ったんだろ? いったいどっちが夕菜の本心かは分からないけど、もし星野さんといた時が本当の夕菜の気持ちだったなら、俺は夕菜を助けたいと思った。あいつの兄として……」
「許斐さん……」
「それともう一つは……君だ」
「私……ですか?」
自分を指して戸惑う星野さんに、俺は「うん」と頷いて。
「もし俺が断ったら、君はどうする気だった?」
「……何も考えてませんでした、夕菜のお兄さんだからきっと話せば分かってくれるって勝手に思ってました。もし断れてたら、一人でダンジョンに行ってました」
「だと思ったよ。愛媛から一人でやってきて、こんな都会で頼る人もいないままダンジョンに行くことは女子高生としてはきつ過ぎる。もし何かあったらって思ったら、心配になったんだ。だから、ダンジョンに行くと決めたんだよ」
そう告げると、星野さんは何故か「ふふ」と微笑む。
なにがおかしいんだと尋ねると、彼女は「だって」と言って、
「夕菜から聞いてたとおりの人だったんだもん。優しいなって」
「優しくはないよ。俺も、夕菜を取り戻すために君を利用するんだから。それと、協力するにあたっていくつか条件がある」
「な、なんでしょう……」
「俺は平日は基本朝から晩まで働いてる。だからダンジョンに行けるとしたら、土日の休日や祝日、それと余裕があったら仕事終わりだけだ。それでもいいか?」
「はい、全然構いません」
「後は身分証明書を見せてほしい。疑うことになってしまうんだけど、ちゃんと本人かどうかを確認したい」
そうお願いすると、星野さんは財布からカードを取り出して渡してくる。
そのカードは学生証で、彼女の本名と顔写真と高校三年生であることが掲載されている。確認した俺は、学生証を返した。
「ありがとう。それと星野さんは、住む場所はあるのか?」
「お金はバイトで貯めてあるので、アパートを借りようと思ってました」
「答えづらいと思うんだけど、どれくらい?」
「百万くらいです」
結構貯めたな。
高校生が二年間しかバイトしていない割りには、百万貯めたのは凄いと思う。よっぽど頑張ったんだろうな。
「なら、今日はアパートを借りよう。この辺は安くても五万ぐらいだけど、大丈夫?」
そう問いかけると、星野さんは言いづらそうに「あのー」と言って、
「それなんですけど、許斐さんの家に住まわせてはいただけないでしょうか……」
「いや、無理だよ。昨日は時間も時間だから仕方なく泊めさせたけど、女子高生を住まわせるのってアウトだからね。犯罪者になっちゃうよ」
周囲に聞こえないよう小声ではっきり答えると、星野さんは「そこをなんとかお願いします!」と勢いよく頭を下げてきた。
「掃除に料理に洗濯、家事は何でもやりますから!一人暮らしって恐そうだし大変そうだし、出来ればお金はダンジョン用に取っておきたいんです。だからどうかお願いします、絶対にご迷惑をおかけしませんから!」
「そう言われてもね……」
懇願されて困ってしまう。
確かに、女子高生の星野さんにアパートを探して今日からそこに住めと言っても難しいだろう。一人暮らしを始めるってのは、アパートを借りただけじゃできない。家具や道具とかも新しく買って揃えなければならないし、色々と労力も必要だ。必要最低限の物を揃えるだけで、貯金の半分は吹っ飛んでしまう。
それに女性の一人暮らしは男性と違って防犯対策も踏まえて良い所に住まなくてはならない。ましてや彼女はまだ高校生だ。安いアパートでは危険だろう。
別に、俺の家に住まわせるのは構わない。元々広くて持て余していたし、苦手な人間関係も彼女の性格なら問題ないと思う。同僚の前では一言二言しか喋れない俺でも、わりと普通に喋れるし。
ただ一つ問題なのは、彼女が親戚とかでもなく全くの赤の他人で、それも女子高生だという事だ。今ではもう十八歳は成人扱いだから歳は大丈夫なんだけど、流石に女子高生を住まわせるのはマズいだろう。
「愛媛の祖父とかには援助してもらえないのか?」
「それが……冒険者になることはおじいちゃんとおばあちゃんには反対されてて、勝手に家を出てきちゃったので……」
マジかよ。それって結構マズいんじゃないんだろうか。
「今、おじいさんと電話することって出来る?話しがしたいんだけど」
「はい、電話に出てくれればいいんですけど……」
そう言って、星野さんはスマホで愛媛の自宅に電話をかける。三コールぐらいで繋がった。
「あっおばあちゃん?うん、元気だよ。ごめんなさい、勝手に出ていって。それでなんだけど、おじいちゃんっている?あっうん、ありがと。あっもしもしおじいちゃん?ちょっと、話してほしい人がいるんだけど、かわるね」
星野さんから「はい」とスマホを受け取った俺は、「外で話してくる」と星野さんに告げて席を立つ。
外に出てから、電話を再開した。
「もしもし、私は許斐という者ですが――」
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