第4話カップラーメン
「一日だけ、考えさせてくれないか」
小さい声でそう告げると、顔を上げた星野さんは唇を噛んでいる。良い返事が貰えなくて、悔しそうな顔を浮かべていた。
そんな彼女の顔を見ていられず、俺は俯きながら重い口を開く。
「君の境遇には、同情するよ。夕菜の事も、事実かもしれない。ただ、急にいろんな事を言われて頭が追いつかないんだ。だから、整理する時間が欲しい」
「そう……ですよね。私も、自分が無茶で失礼な事を言っているのは分かってるんです。でも……私が頼れる人は、許斐さんしかいないんです」
「……」
そう言われても、俺にとって星野さんは赤の他人でしかない。
会社の同僚にイエスマンと揶揄される俺でも、今回ばかりはおいそれと了承する訳にはいかなかった。
――ぐぅぅぅ。
しみったれた雰囲気をぶち壊すかのように、星野さんのお腹から大きな音が鳴った。恥ずかしそうに手を当てる。お腹の音のお蔭で少しだけ気が楽になった俺は、ゆっくり立ち上がった。
「カップラーメンでいいかな?悪いけど、それぐらいしか出せないんだ」
「じゃ、じゃあ私が作ります!料理の方も腕を磨いてきたので、美味しく出来ると思います!」
「気持ちは嬉しいんだけど、あいにく冷蔵庫の中は空っぽなんだ。だから、今日のところはカップラーメンにしよう」
やる気を出す星野さんにそう告げると、しょんぼりしてしまった。
男の一人暮らしなんて、大体はカップラーメンとかコンビニ弁当だろう。自炊の方が節約できるけど、金銭的に余裕がある俺はそっちでいい。自分で作るより断然美味しいし、料理や片付けは面倒だからな。
申し訳ないと思いながら、お湯を沸かしてカップラーメンに注ぐ。
二人で黙々と食べていると、星野さんはこっくりと舟をこいでいた。
無理もない。愛媛なんて遠いところからやって来て、寒空の下夜遅くまで俺を待っていたんだから。相当疲れているはずだ。
時間も十一時を越えているし。
「それ食べたら、今日は寝なよ。俺のベッド使っていいから」
「うぇ!?……そんな、お気遣いなく!こんな押しかけて迷惑かけてる上に、ベッドまで借りるなんて図々しいことできません!ここで寝させてもらえれば大丈夫です!」
「それじゃあ風邪ひいちゃうよ。ただでさえ身体が冷えているんだから。君が風邪を引くと困るのは俺なんだ。分かってほしい」
「ごめんなさい……ありがとうございます。カップラーメン食べたら凄く眠たくなってきちゃって、もうやばいです」
「だろうね」
今も瞼が半分閉じてるから。俺は今にも寝そうな星野さんを自分の部屋まで連れていき、ベッドに寝かせる。布団をかけて部屋を出ると、ソファーに腰掛けて深いため息を吐いた。
(結局、泊まらしてしまった……)
家に上げた段階ではアウトよりのセーフかもしれないけど、泊まらしてしまった今では完全にアウトだ。何もなかったと言っても、言い逃れは出来ないだろう。パパ活や援交と同じで、歴とした犯罪者だ。
でも、あの状態の女子高生を寒空の下に放り出す訳にはいかないし、最終的にこうなってしまう事は薄々予感していた。
仕方ないよなと自分に免罪符を与えつつ、俺は電気を消してソファーに寝転がった。
星野さんの事や夕菜のことで頭が一杯になるが、それよりも強烈な眠気に襲われてしまい、俺はいつしか眠りに落ちていったのだった。
◇◆◇
夢を見ていた。
俺がまだ高校生で、夕菜が小学生だった頃の夢だ。
九歳離れた妹はお兄ちゃんお兄ちゃんと俺を呼んで、よく甘えてきた。兄の贔屓目に見ても、俺と血が繋がってんのかと思うぐらい夕菜は可愛い女の子で、両親から避けられている俺にとって夕菜は太陽みたいな存在だった。
『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』
満面の笑顔でそう言われて、何度悶絶したか分からない。
俺は一生、夕菜を大事にする。
そう誓ったほど、俺は夕菜を大切に想っていたのだ。
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