第3話ダンジョン被害者
「それは、許斐さんがダンジョン被害者だからです。そして私も、ダンジョンに両親を奪われた、ダンジョン被害者なんです」
その言葉を聞いた時、俺は驚愕したと同時に少し懐かしさを覚えた。
三年前、世界中のあらゆる塔はダンジョンに変貌した。
ならその時、塔の中にいた人達はどうなったのか?
答えは、“取り込まれてしまった”だ。
東京タワーの中にいた、身元が確認出来る351名の人間は、ダンジョンの中に閉じ込められてしまったのだ。生死は不明。自衛隊や冒険者は、今もダンジョンで捜索している。
そしてダンジョンに取り込まれてしまった人間の家族は、“ダンジョン被害者”と呼ばれた。
俺には
それほど俺に子供としての魅力を感じていなかった両親は、夕菜が生まれると人が変わったように妹を溺愛した。それはもう、可愛くて仕方ないだろう。俺だって、初めて出来た妹は可愛いと心底思った。
彼女に恥じない兄になろうと決心したほど、夕菜の存在は途轍もなく大きかった。
実際、夕菜も俺に懐いてくれた。けど、それは小学生までだった。
中学に上がった途端、夕菜は俺を避けたり邪険にしたりと、兎に角邪魔者扱いしてきた。うざい、私と会わせないで、死んで。顔を合わせる度に、罵詈雑言を吐かれた。
するとどうなるか。元々両親から邪険に扱われていた俺は、家の中で居場所がどこにもなかった。そんな家にいたくなくて、大学卒業と同時に東京で一人暮らしを始めたのだ。もう、この家族と関わりたくなかったから。
そんな妹は、三年前。
たまたま友達と東京タワーに遊びに行って、ダンジョンに取り込まれてしまった。
今でも覚えてる。夕菜がダンジョンに取り込まれたことが分かり、慌てて実家に帰った時のことを。
『なんでアンタじゃなくて、夕菜なのよ!』
久々に帰った息子に、母親は泣きながらそんな無慈悲な言葉を浴びせてきたのだ。
来るんじゃなかったと後悔し、俺はその日に東京に戻った。家を出た時と同様、惨めな思いを抱きながら逃げ出した。
それからの三年間、俺は家族の事を一切考えないで生きてきた。自分の中では、既に縁を切っている。
三年ぶりに思い出した妹を、懐かしく感じてしまったのだ。
「確かに俺はダンジョン被害者だけど、どうやってその事を知ったんだ?」
「ダンジョン省のホームページにダンジョン被害者の名前が載っているんです。それで許斐夕菜という名前をつけて、お兄さんのことを調べました」
「夕菜とは……知り合いなのか?」
「はい。中学の同級生です。友達でした」
「同級生ってことは、もともと
「そうです。両親がダンジョンに取り込まれてしまってから、私は母親の祖父母がいる愛媛に引き取られました」
そう……だったのか。
この年で両親がダンジョン被害に遭ったなんて、さぞ大変だったろうな。慰めの言葉を伝えようか迷ったけど、彼女にはいらないだろうと思い口には出さない。俺なんかが言ったところで、なんの慰めにはならないだろうから。
星野さんは俯きながら、身体を震わせて言葉を紡ぐ。
「今でも、あの日のことは忘れません。三年前のあの日、私は両親と一緒に東京タワーに遊びに行ってました。先に外に出ていた私が、自動ドアの奥にいる両親を待っているその時、突然ダンジョンに変わったんです。私の目の前で、ダンジョンが両親を奪ったんです!!」
話しているうちに興奮してきたのか、星野さんはばっと立ち上がり声を大にして叫ぶ。
「私は、ダンジョンから両親を取り戻したい!!」
「取り戻したいって……そんなことどうやって……」
「お兄さんも知ってますよね。ダンジョンから取り込まれた人達が救い出されたことを!!」
知っているさ、それくらいは。
自衛隊や、一般人の冒険者がダンジョンを攻略している時のことだった。ダンジョンにいる特殊なモンスターや宝箱から、行方不明になったダンジョン被害者が生きているまま発見された。その情報は、世界中のダンジョン被害者に希望を与えたのだから。
ダンジョンの中で行方不明になった人達が死亡ではなく“取り込まれてしまった”という表現を使っているのは、彼等が生きたままダンジョンの中にいると思われているからだ。
「それを知った時、私は誓いました。自分も冒険者になって、自分自身の力で両親を取り戻してやるって!」
「君はまだ高校生だろう?それに、ダンジョンに入るには十八歳未満は禁止されているよ」
政府はダンジョンに入るにあたって、十八歳の年齢制限を設けた。
海外では十五歳の国もあるみたいだが、日本では十八歳だ。
「高校は休学してきました。それと私の誕生日は四月三日、もう十八歳です。だからダンジョンにも入れます」
「なら一人で行けばいいじゃないか。何で俺を誘うんだよ」
「両親を救うと誓った時から二年、私は兎に角準備をしてきました。身体を鍛えて、お金を貯めて、ダンジョンの知識をいっぱい頭に詰め込みました。それでも、たかが高校生の私が一人でやるには限界があるって自分でも分かってるんです。だから、信頼できる協力者が欲しかった」
「それが……俺なのか……?」
星野さんは「はい」と力強く頷くと、続けて話す。
「ダンジョン被害者で、私より大人で、夕菜のお兄さんである許斐さんしかいない。それに夕菜は私にいつも言ってました。お兄ちゃんはかっこよくて優しくて、自慢の兄だって。夕菜が信頼する人なら、私も安心できます」
「優しくてかっこいいだって?夕菜がそんな事言うはずがない。だってあいつは、ずっと俺のことを嫌っていたんだぞ!?」
「家で夕菜がどんな態度を取っていたのか分かりません。でも学校にいる夕菜は、絶対に許斐さんのことを嫌っていませんでした」
「……っ」
そんな、嘘だろ?
だって、家の中では顔を合わせる度に俺に冷たい態度を取っていたじゃないか。なのに学校では俺のことを自慢していただって?猫を被っていたんじゃないのか?でも、わざわざそんな猫を被る必要があるのだろうか。
家での夕菜、学校での夕菜。どっちが本当の夕菜なのか分からず、頭が混乱してしまう。
俺が動揺していると、星野さんは突然目の前で土下座する。
「お願いします!私と一緒に、ダンジョンに行ってください!頼れる人は、許斐さんしかいないんです!」
「……」
「お願いします!」
「一日だけ、考えさせてくれないか」
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