第2話星野灯里
「お願いがあります、私とダンジョンに行ってください!」
青天の霹靂という言葉が、ふと頭を
遅くまで残業して、帰宅すると俺の部屋の前で子供が座って寝ていた。
心配して起こすと、名も知らぬ少女は何故か俺の名前を知っていて。
はいそうですよと答えると、突然そんな事を言ってきたのだ。
唐突すぎて思考が停止してしまう。
俺は心の中で深呼吸をすると、力強い目をしている少女に質問する。
「ごめん、ちょっと待ってくれ。まず聞きたいんだけど、君は誰?」
「あっごめんなさい、私の名前は
「こ、高校生……」
まあ学生だとは思っていたけど、そうか……高校生か。
「星野……さん。俺は許斐士郎……ってもう名前は知っているみただけど」
「はい、知ってます」
「何で知ってるの?ていうか、どうして俺にあんな事を?」
――ダンジョンに行こうなんて言ってきたのか。
そう問いかけると、彼女は落ち着いた様子で口を開いた。
「それはくしゅん!……すみません」
喋っている途中でくしゃみをしてしまった星野さん。
無理もない、いつから居たのか分かんないけど、こんな寒空の下でずっとあの体勢で待っていたら身体も冷えてしまうだろう。このままでは本当に風邪を引いてしまう。
「とりあえず、今日はもう遅いから一度帰った方がいいよ。話なら明日聞くから」
「無理です」
「えっ……な、なんで?」
「家は愛媛なんで」
「愛媛ぇ!?」
愛媛って四国じゃないか。そんな遠い所から俺に会いにやってきたってのか?
おいおいマジかよ、こんな時間じゃ絶対に帰れないじゃないか。というか、流石にこのまま帰させるのも人としてどうかと思うよな。
仕方ない、こんな寒いところで話を聞く訳にもいかないし、一旦家に上げるか。
「話は中で聞くよ。それでいい?」
「はい、ありがとうございます」
尋ねると、ぺこりと頭を下げてくる。退いてもらい、ドアのカギを開けると中に入って電気をつける。どうぞと促すと、星野さんは堂々と入ってきた。
「お邪魔しまーす。へえ、男性の一人暮らしにしては部屋が綺麗ですね。それに意外と中は広い」
「物が無いだけだよ。恥ずかしいから余り見ないでほしいかな」
じろじろと部屋の中を見渡す星野さん。
部屋は1LDK。それでいて家賃は八万と、都会のアパートにしては格安だ。別に事故物件という訳でもない。最寄り駅からやや遠いのと、契約した当時がたまたま安かっただけだ。
男の一人暮らしとしては広いけど、狭い場所が好きではない俺には丁度良かった。勿体ない気もするけど、うちの会社は給料自体はそこそこ良いし、俺にはお金を使う趣味もないので、金銭的な面では問題ない。
鞄を置いて、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。それを電子レンジで温めながら、ふと思った。
(女子高生をこんな夜更けに家に入れるって、犯罪にならないか?)
かなりアウトだろう。
見知らぬ女子校生を家に上げる。今さら帰れとは言えないとはいえ、世間的に見ればやっている事はパパ活と変わらない。そう考えると、背筋に悪寒が走り胃が痛くなってきた。
今までの人生で何一つ悪いことをしてこなかったのに、犯罪まがいの事をしてしまった。もし誰かに見られて通報されでもしたら、積み上げてきたものが一瞬で消え去る。
そう思ったら、彼女を家に上げたことは軽率な行動だったと少しだけ後悔した。
「これ飲んで、ヒーターとかも使っていいから」
「ありがとうございます!ふーふー、んー身体あったまるー」
温めた牛乳をテーブルの上に置くと、星野さんはカップを手に取ってぐびぐびと飲んでいく。余ほど寒かったのだろう、コップを持つ手がかじかんでいた。
「おかわりが欲しかったら、言ってね」
「はい、頂きます」
一瞬で飲み干してしまった星野さんに尋ねると、おかわりを所望される。
それから彼女が落ち着くまでゆっくりした後、俺は腰を下ろして話を聞く体勢を取った。
「で、一緒にダンジョンに行ってほしいって話だったけど」
「はい」
「何で俺なの?もし知り合いだったら悪いけど、君の事なんて知らないと思うんだけど」
「安心して下さい、私達は初対面ですよ」
そう言われ、内心で安堵する。俺に女子高生の知り合いなんている訳ないよな。
「じゃあ尚更、どうして俺なんだ?仮にダンジョンに行くとしても、もっと身近な知り合いに頼ればいいじゃないか」
「それは出来ません。頼れる人が、許斐さんしかいないんです」
「俺しかいないって……そんな筈はないでしょ。初対面の俺に頼る理由なんて、どこにもない」
はっきり否定すると、星野さんは真剣な顔で口を開いた。
「それは、許斐さんがダンジョン被害者だからです。そして私も、ダンジョンに両親を奪われた、ダンジョン被害者なんです」
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