第4話
リザリー、カトレアが驚きを隠せない中で、エルンストはつとめて冷静になってミモザに質問を繰り返す。
「もしよろしければ、その手紙を拝見出来ますか?」
「え……、ええ、もちろんです。それが事件解決のためになるなら」
ミモザもまた動揺している様子だったが、振り払うように強く頷いたあと席を立って別の部屋へと消える。
不安そうな彼女の横顔を見送り、リザリーは胸に宿った嫌な気分を打ち消したくてエルンストに尋ねた。
「エルンストたちとミモザさんって、どこかで会ったこととか?」
「いや、さっきも言ったけれど、僕と彼女は一読者と作家の関係でしかないよ。カトレアもそれで間違いないよな?」
「ええ、彼女の小説は好きだけど…正直なところ今日初めて顔を知ったの。あんなに美しい方なんて思わなかったわ」
カトレアも深刻な顔をして首を横に振る。
彼女らの言葉は疑いようもない。騎士団とはいえ、最近話題の小説家とそう簡単にお近づきになれるはずもない。
彼ら彼女らの間に接点があるとしたら、『バートン新聞社』に関わりがあることだろうか?
ミモザは新聞に小説を掲載している小説家で、エルンストたちは社員のリザリーと友人である…。
とはいえ、その結びつきがファンレターじみた怪文書になるのかは謎だった。
ならばただ単に双方が有名だから無作為に選ばれた?
そちらの方が無理がある。もっと話題をさらいそうな人物は、エンドル中にいる。
どう考えても思考が行き詰ってしまう中、いまだ不安げな気配の抜け切らないミモザが戻ってきた。
彼女の細い手には何の変哲もない真っ白な封筒がある。
エルンスト、カトレア、リザリーを順番に見つめた後、ミモザはおずおずと封筒をこちらに向かって差し出した。
「お待たせいたしました。こちらになります」
「拝見します」
代表して、エルンストが受け取る。
彼は手早く封筒から便せんを取り出して目を通す。
眉間に刻まれていたしわは、次第次第に深くなっていき、その内容を否が応でも察することが出来た。
「……エルンスト」
「ああ、カトレアも見てくれ。リザリーも……気分が悪くならない程度に確認してほしい」
「わかった」
手紙を受け取ったカトレアが文字を追うのを横目で見ながら、リザリーは頷いた。
カトレアもまた顔を険しくして、唇を「同じね」と小さく動かす。
「私たちに送られてきた手紙と筆跡も似ているし……同一人物で間違いないわね」
「ああ。こういった手紙を送ってくるようなファンにお心当たりはありますか?」
エルンストの台詞にミモザは考え込む。
その様子を見ながらリザリーはカトレアから手紙を受け取り、白い便せんにつづられている丁寧な文字を読んだ。
『可哀想なミモザさん。貴女はあれほど努力しておられたのに暴力的で人の話を聞かない女に何もかも奪われた。
全て横暴で人の気持ちを無視する作者の仕業です!
私が貴女の憂鬱を取り除いて差し上げるので、今後はどうぞご安心下さいませ。
しかし貴女も迂闊なのではないでしょうか。初歩的なミスはもうおやめください!
身の回りに気を付けていないと、貴女に危険が及ぶ可能性もあります。
ですが心配する必要はございません!貴女には素晴らしい騎士がおりますからね!』
エルンストたちに届いたものより熱量と言うか、込められた感情が多い手紙に、リザリーも顔を歪めた。
それに最後の方には脅しとも取れる一文があり、思わずミモザへと顔を向ける。
「ミモザさん、流石にこれは新聞社として看過できません。この送り主が何をするかわかりませんし、直接ご自宅に送られて来たんですよね。相談してくれても……」
「ごめんなさい、今度ご相談に行くつもりだったんですけど……。この前騎士の恋物語を書いたからそのファンレターかと思っていたし」
確かにミモザが先日寄稿したのは、騎士と貴族令嬢の王道的な物語だった。
手紙を読むだけでは理解しにくい内容であるし、そのファンレターと紐づけるのが自然の流れか。
だが熱狂的な読者が作者に送るには、少し奇妙すぎるところがある。
『これは貴女こそ『ローゼンナイト』に相応しいヒロインだと思うからこその苦言です』
最後に書かれていたその一文……それを見たときリザリーは背筋が凍る思いがした。
「リザリー、ちょっといいか?」
エルンストに耳打ちされリザリーは頷き、ミモザに断って席を立つ。
二人は廊下に出て、人の気配がないことを確認してから話し始めた。
「エルンスト。ミモザさんに送られてきた手紙…何だか少しおかしくない?『ローゼンナイト』って……」
「ああ……」
部屋にいる時よりもずっと険しい顔をして、エルンストはあごに手を当てる。
その顔から事態は己が思うより……決して軽く見ていたわけではないがそれよりも……重大なのかもしれないと、身が強張った。
「これってエルンストの手紙にも書かれていた言葉だよね。どういうことなのかな?」
「考えられるとすれば以前僕たちが関わった事件の犯人が、マーティン女史を巻き込もうとしているのかも知れない」
「え……?」
「ただ送り主の中でどんなストーリーが組み立てられているのかが謎だ。どうしてマーティン女史が選ばれたのかも……」
エルンストはそう言って、しばし黙り込む。
彼の青眼が鋭く細まっているのが怖くて、リザリーは思わずその横顔に問いかけた。
「指を送ってきた犯人も、同じ人物だと思う……?」
「こうなってくると無関係、だと言う方が怖いね。もちろん断言は出来ないが」
とにかくこの件はもっと調べる必要があるな、と彼は呟き、安心させるようにリザリーに向けて微笑む。
穏やかで頼りがいのある友人の言葉だが、完全に落ち着くことは出来なかった。
何事もなく事件が解明されてほしい、ただそれを祈るしか出来ない。
◆
話を聞き終え、エルンストとカトレアは騎士団本部へと帰還して行った。
リザリーはミモザ・マーティンと今後の打ち合わせをするために彼女の部屋に残っている。
友人たちは帰りが遅くなりそうなことを案じていたが、そこまで子供じゃない。
苦笑しながら、何かあったら呼べと言う二人の背中を押した。
「……すみません。騒がしくしてしまって」
「いいえ、お気になさらず。見ていて楽しかったですわ」
最後まで己を心配していたカトレアを微笑ましい目で見ていたミモザが、焦るリザリーに小首を傾げた。
「でも、リザリーさんに騎士団のお友達がいるのは驚きました。あのお二人は中でも有名な方でしょう?」
「……ええ、実は学生時代の先輩なんです」
「あらまあ、素敵!変わらない関係がずっと続いてますのね」
目を瞬かせるミモザに苦笑する。
確かに変わらぬ関係だ。
昔から彼らを知っているせいか、エルンストとカトレアに抱く思いは頼りがいのある上級生へのそれだ。
恐らくそれは彼らにとっても同様なのだろう。
二人の目にはいまだリザリーが幼くて、ふらふらと頼りなげに歩く下級生に見えているに違いない。
それを思うと僅かな陰りが心に押し入る。
「変わらないっていうのも、考えものですけどね。私なんかずっと二人に半人前扱いされて」
「お二人とも、きっとリザリーさんが可愛いんですわ」
ころころと微笑むミモザに、リザリーは答えずに苦笑で返す。
成人して仕事を得た人間になっても、いまだ一人前になれないのはもどかしく情けない。が、それをミモザの前で吐露するつもりはなかった。
感情を押し隠し、リザリーはミモザとの打ち合わせを開始する。
このような事件が起こった以上、彼女が新聞に小説を掲載するのは危険と編集長は判断していた。
しかし新進気鋭の女流作家の作品が無ければ新聞の売り上げに影響が出るし、何よりミモザ自身が小説を書き続けたい意思を示した。
「関係者の皆様にご迷惑がかからない限り、脅しに屈したくはないのです。その、わがままかもしれませんが…」
「いいえ、大丈夫ですよ。こちらとしても作家さんの意思を優先させたいです」
強い決意が宿った瞳に、リザリーは微笑み頷く。
もちろん彼女、そして誰かの身に危険が及ぶようなら早急に対策をすること、些細な事でも気になったら編集部や騎士団に連絡をすることを約束させる。
その後二人は世間への説明や今後の連載の予定について話し合い、気づけば随分と時間が経っていた。
ふと顔を上げたミモザが壁にかけられた時計に目をやり、「あ」と声を上げる。
「そう言えばお茶の一つも淹れていませんでしたね。申し訳ありません……」
そう言って席を立とうとする彼女に遠慮の意思を示したが、「少し休憩しましょう」と言う言葉に押されてその背を見送った。
同い年とは思えぬほど洗練され気づかいも出来るミモザに、リザリーはふと嘆息する。
(ミモザさんも、大人っぽくてすごいなあ…)
自分の周りにいる人間が、こうも優秀だと気おくれするどころの騒ぎじゃない。
じりじりと身を焦がすような劣等感すら、自分の中に生まれ出てしまう。
あのファンレターではないけど…彼らは本当に物語の主役のようだと、ぼんやり考えた刹那───。
部屋の中で、がちゃんっと何か固いものが弾け飛ぶような音が聞こえて、体を強張らせた。
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