終章2:姫と魔王は戰の装いも華麗に

「遅い!!」

 その時『魔王』ランジェリカのいら立ちはすでに頂点に達していた。

「黙れ!!こんな時だけ調子よく語りおって!まるで他人事のように……誰のせいだと思っておるのだ?!余が『我らの容姿を描写せよ』と命じてから、一体どれ程の時間がたった?!」

「ん~、あれからだいたい一晩かかってますね。ヒマなんで他の小説読んでみたんですけど、この地の文書いてる人、キャラの容姿の描写凄く少ないし簡単に済ませてましたよ。ひょっとして、そういうの書くの苦手なんじゃないですかね?」

「ううむ……」と、地の文は図星を突かれてうめいた。そう、彼は「人物の容姿の描写」が得意でないのである。

「ええい、まぎらわしい!『地の文』がカギカッコで呻くでないわ!!第一ううむは余の台詞……まさかここまで使えぬとは……」

「これはもうあれですよ、無視して私達で勝手にやっちゃった方が早くないですかね?だってこの場はようするに『言ったもん勝ち』なんでしょ?魔王、私がなるべくあなたのことカッコよく美人なあなたとして言ってあげますから、あなたは私の事、うんと可愛く言ってみてくれるというのは?」

「ふむ……少しばかりわざとらしい気もするが、それしかあるまい。この際やってみるか」

「では私から!ええと、ちょっと時間を巻き戻した体で、あなたが『ババーン!!』したところから始めますね。

【そこに立っていたのは意外にも、一人の美しい女であった。自ら名乗ったとおり、身にまとっているのはブラとパンティの一組のみ。黒の薄いレースを金糸で縫い取った上等の下着である。そしてそれ以外は全身、生まれながらの肌を全てさらしながら、なおも両の拳を腰に当て大きく足を開き、一段高い玉座の飢えから傲然と仁王立ちに立ちはだかって姫を見下ろしていた。

 豪胆な姫は一瞬、あの格好で恥ずかしくは無いのだろうかなどとのんきに、かつは娘らしい思いを巡らせたが、すぐに思いなおした。余計なお世話ね、と。

 あの美しさなら、恥じるものなど無いに違いないのだから。実際彼女は美しい。

 露わなその肌は濃い目の褐色、油を塗ったようにつややかで、押せば跳ね返されるような弾力を見た目だけで感じさせる。よく引き締まった筋肉質の、均整の取れたプロポーションに、しかしあるべきところには圧倒的なボリューム】……

 どうですか?まずはこんな感じで」

「うむ!実によい!!そうか……余の肌色は褐色であったのか」

「何せあなた『魔王』でしょう?一応これ、西洋ファンタジー風の世界観みたいですから、逆をとって古代オリエントとかエジプトチックな方がいいかな~って。

 もちろん、私の単なる好みなんですけどぉ」

「良い趣向だ、悪くない……気に入った!して?ならば容貌は如何に?先を続けよ」

「お顔は……そうですねぇ……

【そう、姫を見下ろすその表情からして、彼女が己の美を誇る様がありありと伝わってくる。形の整ったふくよかな深紅の唇と、体同様つややかでふくよかな頬にうっすらと笑みを浮かべた様子は、敵を目の前にした険しさはまるで感じられない。何か珍しい生き物を愛でるかのような……いや。魔を統べる彼女にとっては、目の前の姫はお気に入りの玩具のように見えるのかも知れない。これから自分をどう楽しませてくれるのかと、余裕を持って観察しているのであろう。切れ長の両目、瞳の色は深い紫。その視線にあふれるのも好奇心。その上に流れる細く長く優雅な眉は、軽くカールした短い髪同様につややかな黒。その髪の柔らかなまとまりに半ば埋もれるように、巻いた角が乗っているのが唯一、彼女を魔の者と知れる手がかりだが、それは黒曜石で出来たカチューシャのようにも見えるのであった。

 そう、それは異国・異教の気高き女神。魔王の肩書とはうらはらに、姫の前に立つその姿は、姫の目にはそう映るのであった】

 ……いかがですかぁ?」

「ちょっと待て……おお、あるある!これが余の角であるか!瞳は紫……

 髪は短く少々天パなのだな?」

「魔王だし、キレイな中にもワイルドな要素も必要かなって思って」

「ふふ……この方法は正解だったな。おぬし、実に余の好みに叶うセンスである。

 しからば今度は余がおぬしの姿を考えてやる番であるな。さてどこから……

 おっといかん!大切な情報をまだ聞いておらなんだわ。

 おぬし、そもそも名を何と申す?」

「それがその……『パスタの姫騎士セモリーナ』なんですけどぉ……」

「余もまったく人の事は言えんのだが、ホントに思い付きだけであるな、それは」

「ですよね~。どうします?パスタとか言われても……」

「確かに。名前だけ適当に思いつかれても、その名の必然性というか、説得力のある設定が無ければな……むむむ……然らばこうしよう。

【だがしかし。それでも彼女は魔王、人の世界に厄災をもたらす者。何より、姫の故郷を滅ぼした仇敵であることに間違いはないのだ。

 姫はありし日の故郷と自分を思い出す。

 この勇ましき姫は幼き頃より、活発で無邪気でお転婆であった。城の見張りの兵の目を盗んでは場外に抜け出し、野山で庶民の子どもと共に遊ぶのが常。山で木に登り鳥の卵を捕る。川で泳ぎ魚を釣る。畑で虫取りに夢中になり、農夫に叱られ収穫の手伝いをさせられる……領民ももう慣れたものであったから。

 彼女の国はよい小麦が採れることで有名であり、中でもパスタが国自慢の料理。畑で遊ぶ幼い彼女の、美しい小麦の穂の色をしたふっさりと長い髪をもって、領民は親しみをこめて彼女をこう称えたのである。『パスタの姫君』、と。】

 ……どうであるか?」

「わぁ!正直しょーもないダジャレネームだと思ってたんですけど、物は言いようですねぇ。何だかすごくいいあだ名になってきましたよ!」

「我ながら少々こじつけ臭くはなったがな。この位は仕方なかろう、勘弁せよ」

「もちろん。もともとヘンテコネーミングなんだし、ここまでイメージアップしてもらえるなんて思ってませんでした!でも私だけ過去話とか、いいんでしょうか?」

「おぬしは主役であるからな。特権だと思えばよい。逆に余は敵役であるから。出所来歴が不明でも『謎多き、ミステリアスな存在』という言い訳が出来る。さて……

【姫のお転婆は長ずるに従い治まるどころかその反対であった。ことに。家臣が最低限の護身のためにとうっかり教えてしまった剣術に、この姫はすっかりのめりこんでしまった。そしてどうやら天分もあったらしい。程なくして、剣においては国中に叶う相手がいなくなってしまったのだった】」

「『問答無用でメチャクチャTUEEEE』らしいですしね、わたし」

「むむ、だがまだ足りぬ」

「え?」

「如何に人間としてTUEEEEと言っても、そのレベルでは魔の者と互角以上に渡り合うというのはいかにも無理があるし、第一、それでは魔王城すなわち本丸まで攻め込まれた余の顔も立たぬというもの。そうだな、『天分はあった』。すなわち元より何らかの神的な存在の加護があったということにするか」

「そのぉ、ちょっと提案というかわたしの希望言っちゃっていいですか?」

「ふむ?聞こうではないか?」

「そこはなんかこう……どこぞの神様から『聖剣ナントカ』を授かったとかでどうですか?ありがちですけど。ていうかですね、そういうの欲しいなって」

「正直だな、自分の欲に。お主のそういうところ余は嫌いではないぞ。

 この際ありがちが一番シンプルで良い、それでいこう。ではどこぞの神から授けられたものとして……その剣、お主が名を付けよ」

「わたしが自分でですか?」

「これも神話などによくあるパターンである。名を付けることでその剣の力を自らのものにするという儀式のようなものだな。それにお主のようなタイプでは、如何に神からの授かりものとはいえ何もかもすっかりお仕着せでは面白くなかろう?

 お主が自分で欲しいと言った剣である。この際、好きに名付けるがよい」

「フフ、でもなんだかこの流れって正直、魔王、あなたに授けられた魔剣って感じですけど?」

「こらこら、それを言っちゃぁお終めぇよであるぞ。地の文が仕事をしない故の苦肉の策であるからな」

「ですね。う~んと、それでは……『聖剣ペペロン』ということで!」

「……パスタだけに?」

「パスタだけに!だってわたし、名前以外の属性、下ネタ以外ぶっちゃけ無いですし。ここはあれですよ、『救国の英雄と期待して姫に大事な剣を与えたのに、お転婆姫に妙な名前を付けられて困り顔のどこぞの神様』みたいなノリです」

「ハハなるほど、お主ならそれもアリであるな。それ、お主の左腰を見てみよ」

「アハ!カッコいいですねぇこれ!そうそう、こういうのが欲しかったんですよ」

「細身に見えるが、巨人の棍棒でもなんなら竜の踏みつけでも受け止められる強靭さがある。そして刃渡りもだな、見た目は小剣だが霊力による見えない切っ先が数m先に届く。言うまでもなく切れ味は鋼鉄がバターのように切れるほどだ」

「あのぉ、いいんですか?随分サービスしていただけるんですね?」

「先ほど言った通りだ。最低それぐらいのスペックが無ければ逆に余の顔が立たぬ。そして重要なのは必殺技だが……これは名前同様お主が自分で考えるのがよかろうな。使いたいように使うがよい。それもなるべく派手に大袈裟に景気よく!『言ったもの勝ち』の原則を忘れるでないぞ」

「使い方レクチャーまで至れり尽くせりで感謝ですぅ。でも……それはあなたも『同じように出来る』ということですよね?」

「前田のクラッカーである。さればこそ、遠慮は無用だからな」

「わかりました!んじゃ早速、一戦おっ始めますか」

「いや待て、まだ足りぬ。設定したいことはまだあるぞよ」

「……あの?魔王あなた、随分凝り性なんですね?」

「むむ……いや実はだな、お主がここに来るまでの約一月、本ッッッッ当に何事も無くてな。暇で退屈で……勇者的な者がいつ来るか今来るか、それはどんな奴なのかとそればかり考えておったのだ。悪いがこの際もう少し吐き出させてくれんか?」

「そういうことなら」

「済まんな。あと是非決めたいのは『馬』だ。お主は姫『騎士』であろう?」

「ああそれ!えとその、実はそれは珍しく決まってて。お城の外に待たせて来たんですけど」

「ガチョーン!何と、馬は既におるのか!」

「せっかく色々考えてたらしいですけど、なんだかごめんなさいね?」

「いやよい、それならそれでOK牧場である。あくまでそういう物が決まっていなければ余が考えるという話であってだな。逆に余が考えるばかりでは余にとって意外性というかスリルが無いからな。

 余も是非その馬を見てみたい。いざとなったらここに呼ぶがよいぞ」

「それがその……お城の廊下が通れるかなって。大分体が大きいコなんで」

「何を申す。設定だけとはいえ、配下に巨人や鬼や竜を従えた魔王の城であるぞ?大丈夫通れる通れる。いやそもそも霧ばかりで壁などまるで見えぬ手抜き工事なのだ、通れないなどど理不尽な事は余が言わせぬ。

 体の大きい頑丈な戦馬、じつに楽しみであるな!」

「それじゃそろそろ……おっ始めます?」

「ふむ……お主の容姿、まだまだ決めたりないところだが……余もOh!モーレツに昂ってまいった!此処が我慢も潮時!

 いざ参れセモリーナ、万魔を統べる余の力のほど、思いしるがよいわ!!」

「うわ、魔王ってば超ノリノリ!これは負けてらんないわ!

 ……というわけでぇ、地の文さん?バトル描写はお願いね?

 いくわよ魔王ちょわーーーーー!!」(続)

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