【閑話】蜘蛛の求める世界の広さ

「それ、何してるんだ? ゲームじゃないんだろ」

 ハンカチに刺繍する手を止めて、縞は隣でスマホを触っている潤にそう尋ねた。

「ええっとですね、これは……何て説明すればいいのかな。知らない人ととも交流できるアプリです、簡単に言えば」

「ふぅん」

 聞いた割には興味もなさそうな相槌をうつ縞に、潤はダメ元で聞いてみる。

「縞さんもやってみませんか?」

「……いや、いいよ。知らない人に聞かせたいことなんてないし、聞きたいこともない」

 ちくちくと布に針を刺しながら、縞は素っ気なく答えた。

「必要なことは必要な相手に対面で言うし、対面で聞く。私はそれで十分だ」

「確かに縞さん、」

 それじゃあまりにも遊びがない、と唇を尖らせる潤に、縞は不思議そうに横目を向けてから呟く。

「もし私に、なんの特にもならないが誰かに聞いてほしい話ができたときは……」

 縞はぷつりと糸を切り、針をピンクッションに刺す。出来映えを確認するようにハンカチを広げ、白地に花開いたフリージアをなぞった。

「君と万里が聞いててくれれば十分だろ」

 そんなことを何でもないように言う縞を、潤はまじまじと見つめた。縞はもう一枚のハンカチに手を伸ばし、新たに花を咲かせ始めている。潤はその言葉を吟味しようとして、縞の態度にあまりに変わったところがないので諦めることにした。恐らくは言葉通りの意味なのだ。どう答えたものかもわからず、潤は黙々と作業を続ける縞の手元を見つめる。

「刺繍、上手ですね」

 手際のよさにしばらく見とれていた潤が、ぽつりとそうこぼすと、縞はぎょっと目を見開いた。

「そうでもない。昔に比べたら、全然……ここ何十年もやってなかった、腕が落ちてる」

 縞は早口でそう言って、困ったような顔をする。唇をむずむずさせているのに一向に口を開かないところに、潤はピンときてしまった。

(さっきのは気にならなくて、これは恥ずかしいのか)

 潤は友達のことを一つ知ったのに、今まで以上によくわからなくなったような気がした。しかしてそこは人間と妖怪、理解できないところが一つ二つで済むはずもないと思い直し、隠されてしまった花束をどうやってまた見せてもらおうかと、策を練ることにした。

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