【閑話】三大欲求、うち二つ

「おはよー」

「ああ、おはよう。それ邪魔だろ、こっちにくれ」

「はいどーぞ。というか何この荷物? どうしたの」

「んー、ちょっと寝室に置くものがあって」

「ふうん。見てもいいの?」

「もちろん」

「いいんだ……。じゃ、失礼しまーす」

「別に隠すようなものもない」

「うん、ベッドしかないね……このロープ何?」

「これを作ろうと思ってな」

「ふーん、ハンモック?」

「そう。なんか、ベッドで寝るのが落ち着かなくてな」

「あーなるほど……いるよね、寝転がったり脚伸ばして寝れない子」

「そんな感じだ。これ、組立て手伝ってくれないか」

「いいよ。説明書ある?」



「できた~。結構簡単だね。ぼくが手伝うまでもなかった気がする」

「そんなことないさ。助かった」

「どういたしまして~。寝てみたら?」

「ああ。……うん、なかなかいいよ」

「脚はみ出してるけど。本当にいいの?」

「んー? 全然問題ない」

「え~? じゃ、ぼくも寝てみたい。手伝ったしいいでしょ?」

「しょうがないな、いいよ」

「わーい。じゃあ失礼して……」

「どうだ?」

「……なんかゆらゆらする。落ち着かないよこれ」

「まあ、君はそうなるよな」

「でもなんかちょっと楽しいかも。アスレチックみたい」

「アスレチックね、そーか……」

「? どうしたの、変な顔して」

「いや、そのな……自分の巣だと思ってみてると、他の奴が寝てるのはな」

「うん」

「ぶっちゃけ餌に見えるなと思って」

「……あっははは! エサ!? エサって? えっ……うはは! そりゃそうだけど君さあ、友達が寝てるところを見て、うひひ!」

「笑いすぎだろ……」

「笑いもするよこんなの! あーおかしい、うふふ、どう? おいしそう?」

「どう答えたらいいんだそれ。もう降りてくれ」

「ごめんって。よさそうなのに意外な弱点があったねえ」

「まあ、自分しか使わないから問題ないよ。わざわざ寝室にまで来るような奴はいないしいいだろ」

「まあそうだよねえ、お泊まり会なんかしない限りないよねえ」

「…………」

「何その間」

「いや……思い出したことがあって」

「何?」

「前に会ったろ、私の……人間の友達」

「うん、鈴木潤さんだよね?」

「引越しを手伝ってもらった頃、ベッドや布団に慣れてないって話をして、これを買ってみたらって言ったのが、その……」

「潤さんなんだ」

「選ぶとき、やけに楽しそうにしていたんだが……」

「うん、できたって聞いたら見に来るんじゃない? 寝室まで」

「…………」

「で、寝心地を確認するためにここで寝る」

「ああ。うん……ダメだな! これは。これはちょっとあれなやつだ」

「何も言ってないのと同じだよそれ」

「わかってるよ……片付けるか、これ」

「寝るときだけ出すようにすれば?」

「そうした方がよさそうだ」

「そうしなよ。あれ、電話鳴ってない?」

「ほんとだ。ちょっと出るな……!?」

「どうしたの」

「シッ! 噂をすればだ」

「!」

「……もしもし」

『もしもし。今大丈夫ですか?』

「うん、平気だけど……どうかした?」

『いえ、今日は特に何かあったとかじゃなくて。ハンモック、届いたかなって』

「ああー……ウン、届いた。今作ったとこだよ」

『ほんとですか? 使い心地どうです? 今度見に行ってもいいですか?』

「あー、いや、そのだな! やっぱ人間の体だと揺れるのがあんまり合わないみたいで、使わないかもしれない。知り合いで欲しがってるのがいたからそっちに譲ろうかと思ってる」

『あ……そうなんですね』

「うん……ごめん、せっかく教えてくれたのに」

『いえいえ、気にしないでください! ベッドで寝るの、早く慣れるといいですね』

「そうだな、ありがとう……」

『とんでもないです。ごめんなさい、急に電話して』

「いいよ別に。また部屋に何か置くことになったら相談させてほしい」

『もちろんです! じゃあすみません、今日はこれで……』

「うん、またいつでも連絡してくれ」

「…………」

「……はあ」

「滑らかに嘘ついたね」

「言ってくれるな……なんつータイミングで電話してくるんだあの子は」

「奇跡的なタイミングだったね」

「……落ち込んでたな。悪いことをした」

「フォローは上手かったよ。次何置くの」

「そうだな、万里が遊びに来るから適当にぬいぐるみでも買おう」

「ん? 万里って?」

「そういえば言ってなかったな。ほら、カマキリの」

「ああ、潤さんが助けた子。今どうしてるの?」

「今は葛ノ葉先生と一緒に暮らしている」

「葛ノ葉先生! 会ってきたの?」

「ああ。元気そうだったよ」

「いいな、久しぶりに顔見たくなっちゃった」

「最近はちょっと忙しいみたいだが、少しすれば落ち着くと言ってた。伝言があれば預かる」

「いいの? 手紙書いちゃおうかな」

「喜ぶと思うぞ。最近はメールばっかりになってるって言ってたから」

「やっぱりそうなんだ。先生はすごいよねえ、新しいことちゃんと取り入れてて」

「会う前に多少勉強してった方がいいぞ、私『その常識は二十年前のものです』って怒られたから」

「うわー目に浮かぶ。潤さんのことでも怒られたでしょ」

「何故分かる」

「分からいでか~。聞いたよ? なんかその気もないのにちょこちょこ脅かしてるんでしょ? そういうの先生怒るじゃん」

「その気がっ……ないと言ったらちょっと語弊があるんだが。まあ、ある種のハラスメントだと言われた。万里と一緒に授業受けて、反省文も書いた」

「小学生みたいなことしてる……ぼくもそろそろ勉強会に顔出さないとダメかも。潤さんの話に全然ついていけてないし」

「私もだよ……。先生も流行りの遊びとかは詳しくないって言ってたけど、スマホにゲームいっぱい入ってたの見た。一通りはやってるだろうから聞けば何かしら教えてくれるぞ多分」

「よし決めた。手紙書こう。便箋持ってない?」

「ない。今から買いに行くか」

「賛成~。隣の駅にさあ、新しい文房具屋出来たんでしょ? そこ行きたい」

「わかったよ、そこにしよう」

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