第5話

超進化回


 もはや、絶望しかなかった。

 おじいちゃんはついに何も喋らなくなるし、マップのロードが遅くて時折虚無を走るはめになるし、それなのに何処からともなく魔物は湧く。


 そんな険しい道を、ロクトバとリューカは、無言無表情の主人公に連れられて歩いている。

 モニター上ではきっとわからないだろうが、二人はとても青白い顔をしていた。

 これが何度目かのクエストチャレンジかわからない。こののどかな街道をいったい何度通っただろう。


 あまりにも終わりが見えず、いっそおじいちゃんと一緒にバグりたい、とすらロクトバは考えた。


「主人公さん、今何考えてるんでしょうね」

「もう意地なんだよ……気持ちはわからないでもないけど……」


 義務感と使命感と縛りプレイ根性と、あと何かよくわからないものが混ざり合い、もはや後には引けなくなっているのだろう。

 ここで諦めてしまったら、今までの苦労が水の泡……そう考えているのかもしれない。


 だが付き合わされる自分たちキャラクターにとっては、石積みの苦行にも等しかった。

 ロクトバたちが強制帰還するたびに、道行く人々は生暖かい目で見つめてきた。しかし次第次第にぞっとするものを見る顔をしてきたのが、心に残っている。


 出来ることならロクトバも、あちら側に回りたかった。

 メインキャラクターであることをこんなにも恨んだことは、今までに一度だってない。


「どつけるもんならどついてやりたい。あの赤マント……」

「ロクトバさん、キャラ、キャラ保ってください。腹黒のロクトバさん解釈違いです」


 疲労がたまりすぎて、好青年の仮面を今すぐにでも殴り捨てたいところだ。

 「こんな所を全国のファンに見せられない!」と、何故かロクトバ以上に慌てたリューカは、あわあわと主人公の背中を見た。


「でも主人公さん、今回はペースいい感じじゃないっすか?」

「そう?まあ、言われてみればそうかもしれないけど……」


 ロクトバは半眼でうんざりと、前を歩く主人公の背中に視線を転じる。

 確かに今回の主人公は、いままでの経験を活かしに活かしたのか、一度もミスらしいものが目立っていない。


 段差はことごとく平らにし、周囲の警戒を怠らず、見つかる前に先制攻撃。

 そして時折、バグらない程度の間隔をあけてワープの巻物を使い、距離を縮めていく。

 ロクトバの剣と魔法、リューカの弓と逃走術は大活躍であった。


 今までのことを思い返していたロクトバは、しかし……と首を横に振る。


「……でも、そろそろ僕たちのレベルじゃ、魔物の相手はきつくなってきたね」

「一匹、二匹ならともかく、大量発生したらおじいちゃんをかばいきれないっす……」


 先ほどの戦闘で現れたゴブリンが固い……HPが高く、防御力があったと感じたのである。

 量が少なかったので三人で何とかさばけたが、これ以上増えたら、もしくは強くなったら、他人に気を配っている暇はないだろう。


「そうなったらリューカの逃走術と、ワープの巻物連発するのかな……?」

「うええええ……私までバグりそうっす……。いや、バグった方が楽なのかな……」

「先に楽になることは許さないよ」

「ひえ……」


 バグるならロクトバもバグって楽になりたい。

 本気でそう考えるロクトバに、リューカが青白い顔をさらに青白くして呻いた。


 ぐだぐだと言い合っているうちに、一行は見覚えのある村に到着する。

 ワープの巻物大作戦の時にも来た、小さくてのどかな村だ。

 村の入り口にいた青年が、ちらりとロクトバたちの顔を見てぎょっと目を見開く。そして何かを察したのか、視線を下に向けて去っていった。


 恐らく自分たちは、死人のように酷い顔をしているのだろう。

 主人公と、ストーリーと、プログラムの理不尽に巻き込まれていることを、他人に察知されている。

 何だか酷く切なかった。


 村人の顔色もロクトバたちの顔色もわからないだろう主人公は、メニュー画面を開いて何かを確認している。

 ワープの巻物だろうか?それともおじいちゃんのステータスか。


 何にせよこれ以上バグが加速してしまうことは避けてほしい。二人がひやひやと見守っていると、アイテム欄をあさっていたらしい主人公が何かを取り出す。


 大活躍だったワープの巻物……ではない。

 丸く透明な、青白い不思議な輝きをもったこぶし大の石が、主人公の手の中で光っている。

 その形状と色合いに、ロクトバは昔どこかで聞いた噂話が頭の中で蘇ってきて両眉を大きく持ち上げた。


「こ、これは……幻のアイテム『賢者の石』……!あの錬金術師オードナーが作り出したという……」

「正確には初回購入特典アイテム『賢者の石』。効果、使用キャラをゲーム時間内で24時間強化。同時間、戦闘不能時に復活っす」

「うん、丁寧な捕捉ありがとう」


 ワープの巻物をしのぐレア中のレアものには、もう少し劇的な驚き方をしたほうがいいかな、と思っていたロクトバはすっとテンションを下げた。

 まあ確かにいくら劇的にしたところで、聞くものは自分とリューカしかいないのだから、意味は無い。


 ───それよりも、注目すべきは『賢者の石』である。


 名前からレアリティが高いことが察せられるそのアイテムは、この世界の伝説の錬金術師、オードナーなる人物が作り出した。

 多大な魔力を持ったその石は、命を作り出し、持つ者の力を無限にまで引き上げる。

 ……と言う設定だ。


 現実的な話をすると、ゲームの初回盤を購入したものに配布される特典アイテムの一つ。

 効果はリューカが語った上記の通り。どこで使うか迷ううちに、アイテム欄で埃をかぶるもの第一号である。


 ついでに主人公が身に着けている赤マントも、正式名称のある初回購入特典なのだが、これは蛇足だ。


「だけど、こんな一般クエストにこんなレアアイテムを使うのかい……?」

「本気っすね、これは……なんかもったいない気もするけど……ボス戦前に使った方が……」


 こういう気持ちこそがレアリティの高いアイテムを倉庫で眠らす原因なのだが、序盤のクエストで使うべきかと問われれば首を傾げる。

 しかし主人公はこのバグまみれの状況こそに、『賢者の石』を使うにふさわしいと考えたようだ。


 何処となく、断腸の思いで決意したような顔で(そう見えた)、主人公はおじいちゃんに向かって光り輝く石をかざす。


 ついに立っているだけでカクカク奇妙な動きをするようになったおじいちゃんに、虹色の光が降り注ぎ───眩く輝く。

 一瞬目がくらみそうになったが、それは本当に一秒も持たなかった。


 光が消えた場所に、変わりなく立っているおじいちゃんだったが、その体のブレは何と消えている。心なしか、自然な動きをしているようにも見える。

 まさか……と期待を抱いて見つめるロクトバの前で、おじいちゃんがゆっくりと口を開いた。


「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」

「喋ったっ!」

「お、おじいちゃん、まさか『賢者の石』の奇跡でバグが治って……」

「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」

「治ってない!?」


 プログラムにも奇跡が起こることちょっぴり期待したが、そう上手くはいかない。

 三人のコントを放って主人公は(そもそも聞こえていない)、今一度メニュー画面を開き、頷いて歩き出す。


 彼が目指す先にあるのは、今までよりもずっとさびれて険しい土地である。

 かろうじて人が歩いていると思われる道のようなものがあるが、ほとんど獣道に等しい。

 村から遠ざかれば遠ざかるほど、その険しさは浮き彫りになっているようだった。


 それでもおじいちゃんは、先ほどよりもしっかりした足取りでそのあとに続く。顔を見合わせたロクトバたちが、更にそのあとを追った。

 先を行く彼らの背中を見つめて、リューカが物憂げに呟く。


「今度は大丈夫……っすかね?」

「少しおじいちゃんのバグが良くなったように見えるよ。もしかしたら上手くいくかもしれない」


 淡い期待、というよりも、そう願わずにはいられない。

 賢者の石の効果か、平坦じゃない道を歩いてもおじいちゃんの体力は減っていない様子だし、成功する見込みがあると思ってもいいかもしれない。


 先ほどよりもずっと重い不安を抱えながら道を歩いていると、何処からともなく「グギャア」という、奇妙な鳴き声がこだました。


 はっと、ロクトバは空を見上げる。

 視界の中に黒い翼が飛来した。


「ハーピーだ!」


 人の身長ほどある大きな翼を羽ばたかせる、女性の頭と体、鳥の下半身を持つ怪物……ハーピー。

 ファンタジーではお馴染みだろうその魔物は、このゲームでも存在しており、こうした険しい道でよく見かける敵だった。


 パーティで一番素早いリューカが、弓を構え真っ先に攻撃する。

 一直線に飛んだ鋭い矢が、鈍い音とともにハーピーの腹にめり込んだ。


「数が多いっす、それに……硬っ!」


 舌打ちながら、リューカが二度目の矢を構える。

 ロクトバは彼女と自分に補助魔法をかけて、醜い鳴き声と翼でこちらを威嚇するハーピーの体力ゲージを確認した。


 確かにリューカの言う通り、今までのゴブリンやサハギンよりも体力が多い。

 恐らく防御力、そして攻撃力も上昇しているだろうということを予想し、同じく舌打ちした。


「やっぱり強くなってる。数は、6体か……!」


 目視での確認だが、間違いはないだろう。

 4対6……否、3対6で、少しだけ強化されている相手だが、戦闘力はまだこちらが有利。

 しかしロクトバたちにはハンデがある。おじいちゃんを守りながら、この場をしのげるか否か。


 雷の魔法でハーピーの羽ばたきを阻害する。翼を持つ巨体がふらつき、落ちた。

 しかしその影からもう一体が飛び出してくる。剣を構えるが、ハーピーの羽ばたきの方が一瞬早かった。


「あ……っ」

「ロクトバさん……!」


 風を捻りつぶすような轟音が、体を包み込んだ。

 放たれたのはハーピーの基本技、真空波である。鋭い風が衣服だけでなく、ロクトバの皮膚を容赦なく切り裂いていく。


 ぐっと体を丸めて衝撃に耐えるが、体力はだいぶ削られてしまった。


 痛みをこらえて回復魔法を唱えようとした、が、それより先にハーピーの鋭い爪がロクトバに襲い掛かる。

 考えるより先に横に飛び、倒れるように道に転がった。頬のそばを鋭い風が通り過ぎ、体力が僅かに減少する。


 地面の硬さに顔を歪めた。

 しかし立ち上がろうとしたロクトバの視界に、それよりも嫌なものが映る。


 ふらふらとしたパンチを繰り出す老人と、大きな黒い翼。

 ───攻撃を空振りした先ほどのハーピーが、おじいちゃんに襲い掛かる光景である。


「お、おじいちゃ……!!」


 そう叫んだのは己だったのかリューカだったのか。

 しかし声などしょせん無力で警告にもならず、哀れおじいちゃんの体はハーピーの鋭い爪に引き裂かれる。


 無力な体が一瞬空に浮き、そして地面に叩きつけられる様を見つめていた。

 ロクトバは地面に倒れたまま、顔を伏せる。

 終わった。その場にいる全員がクエスト失敗の文字を頭に思い浮かべた。


 その時である。

 忌々しい、【クエストに失敗しました】のウインドウは浮かび上がらない。

 その代わり、ぴくりとも動かなくなったおじいちゃんの体が、眩い虹色の光を放ち始めた。


「ん……ああっ!」

「お、おおおっ!!」


 先ほどよりも甲高い、ロクトバとリューカの叫びが、険しい獣道にこだまする。

 この光は村を出発する際にも見た、『賢者の石』の光と同一のものである。

 レアリティの高いアイテムは、バグの力に負けることなく、『復活』という効果を発動させたのだ。


「あ、ありがて、本当にありがてえっす……!」

「錬金術師オードナーに感謝。いや、初回限定に感謝」


 涙ながらの二人の声が、切なく響く。

 やがて、眩い光は次第次第におさまっていく。この光に驚いたのか、先ほどまで殺気をむき出しだったハーピーたちは、叫びながら逃亡していった。


 二重に感謝……と考えながら見つめるのは、元気そうなおじいちゃんの姿……ではなかった。

 ロクトバは「ん?」と顔を歪める。


 ───見える影が、妙に大きい。


 いや、背が高く、かなり筋肉が隆起している。と言うよりも、頭に角が生えているような……。


「『ああああい』よ。これぞ我が真の姿。我はこの老人に封じられし魔の物よ」

「……」

「……」


 完全に光が消え、そこに立っていたのはおじいちゃんでは無かった。

 そして人間でも無かった。


 上記の通り、背が高く筋肉が隆々の大男。眼光は鋭く、百戦錬磨の戦士だと感じさせる。

 肌の色は人間ではありえない紫色で、その上に禍々しく黒光りする鎧とマントをまとっている。

 そしてやはり、頭の横から闘牛を思わせる角が二本、にょっきりと生えていた。


 その見知らぬ何者かが、再びゆっくりと、口を開く。


「『ああああい』よ。これぞ我が真の姿。我はこの老人に封じられし魔の物よ」

「……これがネタバレかあ……」

「知りたくなかった……」


 ロクトバたちの声が、むなしく響いた。

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