第4話

 親の顔より見た酒場の前で、ロクトバとリューカは無表情で立ちすくんでいる。

 すれ違う住民たちが、虚ろな二人に何事かと振り返るが、近くに微動だにしない主人公がいたことで何かを察したらしい。


 皆一様に、頑張れよ!と小さくサムズアップして去っていく。


 彼らの瞳の中、同情とともに「自分たちじゃなくてよかった」、と言う自己保身がくっきりと映っていた。

 人間関係を悪化させたくないかしこいロクトバは、「くたばれ」と言う台詞を喉の奥に押し込めている。


 ……台詞、と言えば、先ほどからおじいちゃんお決まりの台詞が止まらなかった。


「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」

「戦闘狂おじいちゃんの台詞とは思えない」

「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」

「うんうん、わかってるっす、わかってるっす。おじいちゃんも戦闘意欲と能力が比例してたらよかったっすね」


 話しかけてもいないのに台詞が止まらないとは、本格的にデータの具合がおかしくなってきたのではなかろうか。

 早く進めた方がいいのでは……もしくはここでリタイアした方が、と思うが、主人公は帰還したときからずっと動かない。


 諦めてロクトバは、メニュー画面の、おじいちゃんのステータスを確認した。

 HPもMPも、攻撃力も防御力も、普通の町人並みである。

 しかし恐ろしいことに、この凶悪な世界に対してささやかすぎる能力で、おじいちゃんは敵に挑んだのだ。


「いつの間にかおじいちゃん、敵に反応するようになっちゃったんすねえ……」

「戦闘職じゃないNPCは基本、すみっこでガードしている設定のはずだけど……」


 村人や商人、その他、非戦闘員は、魔物に遭遇すると、戦闘の邪魔にならない場所で丸くなっているのがこのゲームである。


 当たり前だ。魔物を見つけて、狩りだぞわっしょいとばかりに拳を振り上げられていたらたまらない。

 それが護衛対象だったら、流石の主人公たちでも守り切れない。


 ───先ほどの、おじいちゃんのように、勝手に特攻されていつの間にか死んでいた、となれば、コントローラーを投げだしたくもなる。


「これもバグっすよね」

「おじいちゃんのネタバレが、いにしえの戦闘民族の末裔じゃない限りね」

「こわ……、いや、それはないっすよ。ないっすよね……?」

「……ないよね、おじいちゃん?」

「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」


 恐る恐る問いかけた二人に、当たり前だがおじいちゃんは答えない。

 もはやその台詞と笑顔に一種狂気じみたものを感じて、ロクトバはメニュー画面を閉じて顔をそむけた。


「……これから、主人公くんはどうするつもりだろうね。もう諦めたのかな?」

「いや、こんなところで諦める人っすかね。さっきだってすぐ復活したし」


 げんなりと呟いたリューカの予想は当たっていた。

 しばらく様子を見守っていると、先ほどまで微動だにしなかった主人公が、やおら動き始める。


 しかし行き先は、町の出口とは違う。反対方向である。はてどこへ向かうのか、と言う疑問も、すぐに解決した。

 主人公が颯爽とマントをひらめかせ、扉をくぐったのは、町の道具屋だった。


 戦闘の必需品、もろもろの回復薬のほかに、旅に必要なランタンにテント、食料も売っている。一口に言えば『よろずや』と呼ばれるところだった。

 穏やかな顔立ちの馴染みの婦人に話しかけ、買い物をしている主人公を見つめながら、リューカがロクトバに耳打ちする。


「……HP回復薬でも買うんすかね?」

「……いや、どうだろう。買うならMP回復薬かも。僕らのMPじゃトリスタン砦につく前にジリ貧だろうし」


 しかし回復薬など道中の町や村にも売っているし、何なら採取ポイントで薬草もとれる。

 何が何でも、ここで購入しておかなければならないものではない。いや、リスクを避けるなら、最初に揃えておいたほうがいいのか?

 下手に寄り道をすれば、おじいちゃんがまた何に巻き込まれるかわからないし。


 色々と考えたが、結局主人公が戻るまでは詳細は不明だった。

 赤マントの背後でロクトバたちは待機したが、不思議なことにしばらくその姿は動かなかった。

 ゲーム中の買い物など、ものの数秒で終わるのに、である。


 何となく嫌な予感を抱えつつも、二人は主人公の動向を見守る。

 やがて、道具屋の婦人との会話を終えた赤マントが、とことことのんきにこちらに戻ってきた。

 使命を果たし、全てをやりきった顔をしている───気がする。


 それをちらりと一瞥して、ロクトバは無言でメニュー画面……の、アイテム欄を確認した。

 予想はしていたが、先ほどまでは少量の薬草や回復薬などのアイテムしかなかったその欄が、ぎっしりと埋まっている。

 しかも全部、同じアイテムの名前だ。それも予想していた回復薬ではない。


 己と同様にアイテム欄を確認したらしいリューカが、眉を跳ね上げて声を上げた。


「これは全部、ワープ魔法の巻物……?こんなレアもの、いったいどうして?」

「ここで買ったんだよね……?さっきは無かったものだし」


 意外にこまめに整頓されたアイテム欄に並ぶ名前は……回復薬の下は軒並み『ワープの巻物』と記されている。


 このゲームでは魔法を使えない者でも、呪文が記してある『巻物』というアイテムを使えば、一回に限りその恩恵に預かれる。

 巻物の種類は炎や氷などの攻撃系、攻撃力や防御力を上げる補助系など様々。


 そしてこのワープの巻物はその名の通り、現在地から別の地へワープ出来るという代物だ。

 だが、リューカの言う通り、この巻物はレアである。

 道具屋のアイテムはランダム配置で、レベルに応じてレア物が出現しやすくなる。


 物語序盤の街で、こんなにたくさん揃えられるものではないはずだ。


「主人公くん、これをいったいどうし……いや、まさか……」


 嫌な予感が加速したロクトバは、メニュー画面越しに主人公を見つめた。

 相変わらずの無言無表情だが、何となく「その通りだぜ!」という言葉を背負っているような気がして、体が硬直する。

 気のせいだろうけど、同意された。無性に腹が立って、ぴくり、とロクトバの額に、青筋が走った。


「まさか主人公くん、裏技、使ったのかい……?」

「へえ……?この状況で?」


 この状況で、まさか、そんなはずは。と返したいところだったが、アイテム欄にある文字が現実である。


 ───裏技。もしくはチートと呼ばれる、ゲーム禁断の技。

 ある手順を踏むとレベルが一気に上がったり、レアアイテムが手に入ったりする。プログラムの裏側が見えることも、乱数と呼ばれるものを調整出来たりもする。


 もちろんこのゲームにも、裏技やバグ技やチートは存在する……らしい。

 らしいというのは、流石のロクトバもそんなプログラムの穴を見つける手段は知らなかったからだ。

 それに、主人公『ああああい』を操るプレイヤーが、あまりその手の技を試さない人間だったからでもある。


 いや、試さない人間だと信じていたのだが……。


「主人公くん、バグに裏技を重ねるなんて何考えてるの?僕たちにバグれって言いたいの?」

「ロクトバさん、落ち着いて欲しいっす。主人公さんには聞こえないっすよ」


 詰め寄れるものなら、詰め寄っていただろう。出来ることなら、正座させてこんこんと説教してやりたい。


 自分でもわかるほどまがまがしいオーラを発するロクトバを、リューカがいさめるが、彼女自身、不安で顔が青くなっている。

 目には目を、バグにはバグを……で上手くいくはずがない。

 何が起こるかわからないから、恐ろしいというのに、プレイヤーはいったい何を考えているのだろう。


 勿論答えが返ってくることは無く、主人公は何かを決意した顔でマントをひるがえし、道具屋を出て行った。

 その後ろを、不気味なほど朗らかなおじいちゃんが続く。


「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」

「僕が妙なところで剣を振ったり、台詞が止まらなくなったりしたら、骨は拾って……」

「私も……シルエットが伸びたり髪の毛が消えたりしたら、見ないでおいて欲しいっす……」

「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」


 仲間キャラクターとして出来ることは、お互いに遺言を言い残すことのみ。

 コントローラーを握る者に全ての運命を任せる不条理に涙しながら、二人はげっそりと赤いマントの後姿を追った。



 幾度目かの軽快なステップで町を出て、心地いいほどの晴天の下である。

 だがロクトバは一度目の時のように、爽快感に心を慰められはしなかった。ただ一瞬だけ、「ああ、この青空の一部になれたらな」と、詩的なことを想った。


 うんざりと主人公を見つめ、眉間のしわを指で伸ばしながらため息をつく。


「さて、主人公くん。巻物を使ってどうするのかな?」

「ワープの巻物じゃ、行ける範囲に限りがあるっすからねえ」


 『ワープの巻物』は便利な代物だが、ゲーム内距離にして、現在地を中心に半径30キロメートル以内の街や拠点にしか移動できない。

 何故こんな仕様なのかという疑問が残るが、終盤で好きなところに移動できるようになるアイテムが手に入るからだ、という噂がある。


 それでもこの広大なマップ、半径30キロメートルでも移動出来ればそれなりに楽ができるのではなかろうか?


「……砦近くの村まで、ワープして……目的地まで徒歩って作戦かな?」

「巻物、足りるっすかねえ?うーん、ぎりぎりかなぁ……?」


 リューカがマップとアイテム欄を交互に見つめて、距離を計算しながら眉根を寄せた。

 もっと巻物を買い込めばと言う話だが、単純に金が足りないのだ。

 所詮は序盤、小型モンスターとお使いクエストでちまちま稼いだ金額である。レアアイテムを大量に買い込めるほどではない。


 二人は多少の……否、裏技に関することも含めれば多大な不安を抱えていたが、主人公はそれをかえりみることはしない。

 おじいちゃんのステータスを確認し、能力強化をかけたあと、『ワープの巻物』を発動させた。


 視界が一瞬歪み、ロクトバの体を浮遊感が包む。ワープ特有の奇妙な効果音と共に、しばらく間があった。


 ───次に目を開けた時には、一行は大きな門の前に立っていた。

 石造りの見事な門の前には番(ばん)の衛兵がいて、ちらりとこちらに視線を向けたがすぐに職務に戻る。

 それ以外何も変わったことは起きず、ロクトバはぱちぱちと目を瞬かせた。


「……おお、成功した」

「ここはバグってなきゃクエストの目的地になってた街っすねえ」


 リューカもほっとした様子で、あたりを見回している。主人公もまたメニューを確認し、少しだけ動き回り、何事もないことに安心したようだ。

 ちなみにおじいちゃんは相変わらず、「おお、お主らが連れてってくれるのかい。こりゃあ頼もしいのう」を繰り返している。


 主人公は再びおじいちゃんに魔法をかけ直し、またしてもメニュー画面を開いた。


「お、また使うっすね……」

「上手くいくといいね……」


 二人の願いを天が……否、プログラムが叶えてくれたのか、次のワープも成功した。

 一行が降り立ったのは、先ほどの街よりも少しだけ小さな、しかし発展している豊かな場所であった。

 本来ならこの地は、どう言った用事で訪れるのだろうと疑問が湧いたが、主人公は三度巻物を使う。


 またしても成功した。今度はごくごく小さな村の手前である。

 どうなることかと思ったが、これは案外、行けるかもしれない。

 ロクトバもリューカも、主人公もそう思っていただろう。間を入れずにワープの巻物を読み、これも成功させた。


 巻物を消費し、ロクトバたちは目的地に近づいていく。

 もしかしてこれは成功するのでは、と、不安だった心に希望が宿る。

 繰り返し景色を切り替えてそして、次のワープが終わった瞬間、


 一行は、空の上に立っていた。


「……ええ?」


 ロクトバの下に地面は無く、あたりに見えるものは白い雲しかない。

 ラグなのか何なのか、僅かな間自分たちは浮いていたが、やがて思い出したように重力の手に引かれ、風を切って落ちていく。

 ワープに失敗したのだ。否、ワープ着地点がバグった、と言った方が正しい。


「……空の一部になりたいって思ったけど、こういうことじゃあないんだな」

「石の中にいる、よりいいんじゃないっすかね……」


 全身で空と風を感じながら、ロクトバたちは呟く。


 【クエストに失敗しました。酒場へ戻ります】




ワープの巻物無限購入の裏ワザ(攻略wikiより)

道具屋で薬草、回復薬、どくけしを選択し、購入しますか?→キャンセルを繰り返す

しばらく繰り返すと道具屋の商品欄に、ワープの巻物が出現する→購入

これを繰り返せばワープの巻物を無限に入手できる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る